第44話

 当日の午後、ギルドマスターの部屋に俺とリリスは目立たないように案内された。



 部屋は20畳程度で調度品の数々の仕立てはかなり良い。

 それどころか壁には絵画が飾られていて、それどころか半裸の美人の彫刻まで飾られているレベルで――つまりはこのオッサンの待遇は相当なものだ。


 

「で、リュートさんの目的は?」



「極力目立たずに、なおかつ迅速にAランク級冒険者になる事だ」



 そこでオッサンはコクリと頷いた。



「それでは帝都のギルドの総本部に問い合わせましょう」



 自信満々のオッサンの表情に俺は一抹の不安を覚える。

 Aランク級の戦士と言えば脳筋の代名詞だ。混乱や魅了に真っ先に引っかかってしまうのでソロプレイは不可能。

 パーティーを組む際には、まずは個々の状態異常のレジストを考える必要があり、各パーティーの悩みの種となっている。



 まあ、とは言え……盾としてパーティーに降りかかるありとあらゆる火の粉を先頭に立って一身に引き受けてくれる頼れる存在でもあるのだけど……要はドがつく馬鹿なのだ。



 そんな彼――オッサンの自信満々の表情。

 不安以外の何を心に抱けば良いのかと俺は溜息をついた。


「問い合わせる? 何をだ?」


「この近辺でのA~Sランク級相当の最高難度クラスの討伐依頼がないかどうかですよ。それを何回もこなせばリュートさんはすぐに晴れてAランク級……」


 ノータイムで俺は首を左右に振った。


「だからそれは目立ち過ぎるんだよ」


「と、言いますと?」


「お前も分からない奴だなあ……」


 これ以上説明する事すらも面倒臭いわ。これだとギルドマスターの補佐役……ここのナンバー2も本当に困っているだろう。




 まあ、トチ狂ってるレベルで頭が弱いから、前回は変わり身の術で使用させてもらったんだけどな。



 手柄はオッサン。

 報奨金は俺。


 そんな感じのwin-winな関係だった訳だが……。


 っていうか、手柄を押し付けたというのが近いというか。それで本人は全くそれに気づいてなくて、俺を崇拝の対象にしちゃったというか……。

 まあそれは良い。





 とはいえギルドマスターってのは基本的には威厳やハクがあればそれで良いってのも事実だ。

 どんな組織でも頭は大雑把な方針の決断と……そして神輿であればそれで良い。

 決断はギルド支部では無く本部がするもので、実務は現場でする。

 そういう意味ではオッサンは『元Aランク』という肩書きさえあれば良く……まあ、これで良いのかもしれない。

 だが、それでも俺はオッサンに言っておかなくてはいけない。



「だから、それは目立ち過ぎるんだよ」



 俺は階下のロビーに張られていた依頼の張り紙の内の一つを懐から取り出した。


「Bランク級の人攫い……裏で性奴隷商人お抱えの非合法な盗賊団の討伐だ」


「リュートさんはそれを受ける訳で?」


「いいや、違う。まあ、胸糞悪いから盗賊団自体は俺が潰すけどな」


 首を振りながらもう一つの張り紙を取り出した。


「盗賊団の討伐依頼の、その下位の依頼として……攫われた女の内の一部を売られる前に奪還するという依頼だ。本来は潜入からの脱走の手引き、あるいは盗賊団との交渉で見返りと共に奴隷の開放……そういう依頼だな」


 そこで意味が分からないとばかりにギルドマスターは肩をすくめた。


「盗賊団の壊滅ではなく……奪還ですか?」


「ああ、そういう事だ」


 そこで俺はリリスに視線を向ける。


「おい、リリス? この依頼は俺一人で受けるが……頼みたい事がある」


 ギルドマスターの秘書が煎じたハーブティーがお気に入りのようなリリスは、話を振られるとは全く想定の範囲外だったのだろう。

 彼女は口の中の茶菓子を急いでお茶で流し込んだ。


「……何?」


「シナリオはこうだ」


「……シナリオ?」


「ああ。人探しをしていた俺は盗賊団のアジトを遠巻きに偵察していた。そして……そこでたまたま……とおりすがりの謎の凄腕の魔術師が盗賊団のアジトをフルボッコにしている所に遭遇する」


「……仮面は必要?」


「仮面じゃちょっと不安だな……フルフェイスの目出し帽が良いだろうな」


 コクリとリリスは頷いた。


「どういう事ですか?」


 オッサンの疑問に俺はうんざいとしながら答えた。


「高ランク冒険者の逆鱗を踏んだ盗賊。けれど何故か高ランク冒険者は表には出れない事情がある。冒険者は手柄を放置。けれど盗賊の捕虜と死体はそこにわんさかとある――そこに颯爽と登場した俺は棚から牡丹餅……要は手柄は俺のモノになる訳だ。まあ、既に十分目立ってはいるんだが……いくらなんでもストレートにBランク級の盗賊団を壊滅させてしまうと目立ち過ぎるだろうよ。いや、まあ、これでも十分目立つんだけどな」


