第43話

 ――再度コーヒーを盛大に噴いていた。



「ゴホっ! ゴホッ……! ゴホッ! ゴホゴホゴホっ!」



 再度、しばしの間受付嬢はせき込んだ。

 いや、それは、やはりせき込むというには生易しい。

 先ほどのリピートのように気管にコーヒーが入ったらしい。

 それは例えるのであれば、まさに命にかかわる系の発作とか、そういった方面の方が形容は近い。


「ゲホっ! ゲホッ! ゲホッ! ゲヒっ……! ゼッ……! ヒッ……! ヒッ……! フゥー……! ヒッ……! ヒッ……! フゥー……!」


 先ほどまですました表情を浮かべていたエルフの受付嬢だったが、今は見るも無残な表情となっている。

 鼻水エルフとなり果てて、ラマーズ法で必死に呼吸を整えている。

 コーヒーが再度気管に入ったか、あるいは鼻孔に入ったのか……。

 大きく肩で息をしながら、少しずつ受付嬢の呼吸が元に戻っていく。




 そして受付嬢は立ち上がり、事務室内を小走りで迂回し、すぐにロビーに出てきた。

 そのまま、エルフの受付嬢は土下座の姿勢を取った。



「す、す、す、す、すいませんでしたーーーーーーーーーーーーー! まさかギルドマスターのお知り合いの本当の実力者とは露にも思わず……し、し、し、失礼いたしましたああああああああ!!」



 ロビー全体に響き渡る爆音。

 俺達を取り囲んでいた冒険者達は既に散り、訳が分からないという表情で遠巻きに情勢を窺っている。



 っていうか……と俺は溜息をついた。

 多少目立つことは仕方ないと覚悟を決めている。

 だが、無駄な事で悪目立ちをするつもりは毛頭ないのだ。




 出る杭は打たれるとは良く言ったもので、世の中には他人の足を引っ張る事をいきがいにしているようなキチガイはたくさんいる。




 で、これは――









 ――初っ端から目立ち過ぎだろ。

 







 

 頭を抱えながら俺はその場で倒れ込みそうになる。

 そこでギルドマスターのオッサンが更に追い打ちをしかけてきた。



「リュートさん? この受付嬢の処分はどうしましょうか?」




 いやいやいやいやいやいやいやいや!


 俺に聞くな! アホかお前は!

 ここの責任者はお前だろうが! だったらお前が決めろよ!



 この状況で俺に対して指示伺いとか……俺は目立ちたくないって言ってんだろうがよ! どう考えても色々バレバレだろうがよ!




 いや……とそこで俺は思い直す。

 こいつは確か前衛を務めるタフネスが売りの戦士だったか。筋肉だけが売りで……ごめん、アホかお前はと思った俺がアホだった。


「とりあえず、処分はギルドマスターが決めるべきものだろう。俺には口出しできない」


 で……嫌な予感と共に周囲を見渡した。

 俺に視線を向けられた冒険者たちは、何を思ったのかその場で跪き、受付嬢と同じように土下座の姿勢を取った。





「すいまっせんっしたーー! リュートさんを犯罪者と間違えて、一瞬でも捕まえようと思って――――すいまっせんしたああああああああああああ!」




 さすがは損得勘定で命をつなぐ冒険者だ。

 今のやりとりだけで、正確に、この場での力関係を完全に理解したらしい。

 さっきまでは人を犯罪者扱いしてギルドの評価狙いで舌なめずりして下卑た笑みを浮かべてたっつーのに……ゲンキンな奴等と言うかなんというか。







 ってか……ああああああああああああああああ……もう、クソ! めんどくせえな!





 


「とりあえず……土下座は辞めてくれ」


 うなだれながら出した指示に、受付嬢も冒険者達も瞬時に立ち上がり、そして直立不動の姿勢を取った。

 どうしたもんかと思っていると、ギルドマスターが受付嬢の眼前に仁王立ちした。





「状況は分かっているとは思うが――クビだ」




 速攻過ぎるだろ。

 どんだけ決断の早い経営者なんだよ。





 ――シャア専用ザクも驚きの速度だよ!





