第49話

「ヒ……ヒ……ヒミズお姉ちゃん……」



 俺とリリスは顔を見合わせる。


「意識が混濁してやがるな」


 コクリとリリスは頷いた。


「……行こう……リュート」


 そしてリリスは顎で俺に、その場から離れるように促した。


「ヒミズお姉……ちゃん……」


 溜息と共にリリスは言った。


「……私は貴方のお姉ちゃんではない」


 そして再度、リリスは俺に言葉を投げかけた。


「……こんな面倒臭そうな子に関わるとロクな事が無い。早く行こう」


 リリスは俺の腕を掴み、強引に……俺を半ば引きずるかのように歩き始めた。


「おいおいリリス? 治療だけしてそのまま……ってのも酷い話じゃないか?」


「……そもそも私は面倒な子には関わり合いになりたくない。命を助けた。それで十分」


「しかしお前さ、ここはスラム街で秩序はゼロだぞ? あんな子供が一人で……」


「……そんな事は私の知った事ではない」


 その時、背後からか細い声が聞こえてきた。




「……パパ……ママ……喧嘩しない……で」




 そこでリリスは立ち止まった。


「本当に……意識が混濁してやがるんだな」


 半死半生のような状態が長かったのだろう。

 リリスの回復魔法で体力は戻ったが、まだオツムの方が正気に戻っていないようだ。

 恐らく、少女の頭の中は今現在、夢と現を彷徨うような状態のはずだ。


 スタスタとリリスは、少女が寝転がっているゴザの前に立ちはだかった。

 そして少女はリリスに言った。


「……ママ」


 リリスは俺を指さし、少女に尋ねた。


「……じゃあ、アレは?」

 

 少女は俺に顔を向けてこう口を開いた。


「……パパ」


 リリスはその場にしゃがみ込み、少女に向けて微笑を浮かべた。




「………………どうやら聡明な子のようだ」




 リリスは懐からハンカチと水筒を取り出した。

 そうして少女の顔をぬぐっていく。


「そう、貴方は聡明……何しろ、私たちの将来の正確な関係性を完全に言い当てた。オマケに顔をぬぐってみると……とても綺麗な顔立ちをしている。うん、可愛い……何歳?」


「私は……8歳……」


「……ここはそんな年齢の少女がいて良い場所では無い」


 話がどんどん変な方向に行っているが、敢えて俺は口を挟まない。


「リュート? 私はこんな聡明な子を……そしてこんな可愛い子をこんな場所で見捨てて捨て置くことなどできない……連れて帰ろう」


 そのままリリスは少女の口に水筒をあてがう。

 ゴクゴクと少女は水を飲み干し、リリスに向けてこう言った。


「……お水ありがとう……ヒミズ……お姉ちゃん」


 リリスは少女をゴザに寝かせる。そして彼女は立ち上がった。


「……やっぱり辞めとこう……私は……貴方のお姉ちゃんではない」




「ええええええええええええええ!?」




 一連のやりとりに俺は動揺を隠せない。

 リリスは再度俺の腕を掴み、強引に……俺を半ば引きずるかのように歩き始めた。


「どういう事なんだよリリス!?」


「……だから私は自ら面倒事に巻き込まれる気はない」


「今さっき、拾いかけたよな?」


「……気の迷い……という事は誰にでもある」


 そこで少女のか細い声が、再度背後から聞こえてきた。




「……パパ……ママ……喧嘩しない……で」




 そのままリリスは立ち止まり、再度少女に向けて尋ねた。


「……私は?」


「……ママ」


「……じゃあ、この人は?」


「……パパ」


 コクリと頷きリリスは言った。


「……これは連れて帰るしかない」


「絶対そうなると思ったよ!」


 ゴツンと路地裏に響き渡るゲンコツの音。


「もう好きにしろよ、何なんだよお前は……」


 そうして、若干だけ頬を染め上げてリリスは上目づかいで言った。





「……もう一度……殴っても……良い……よ?」



 天丼……かよ。

 はぁ……と俺はその場でしゃがみこんで頭を抱えた。



「……ふふ……結婚もしていないのに子供ができた……何と言う甘美な響き……コーデリア=オールストンに3歩リード」


 ガッツポーズをしながらそう言い放つリリスに対して、俺は深いため息で返答をしたのだった。

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