「なるほど。まあ、少なくとも他の連中に説明はつきますね」


「ああ、そういうことだ。多少は目立っても構わない……とは思ってるからこの辺りがギリギリ許容範囲内だ」


 正直な話。

 オッサンの言う通りにSランク級以上の国家単位で対処するような討伐依頼を受けたって良い。

 リリスを同行させるには若干の不安はあるが……まあ、人界のレベルだと手こずる事はないとも思うし、リリスのレベリングにも丁度良いだろう。




 が――現時点でコーデリアを俺がぶっちぎりで追い越してしまうのは違うと思う。




 実際、コーデリアはアマンタ戦で俺の知っているコーデリアよりも弱体化していたし……それは俺のせいだ。

 逆に言うと、あの時に俺に劣等感を抱いたコーデリアは、俺の知る歴史よりも現時点では強化されているのが……。





 とにかく、俺は歴史をなるべく変えたくはないのだ。

 最悪の場合、コーデリアが俺に依存してしまって……目も当てられない弱体化が起きると言う事も考えられる。



 普通に育てば勇者は勇者として、戦場を縦横無尽に駆け抜ける。

 そうであれば、そうは簡単に死ぬことは無い。

 だとすれば、俺が駆け付けるまでの時間をコーデリアは自分自身で稼ぐことができる。




 あくまで俺はジョーカーカードであり、エースカードはコーデリアだ。



 で、あればやはり俺は極力……裏方に徹する必要があるだろう。


「……まあそれはともかく……リュート?」


「ん? どうしたんだ?」


「……私に剣を教えてほしい」


 リリスの言葉の意図を掴めずに俺は首を傾げた。


「そりゃあまたどうして?」


「……コーデリア=オールストン。あんな脳筋を私は今まで見たことが無い。才能に恵まれて……その上……」


「ああ」と俺は頷いた。


「更には才能に胡坐をかくことなく、あいつはおごることなく常に向上心を持って……日夜修練に打ち込んでいるな」


「ええ」とリリスは頷いた。


「……認めたくはないが私とアレでは……間違いなく才能は向こうの方が上」


「ぶっちゃけた話、今の所お前とコーデリアはどっちが強いと思う?」


 しばし考えてリリスは天井を見上げた。


「……龍魔術を……いや、更に……リュートに禁止されている術を完全解禁すれば、私の方が遥かに上だと思う」


「だろうな」


 リリスの言葉に俺は即時に首肯する。


「……でも、いつか追い抜かれる。それもそう遠くない未来に」


「だろうな」


 やはり、俺はリリスの言葉に即時に首肯する。


「……そして私は遠距離魔法特化型……近距離であの女に捕まればそこで終了」


「それで?」


「だからこそ剣術を教えてほしい。距離を詰められた際、太刀打ちはできなくても良い。距離を再度稼ぐために……対処できる術を教えてほしい」


「ああ、別に構わねーが」


 リリスは3本の指を立てた。


「3時間……それで本当に簡単な基礎を教えてほしい。その後に私は実戦で訓練しようと思う」


 俺はそこで呆れた……とばかりに大口を開いた。

 リリスが今から何をしようとしているのか、その瞬間に理解したからだ。


「お前……」


「……何?」





「この近隣の住民を震え上がらせるような盗賊団を3時間訓練した剣術だけで壊滅させようってのか?」



 

 大真面目な表情でリリスは頷いた。


「……そう。ただし、私は慎重な性格。ミスリルソードとアダマンタイトの軽鎧程度のレアアイテムは使用するつもり」


 そこでギルドマスターが豪快な笑い声と共に口を挟んできた。


「はは、嬢ちゃん。そいつは無茶だ。相手はただのBランクの討伐難度の盗賊団じゃねえんだぜ? D級~Bランク下位までを揃えた20を超える集団で……必然的に群れとしてはBランク級の最上位に達する訳だ」


「いや……オッサン……違うんだよ。俺が言ってるのは目立ち過ぎるだろうって事だ。最悪、魔術メインで行くならリリスはプレ・アデプトの称号も持ってるし、まあ、バレてもその程度の討伐実績なら説明はできる。で……リリスはオッサンの知ってる時よりも遥かにレベルを上げた。魔術師ながらにも近接職に必要なステータスは相当に高い。つまり――」


「つまり?」




「……今のこいつなら単体でBランク級下位の剣士程度の相手なら……それなり程度のレア装備で固めれば多分できるというか……勝っちゃうんだよ」



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