 通常の3倍の速度どころじゃねえ……ってか、単刀直入にも限度があるわ。

 ってか、ここはどんだけブラック企業なんだよ。


「そんな……お願いします! ギ、ギ、ギルドマスター! 寛大な……寛大な措置をっ! 私は病気の母親がいて……お給金をいただけないと……」


 涙を浮かべながら受付嬢は懇願する。

 が、ギルドマスターは取り合わない。


「これはギルドマスターとしての決定だ。誰が何と言おうが俺のこの決定は覆らない」


 ああ……本当に面倒くせえ。



 別に俺はクビにさせるつもりもねーんだけど……でも、ギルドマスターという役職での決定と言い放っちまったな。

 役職や立場を抜きにした、このオッサンの個人的な問題であれば俺が言えば……ある程度融通が聞くが、立場を全面に押し出したうえでクビと断言しちまったんだ。

 俺が何を言おうが、こうなっちまえばギルドマスターも引きにくくなるだろう。

 何しろ、自分の職名にかけて公然で決断をくだしちまったんだから、撤回するのも……それはそれで骨の折れる作業となるんだから。


 でも、やっぱり俺はこの程度でクビにするのは……と思うところもある。

 とりあえず、どこまでオッサンを説得できるかは分からないが……やるだけ説得をしてみるか。



「なあオッサン? クビは辞めてやってくれないか。別に俺らはそれで良いからさ」


「はい辞めます。クビは撤回します。全てはリュートさんの意向のままに」


 早っ!

『誰が何と言おうがこの決定は覆らない』と、つい今しがた言い放ったばかりじゃねーかよ!

 ってか、このやりとりを見て周囲の冒険者が何を思い、そしてこれから先に尾ひれがついて、あることないこと何を噂してくれると思ってんだよこの脳筋!


 そこで……やれやれと肩をすくめてリリスが口を挟んできた。


「……全く……リュートは美人には甘い。恐らくは病気の母……というフレーズで心動いたのだろうけど……それもどこまで本当か怪しいものだと私は思う」


 まあ、甘いのは認める。

 ただ、まあ……別に美人限定って訳じゃねえんだけどな。


「……ギルドマスター?」


「おお、リリスの嬢ちゃんじゃないか、久しぶりだな? あいかわらず小せえが少しは背が伸びたか?」


 急に言葉遣いを変えるギルドマスターに俺は苦笑する。

 確かに初めてオッサンがリリスに会った時は……リリスよりもオッサンが強かったが、今では多分力関係は逆転してる。


 とはいえ……そこはオッサンも気づいた上で……敢えてやってんのかな。

 そこまで圧倒的に実力差があるという訳でもないのも事実だし、昔からの関係性もある。

 急に態度を変えてもおかしいだろう。


 それはさておき、不機嫌そうにリリスは溜息をついた。


「……受付嬢の処遇。私は納得いってない。リュートが解雇はしなくて良いと言った。だからそれで良い。けれど……」


「けれど?」


「……受付と言う仕事で、私たちの視界に入る事は辞めてもらいたい。正直、この女が視界に入るだけで不愉快。事務室の隅っこか、あるいは閑職にでも追いやるのが良いと思う」


 あっちゃあ……やっぱりリリスはキレちゃってるな。

 とはいえ、俺もイラっと来たのも事実だし、ここは口を挟まずに黙っておくか。


 しばし考えてギルドマスターは首肯した。


「ああ、前向きに検討しておくぜ、嬢ちゃん。真面目な話、リュートさんや嬢ちゃんのステータスを見た上で、確認も取らずに詐称扱いで犯罪者扱いなんて……受付嬢として不適格だと判断せざるを得ないのも事実だしな」


 そして俺達は受付を済ませて、ギルドを後にした。

 




 ――こうして俺達はFランク冒険者となった。




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