第45話
――可憐な少女だった。
細い手足に水色の髪。
抱きしめれば折れるんじゃなかろうとなかろうかという風な薄い胴。
どこまでも白い肌は触れれば壊れそうなほどに脆く儚い印象を受ける。
魔術師の風貌の方がよほど似合う彼女が装備しているのは、ミスリルソードとアダマンタイトの軽鎧だ。
言うまでもなく超がつくほどのレアアイテムで、Aランク級の冒険者でもないとそうは簡単に所持はしていないだろう。
彼女が従者を連れて、俺を雇っている盗賊団のアジト――洞穴に殴り込んできたのは数十分前の出来事だった。
「敵は二人だ! 女が一人に男が一人っ!」
見張りの声が薄暗い洞穴内に響き渡る。
アジト内の大広間は蜂の巣を叩いたような騒ぎとなった。
「殺せ!」
「女は捕まえろ! 男は殺せ!」
「殺せっ! 殺せっ!」
「おいっ! 男も殺すなよっ! 俺は男もいける口なんだよっ!」
物騒な言葉を吐きながら、荒くれ共達が1ダースほど……武器を片手に入口に向けて走っていく。
「行かないのか? ラクセル?」
頭目が呆れ顔でそう尋ねて来るが、俺も呆れ顔で返した。
「良いのか? 俺は冒険者で言うならBランク相当の傭兵だ……それは頭目からの正式な依頼として受け取っても良いのか? 知ってのとおり……俺は高いぜ?」
首を左右に振って頭目は大袈裟に肩をすくめる。
「まあ、お前は保険だ。どこぞの高名な賞金稼ぎが来た際には……存分に役に立ってもらうぜ?」
「ああ、貰った金の分は働くよ」
「しかし、地方の剣術大会を総舐めにして帝国に召し抱えられ……平民から皇帝の近衛にまで抜擢された男がこんなところにまで……良くも落ちてきたものだな」
俺は無言で腰の剣の柄に手を置いた。
「お前は俺の雇い主だ。お前は俺が気に喰わなければ解雇すれば良いし、俺もお前が気に喰わなければ斬り捨てれば良い」
「冗談じゃねえか。熱くなるなよ?」
宮仕えは肩がこる。
人間関係に疲れたから辞めようとしたが、上官が退任願を中々受け取ってくれなかった。
俺は近衛兵の中でもかなり優秀だったので、替え玉を用意されるまでは辞めないでくれ……という事だった。
半年待った。
上官はそれでも退任願を受け取ってくれなかった。俺の息苦しさは限界に達していた。
だから上官を斬り捨てて脱走した。
帝国内では俺は重罪人と言う事になっていて、少し生きにくくなった。
そうして俺は殺人を生業として生きている訳だが、この手の輩の相手にも疲れてきた。
――ソロで魔物狩りでもやるか。
ギルドに持っていけば魔物は素材として売れる。そこに素性は必要ない。
ただ、問題がいくつかある。
俺の剣術は対人を前提とした流派で、スキルも対人を前提として取得している。
そして俺の社交性は皆無に等しく、群れる事ができない。
狩る魔物のランクは相当に低い物になって、収入は激減するだろう。
しかし、それも良いか……とも思う。
金稼ぎの効率は落ちるが……別に俺は浪費家という訳でも無いのだ。
それなりの収入になったのであれば、それなりの生活をすれば良い。
それに……俺の強さは本物だ。金の力に頼らずとも、大抵の事なら剣さえあれば何とかなる。
これまでもそうだったし、それはこれからも変わらぬ事実であり真理だ。
と、そこで俺は異変に気付いた。
「変だな」
俺の言葉に頭目が首を傾げた。
「どうした?」
「悲鳴が聞こえない」
恐らく、先ほどの連中はここから出て少し歩いた場所にある大空洞で侵入者を迎え撃っているはずだ。
怒声や怒号は聞こえるが、敵からも味方からも……悲鳴が一切ないのだ。
刃傷沙汰の現場にはこれはあまりにも似つかわしくない不可思議な現象だった。
頭目はグレートアックスを片手に、俺は愛剣である魔剣:ブラッディブレイドの柄に手をかけながら大空洞へと向かう。
そこにはレア装備に身を固めた水色の髪の小柄な少女剣士と、従者と思われる少年がいた。
正確に言うのであれば少女は、10人を超える武器を持った荒くれ共に囲まれていて、そしてほぼ同数の荒くれ共の死体がその場に転がっていたのだ。
「何だこの死体の数は!? こいつはどういう事だっ!?」
狼狽する頭目を無視し、俺はその場で一人頷いた。
「なるほど悲鳴が聞こえてこなかったのはそういう事か」
転がっている死体には、この上なく綺麗に致命傷が一つずつ転がっている。
つまりは、恐怖や苦痛を感じる暇も無く――
――全て一撃で一瞬の内に仕留められている事を意味しているのだ。
俺と頭目が姿を現した事で、荒くれ共達の士気がにわかに向上する。
「親方とラクセルさんが来たぞ! これで勝てる!」
「ちょっと強いからって調子にのってんじゃねえこのクソガキっ!」
「親方に情けない所を見せるな! 様子見はここで終わりだ! 全員で行くぞ! 殺せええええええええええ!」
残る10人程度が一斉に少女に突撃する。
「……ほう」
俺は感嘆の溜息をついた。
――美しい舞いだった。
迫りくる男達の攻撃をまるで蝶の様にひらり、またひらりと躱していく。
――美しい剣閃だった。
極限まで無駄な動きを省き、次々と急所に的確にミスリルソードを突き入れていく。
回避動作が攻撃動作となり、攻撃動作が回避動作となる。
全ての動きに意味があり、全ての動きが勝利の方程式への最適解となっている。
そう、これは戦闘というよりは……舞踏。
――人はこれを剣舞と言う。
型という名のシナリオが存在するような公開演武以外の実戦で……このレベルの剣舞を見るという経験は滅多にできる事ではない。
この世の物とは思えぬほどの可憐な美しい少女がやっているのだから、さすがの俺も感嘆の溜息をつかざるを得ない。
瞬く間に荒くれ共達は全滅し、頭目は驚きの余りに目を白黒させている。
「おい、そこの少女?」
血糊を油紙で拭きながら、俺の問いに対し、億劫そうに少女は言った。
「……何?」
「身体能力がとんでもないな……。素早さだけならAランク級に相当する」
「……」
「しかし、非力だ。だが、この点については武器の力で十分に補う事ができているな」
「……」
「ただし、致命的な点が一点ある」
「……致命的?」
「剣筋を見れば分かる。お前には剣術に打ち込んだ経験が絶望的に足りない」
「……」
「惜しいな」
「惜しい?」
「どうやって身体能力をそこまで叩き上げたのかは分からないが、それだけでは本物には通用しない」
「……本物?」
「後、数年の後……お前が剣術に打ち込んだ後であれば、あるいは俺のような本物を相手にしても、太刀打ちできたかもしれない……だから、惜しい。武人としては本当にそう思うよ」
俺は魔剣ブラッディブレイドを鞘から抜き放った。
「悪いが俺も仕事でな」
「……」
俺は口元に笑みを浮かべて剣を構えた。
「さあ、かかってこい――遊んでやる」
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