第50話

「……ふふ……結婚もしていないのに子供ができた……何と言う甘美な響き……コーデリア=オールストンに3歩リード」

 

 頭痛のあまりに俺はその場で眉間に指をあてがう。


「お前なぁ……」

 

 そこでリリスは真面目な表情を作った。


「……冗談はさておき」


「冗談?」


「……そう。冗談。リュートはこのまま放っておけないと言う顔をしていた。だから連れて帰る」


「……まあそりゃあそうだなんだが」


 はぁ……とため息をつきながら、俺は少女に掌を差し出した。


「おい、キミ……名前は何ていうんだ?」


「………………リズ……リズ=エインスワース」


 それだけ言うとリズは、そのまま……ふにゃっとばかりに地面に崩れ落ちた。

 リリスの回復魔法を受けているとはいえ、純粋に体力的に諸々と限界だったのだろう。










 宿に戻った俺達。

 気絶している薄汚れた浮浪児を背負っている俺に、露骨に宿の受付嬢は眉をしかめた。


「お客様?」


「何だ?」


「お客様は……2名で別々の部屋で……というお話ですよね?」


「ああ、そういうことだな」


「そちらの方は別料金になりますが……」


 汚い物を見るかのような目で俺の背中の少女に視線を送る。

 リリスに目配せをさせて、銀貨を1枚差し置いた。


「……これで料金としては文句はないはず」


 そこで受付嬢は軽く溜息をついた。


「その少女の汚さは常軌を逸しておりますので……他のお客様に迷惑がかかります」


 ああ、そういう事かと俺は頷いた。


「浴場を借りても良いか? 俺のツレにこの子の汚れを落とさせてもらう形なる。ああ、後……勿論二人分の入浴料は払う」


 そこでフルフルと受付嬢は首を左右に振った。


「ここまでの汚れ方ですと、浴場に入るにしても他のお客様に迷惑が……」


 めんどくさいな……と俺が思ったと同時に、リリスは懐から大銀貨を3枚受付テーブル上に差し置いた。

 ちなみに日本円に換算すると30万円程度の額だ。


「……これで今日は貸し切りということにできる?」


「えっ……」


 受付嬢が驚愕の表情を作った所で、俺も懐の巾着袋を取り出した。

 そして金貨を一枚テーブルの上に差し置いた。




 日本円で言えば現在、宿屋の受付テーブル上に130万円の札束が置かれている事になる。




「これで文句はねーよな? 他の客には……いくらか包んで、浴場にトラブルが起きたので公衆浴場に行ってこいとでも説明しといてもらえれば助かる」


 目を白黒させながら、受付嬢はコクコクと何度も頷いた。


「後……この子は衰弱しきっていて、今は寝ている。だから数時間は風呂に入れずに部屋で寝かせる。部屋のクリーニング代も込み込みだ。再度問うがそれで文句はねーな?」


 再度、受付嬢はコクコクと何度も頷いた。


 そしてリリスはクスリと笑って俺に耳打ちをした。


「……本当に……ある程度……は自重する気あるの?」


 そこで俺は肩をすくめてこう言った。


「まあ、多少は目立っても良いんじゃねーか?」


「……多少……ね」


 呆れたようにリリスは苦笑するのだった。








 

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