第48話

 盗賊を討伐し、そして冒険者ギルド内。

 ギルドマスターのオッサンから処分保留とされているエルフの受付嬢は、不満げな表情で俺とリリスを一瞥した。


「自重する気……本当にあるんですか?」


 返答に困った俺は気まずくなりつつもこう返答した。


「……まあ、それなりには」


 流れる気まずい雰囲気。


「……」


「……」


「……」


「……謎の凄腕の剣士がBランク級の盗賊団を討伐。そして貴方は棚ボタで……死体の山に遭遇……そして手柄を独り占め……で、よろしいんですね?」


「ああ、そのとおりだ。俺の受けた依頼であるところの……攫われた貴族の娘は無事に解放、それどころか総勢10名の奴隷として売られる予定だった女子供を解放した」


「……」


「……」


「……」


「……ギルドの評価的には最高ランクでの依頼達成だよな?」


「……」


「……」


「……」


 再度流れる気まずい雰囲気。

 溜息交じりに受付嬢は言った。


「…………分かりました。表向きは文句はありません。これで貴方は今日からEランク冒険者です」


 言葉と同時に受付嬢は銀貨を数枚俺に手渡してきた。

 ちなみに標準報酬の3倍の報酬で、日本円に直すと20万円程度にはなる。


「……どうぞ」


「おう、ありがとう」


 銀貨を懐に入れながら、俺はリリスと共に冒険者ギルドを後にした。










 屋台の立ち並ぶ石畳の大通り。

 串焼きの香りに若干の心が惹かれながら俺とリリスは宿に向かって歩く。


「……ところでリュート? 本当に……仮面や目出し帽は必要なかったの?」


「仮面も何も皆殺しだったろうよ……」


 呆れ顔の俺に、リリスはクスリと笑った。

 そしてリリスは小銭を片手に俺の側から離れて、屋台で串焼きを一本購入する。


「腹減ってんのか?」


 フルフルとリリスは首を左右に振って、串を俺に差し出してきた。


「……お腹が減っているのはリュート」


 リリスから串を受け取り、俺は苦笑した。


「前から思ってたんだけど、お前は俺の頭の中を読めるのか?」


 再度リリスは首を左右に振る。


「……阿吽の呼吸」


「阿吽の呼吸?」


 リリスはコクリと頷いた。


「……夫婦であれば当然の事」


「誰が夫婦だボケっ!」


 ゲンコツをリリスの頭に落とす。


「……痛い」


 涙目を浮かべるがリリスは嬉しそうだ。

 そして訪れる沈黙。


「……」


「……」


 リリスは何故だか物欲しそうな目で俺を見てくる。


「どうしたんだ?」


「……もっと」


「もっと?」


「……うん。もっと」


「いや、だからどういう事だ?」


 頬を染め、妙に艶っぽくリリスは腰をくねらせる。

 そして上目遣いで俺にこう言った。


「……だから、もっと……殴っても……良い……よ?」


「正直引くわお前」


 リリスのケツにツッコミとばかりに蹴りを入れる。


「……ふふ…………蹴り……リュートの蹴り……愛が重く、そして痛い。ふふ……ふふふ……コーデリア=オールストンはリュートに蹴りを入れられた事が無い……ふふ……ふふふ……これで一歩リード」


