第46話

 水色の髪色の少女剣士は顔色一つ変えずに俺に向けて飛びかかってきた。



 教科書通りの上段からの撃ち下し。

 刃を合せる事なくサイドステップで軽く俺は躱した。



 すぐに少女は切り返し、俺の胴を水平に薙いできた。




 ――カキンっ




 甲高い金属音が洞穴内に響き渡る。

 つばぜり合いの状態となるが、俺と少女では力のステータスも素の筋力も天と地ほどの開きがある。

 この少女は、高ランクの武器の切れ味で非力を補い、そして天性の素早さで高次元の戦闘力を誇っている。



 当然の事ながら、俺とつばぜり合い等まともに出来る事などできない。



 少女もそれは先刻承知のようで、力と力のぶつかり合いは早々に諦めてバックステップで距離を取る。

 仕切り直しか……と油断したのが不味かった。



 頬に灼熱が走った。




 いや、これは……熱では無い。血だ。





 戦いの場で何度も経験した――刃による裂傷。


「投げナイフか……色々やるんだな」


 少女はバックステップと同時に剣を両手から左手一本の片手に持ち替え、空いた右手で行きがけの駄賃とばかりに懐からナイフを飛ばしてきたのだ。


「……当然だけど毒をたっぷりと塗っている」


 ご丁寧な事だな。

 だが、俺は最近……来るべきソロプレイに備えて一人でも大丈夫なように、状態異常に関するスキルやアイテムは優先的に取得している。



 っていうか、森や山での採取や討伐では毒持ちの魔物なんていくらでもいる訳で、その対策はソロプレイでは大前提だ。

 何しろ、ヒーラー系は愚か、魔術職の支援なんて期待できないんだからな。




「生憎だったな?」


「……生憎?」


「俺には毒は効かないぜ?」


 フっと笑った瞬間に、眼前の少女の姿がブレた。


「アレ……?」


 カクンと視界の高度が一気に落ちる。

 どうやら俺は膝をついているらしい。


「……エクス・マンドラコラ。鯨でも、更に経口摂取でも瞬時で酔っぱらうシロモノ。お前ごときが血管から脳へダイレクトアタックでシラフでいられる道理はない」


 おい、今この女は何て言った?

 マンドラコラで採取難易度はAランク級だ。

 その最上位種……採取難易度S……いや、それ以上の……伝説上のシロモノのはずだろそれは。

 

「え……どういうことだ? なんでそんなものを持っているんだ?」


「……え? どういう事?」


 質問を質問で返された。





 っていうか……良くない。

 頭がガンガンするし視界がグルグルに回る。三半規管が完全にイカれやがった。


「どうしてそんなシロモノをお前が持って……いや、違う。どこかで手に入れたにしても……俺達の盗賊団の報酬なんかよりも……その毒の方が遥かに……」


 ああ、その事かと納得したように少女は無表情で頷いた。


「……今回は採算度外視」


「採算度外?」


「……私たちはお金を持っている。いや、正確に言えば高価値の換金アイテムを持っている。それはもう……幾らでも持っている」


 少女の後ろに控えている従者が「おいおいマジかよ……いや、持ってるっちゃあ持ってるけど……」と言う困った顔を見せる。


「……?」






「……つまりお前は私の実験台に選ばれたと言う事だ。いい加減に立場をわきまえろ生ゴミが」 




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