第47話

「生ゴミ……だと?」



 グラグラと揺れる視界の中、俺は少女の言いぐさに怒りを覚えた。



 確かに俺は不覚を取り状態異常に陥ってしまっている。

 が、しかし、少女の使った毒物はエクス・マンドラコラである。


 レア中のレアとも呼べるような高ランクアイテムではあるが、しかし……毒ナイフにするには不適切だ。

 若さと言うか経験不足と言うか知識不足と言うか。




 俺は懐から小瓶を取り出し、口を開けると共に一気に煽る。

 果実の酸味の中に仄かに感じる蒸留酒の香り。

 液体が喉元を通り過ぎたあたりで俺の視界は急速に晴れていく。

 三半規管の狂いが瞬時に戻り、俺は即座に立ち上がる。


「残念だったな。マンドラゴラ種の主な使用用途は……毒ではなく麻酔薬かあるいは麻薬の類だ」


 そして、空になった小瓶を少女に見せつけた。


「……それは?」


「大天使の祝福とも呼ばれる最上級のポーションだ。本来であればBランク級冒険者程度の俺が持っているには少々不釣り合いだが……まあ、幸運が重なってね」


「……」


「そして、本来は戦闘用の毒物ではないマンドラコラの状態異常。このアイテムで対抗できない道理はない」


「……」


「そして剣の腕では、お前は俺にはかなわない」


 しばし何かを考えて少女は頷いた。


「……なるほど理解した」

 

 この少女は色々と不審な点がある。

 拙い剣の技術に似合わない……身体能力と装備品、そして所持アイテム。

 知識と経験とそして実力では俺の方が遥かに勝っている。普通にやれば俺の勝利は揺るがないが……いつ足元をすくわれるか分からない。



 だから、俺はもう油断はしない




 故の――全力だ。




 俺は掌に念を込める。

 右手に長剣、左掌は少女に向けて突きだす形で俺は少女に向けて加速する。

 すぐさまに少女の頭部で爆発が起きる。


 それは炎系上位魔法であるフレアだ。

 ファイアー、ファイアーボール、フレア、シャイニングフレア……どんどん爆発の半径が増していくという寸法だ。

 炎球の大きさは魔力量にある程度影響される為に一概には言えないが、俺の場合だとフレアで概ね半径50センチ程度の範囲内に爆発を起こす事が出来る。


  

「ふははっ! 驚いたかっ! 俺は魔法剣士だっ!」


 高笑いと共に更に俺は速度を上昇させる。

 予想通り、少女は俺の放ったフレアを、素早く躱している。



 が、しかし、それはこちらも先刻承知だ。



 魔法攻撃はあくまで囮であり、本命はあくまでも剣による攻撃だ。

 これは俺のとっておきの必勝パターンで、大体の奴が一撃で死んでいった。

 この戦法が有効な理由は二つある。


 一つには純粋に連続攻撃による魔法と剣のコンビネーション。

 そしてもう一つには……ただの剣士と思わしておいてからの奇襲の一撃。


 俺が今まで切り伏せてきた連中のご多聞に漏れず、少女もまた魔法攻撃を回避する為に体勢を崩してしまっていて――


「きえええええええええええっ!」


 大上段からの撃ち下し。

 回避不能と悟ったらしく、諦めたように少女は笑った。



「………………なるほど。これが近接での魔法の使い方……か。参考にしよう」



 そして掌をこちらに向けてきた。

 その瞬間、俺の全身に粟肌が立った。

 俺は攻撃動作をすぐに止め、後方に向けて跳んだ。

 瞬時に洞穴内に響き渡る爆発音。

 さきほどまで俺が所在していた空間に半径50センチ程度の爆発が起きていた。


「これは……ファイアーボール……いや……フレア?」


 少女も魔法剣士だったという衝撃の事実。

 驚愕の表情の俺に、少女はふるふると首を左右に振った。


「……今のはフレアではなければ、ファイアーボールでもない」


「え?」


「……ただのファイアー」


 少女が何を言っているのかが理解できない。

 基本的には爆発範囲は上位の魔法の方が広くなるはずで、ファイアーであの規模の爆発を引き起こす事なんて魔法剣士には不可能だ。


「今のがファイアーなんてありえない……」


 いや……俺は本当は分かっている。

 最初からこの少女は違和感だらけだった。


「本職の魔導師……それもAランク級の冒険者でなければ……そんな芸当は……」


 俺は本当はその事には薄々とは気づいていたのだ。

 そしてそれが意味する事は……俺達は死神に魅入られた事を意味する。

 だから、その可能性を俺は自ら頭の端に押しのけて……いたのだ。


「……今更気づいたの? 最後だから教えてあげよう。元々、私は貴方を剣士だと思っていたので……近接の技術を磨くために……その技術だけで貴方を対処する予定だった。しかし、貴方は魔法を使ってしまった。これは私の想定外で……いわば場外乱闘に近い」

 

 少女は掌を突きだし、何の感情も込めぬ表情と声色で言葉を続けた。



「……だから私も魔法を使う……そしてこれが……本当のフレア」



 俺を中心に周囲数メートルの全てが灼熱の極炎に包まれた。


「……さようなら」


 それが、俺の人生に聞いた、最後の言葉となった。




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