 どうやら逆効果だったみたいだ。


「いや、マジで引くわお前」


 うわぁ……と俺は思う。


 っていうか、リリスは俺に色々と依存しすぎている。

 基本はドSの性格のはずなのに、何故だか俺を相手にするとドがつくMになってしまうフシは前々から感じていた。


 うーん……と思う事は色々あるけれど……。



 はてさてどうしたもんかと思った所で俺達は路地を曲がる。


「……この道は辞めてもらいたい」


 アンモニアの据えた匂いが鼻孔に広がる。


 俺達の泊まっている宿は、飯が美味い。

 っていうか、それだけを基準に俺が選んだのだが、場所が少しよろしくない。


 ドヤ街と言うかスラム街というか、そういった治安と衛生状態のよろしくない場所を通るのだ。


「っていっても、他に道も無いだろうがよ」


「……了承した」


 ゴミの散乱する道に、蠅の飛び交う通り。

 道の両脇に敷かれたゴザに横たわる浮浪者達がリリスにヨコシマな……舐め付けるような視線を向けている。


 いや、それどころかリリスの容貌を見ただけで欲情し、我慢ができずに自らの股間に手をやる浮浪者までもがいる始末だ。


 俺ですら不快を感じる状況で、リリスは露骨に不快の色で顔をしかめる。


 そして、すがるように俺に右手を寄せてきた。


 俺はそっとリリスの手を取り、そして口を開いた。


「…………今日は仕方ないにしろ、しばらくは俺達はこの街にいる……宿を変えるか?」


 しばし考え、リリスは言った。


「……いや、別に良い」


「いや、良いって言ってもお前さ……」


「……リュートはあの宿のご飯が好き。他に道が無いのも理解した。そうであれば私は多少の事なら我慢できる」



 と、そこで俺とリリスは視界に嫌な物を発見した。



 見た所、10歳になるかならないかの、男か女かもすら分からない薄汚れたボロを纏った浮浪児がグッタリとした状態でそこに存在していたのだ。

 極度の栄養失調で、皮膚病に侵されているようで全身に何やら斑点のような、あるいはカビのようなものが走っている。


 治安も最悪だろうこんな所で、男であろうと女であろうと性的な玩具になっていない風に見えるのは……感染症を恐れての事だろう。


「おい、リリス?」


「……見てはいけない。リュートは昔から……変な物を拾う癖がある。私を拾った時のように」


 酷い言い方だが、まあ、大体事実だ。ってか、そんな俺の性分のせいで今……お前はAランク級相当の冒険者として、更に言えば金色咆哮なんていう大技をぶっ放す事ができてんだろ……と。



 まあそれは良い。



 しかし、純正の日本人としてはこの事態は見過ごせない。

 俺はゴザの上で横たわるエルフ耳……エルフの少女に向けて歩を進めた。

 背後でリリスの溜息が聞こえるがそこは気にしない。



 と、そこで俺はこの子が女だと気づいた。



 垢と泥だからけで良く顔の造詣は良く分からない。確実に言える事は、耳からエルフだと言えると言う事だけだ。


 が……ボロを纏った彼女の胸が、僅かに……ほんの僅かに膨らみを帯びている。


「……リュート?」


「何だ?」


「……本当に辞めておいた方が良い」


「それは俺が決める事だ。お前が口を出す事じゃない」


 少しだけ……本当に少しだけ声色に怒気を込める。

 するとリリスは、シュンとした表情を作って、そして素直に頷いた。


「……うん」


「これからすることは俺が俺だけの力で俺の意志に基づいて勝手にすることだ。だからお前に口出しをされる理由もないし、俺もお前に何かを強要もしない」


「…………うん」


 横たわる少女の手首を握って脈を取る。次に瞼を開いて眼球の状態を確認。


「おい、リリス?」


 振りむくと同時、リリスはやれやれと肩をすくめていた。


「言わなくても良い。分析関係の魔術回路は私経由。だから私にも情報は共有されている……これは呪いの一種。それも……相当に面倒が臭い部類」


「……衰弱死に至る呪い……か。三枝にかけられていたレベルのネチっこさの術式だな……」


 そこで俺はしばしの間考え込んだ。


「三枝は分かる。あれは東方の一国家の……宮廷闘争の一種で貴族同士の御家騒動って話だ。そりゃあ優秀なスタッフで時間と手間をかけるわな」


 リリスはそこでフルフルと首を振った。


「……辞めておこう。治癒するのも……ましてや拾うなんてことは辞めておこう。どう考えても厄介事を抱え込むことになる」


 しばし考え、俺は苦笑した。


「とはいえ、そういう訳にはいかんだろう。この子はどう見ても10歳前後だぜ? それが……何の因果か分からないが、高位呪殺術式に汚染された状態でスラム街に転がっているんだ」


 リリスの抗弁を待たずに俺は右手を少女の眉間にあてがった。


「暴食の王――ベルゼブブ」


 俺の中に棲む大喰らいの魔神が、瞬時に少女にまとわりつく陰湿な呪いを解いていく。


「リリス? お前のアイテムボックスから……俺が預けているノーブルエーテルを……」


 そこで、リリスは深く深く溜息をついた。


「……その必要はない。呪いは既にベルゼブブで除去された。ならば、そんなレアアイテムをこの程度の病状で使う必要はない。ただ、リュートは……ただ、命じれば良い」


「っつーと?」


「……私に、回復魔法を、使用せよと、ただ……それだけを、命じれば良い」


「…………分かった。この子を助けてやってくれ、リリス」


「……委細承知」


 リリスがそう言うと同時、少女は青と緑に包まれた光に包まれた。



 リリスは回復魔法が得意な方ではないが、それでも衰弱を一時的に緩和する程度の魔法は使える。

 そして少女から青と緑の光が消えた時……すぐさまに少女は薄目を開いた。

 首を微かに左右に動かし、そしてリリスを見た瞬間に少女は目を見開いた。




「ヒ……ヒ……ヒミズお姉ちゃん……? 良かった……やっと……やっと会えたよ……」






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