第38話
私――コーデリア=オールストンは苛立っていた。
「ああああああっ! もう、次から次にキリがないっ!」
ズシャリ。
重苦しい音と共にオーガジェネラルの下顎と上顎が分断される。
ドサリと重苦しい音と共に、オーガジェネラルは地面に倒れた。
眼前にオーガの群れを残し、踵を返して砦の門へと向かう。
そして砦内の味方に向けて右手を向けて合図をする。
――既に事態は48時間に及ぶ長丁場。
合図と同時に、騎士団及びベテラン冒険者を主体とする集団が門から打って出てきた。中にはチラホラと教官連中の姿も見える。
せめてオーガ位は私抜きで対処してくれないと……こっちも体がもたない。
現状の最強の戦力が私である以上、この砦の全ての戦力は私と言う決戦兵器を最適効率で運用する為に運用されなければならないと……48時間前に決定した。
と、言うのも私が倒れると言う事は砦内の総数200名が全滅するということである。
更に言えば砦が守るノーチェスの街の人口50000名余りも全滅と言う訳で……。
既にこちらも死傷者は20名を超える損害がでているが、数の大小を考えるとそれは致し方ない。
そう、仕方のないことなのだ。
死傷者が出ている事は、仕方ないと割り切るしかない。
私の仕事はオーガジェネラルを討伐することだ。そして雑魚はみんなに任せる。
――全ては、私の体力の温存の為。
唇が切れて血の味が口内に広がっていく。たまらなく不快な気分だだ。
「どうしてこんな事になってんのよ? これって……ただの……騎士団との行軍の同行演習じゃなかったの? なんで……こんな事になってんのよ……?」
砦の門を潜る。
まあ、門と言っても……扉は一回目の襲撃の際に鬼たちに破壊されているのだが。
と、砦内に入った私は、そこに控えている連中に当たり散らした。
「アンタ等……特待生でしょ!?」
そして怒りに任せて言葉を続ける。
「何重にも防御魔法張って……そんだけガン首揃えてるんだから……私抜きで少しは持ちこたえてよっ! 特待生40人全員が体を張れば出来ない事じゃないよね!?」
私の言葉に誰も応じない。
いや、私自身も相当な無茶振りをしているのは分かっている。
ベテラン冒険者や騎士団の連中よりも、この連中のほうが基本的には強い。
けれど、こいつらには実戦経験がない。
基本は貴族の良い所のお坊ちゃんやお嬢ちゃんだ。恵まれた家系と才能と教育の結果、ステータス上はこいつらはそこそこだけれど……。
――死ぬ覚悟も戦う覚悟も、まだ彼等の中には存在しない。彼等は、強者ではあるが戦士では無いのだ。
従って、現時点ではこいつらは何の役にも立たないどころか……お荷物だ。
「私がいなければオーガジェネラルはここぞとばかりに一気に押しかけて来る。現状……私抜きの戦力じゃ対処できない。だから門は突破される……そうなりゃあ全滅は必至っ! でも……これじゃあ、私が敵の指揮系統まで突撃仕掛けられないっ! 敵は無限に思えるように沸き続けている……どーすんのよっ!?」
やはり、私の問いかけには誰も応じてくれない。
最初のオーガの群れと遭遇した際に、魔法学院と近隣領主には応援の使いを出している。が……増援があるにしても、後3~4日はかかるだろう。
と、なればやはり籠城戦しかないのだが……頭を抱えて私は椅子に腰かけた。
水を煽り、そして独り言ちる。
物見のスキルを持つ連中の報告を総合すると、オーガジェネラルが最低50体で、オーガは1000以上。
「しかし……異常発生って言うレベルじゃないわよこれ……4年前のゴブリン襲撃を思い出すレベル……」
オーガってのは魔物の中でも上位の部類の個体で、ゴブリンみたいに大量の数がいる訳でもない。
この数は本当に異常だ。否、有りえない。
でも、どうしてオーガは……一気に来ずに散発的な突撃を繰り返しているのだろうか。
何度も考えた疑問を再度自分に問いかけて、そして自分に回答する。
そんな事は決まっている。私という個人に対する嫌がらせだ。
そのおかげで、既に私の精神はササくれだっていて、他人を気遣ったり優しくするような余裕もない。
恐らくは相手も私がこちらの戦力としては、ただ一人の最終決戦兵器であることは察しているはずだ。
だからこそ、1時間に一回のペースで昼夜を問わずにオーガジェネラルを送り込んできている。
そう、全ては私に睡眠をとらせないために。
――増援まで最低でも残り3日。いや……そもそも増援の使いが道半ばでオーガに殺されているという可能性もある。
このままではジリ貧だ。籠城したままではこの拠点が落とされる公算は高い。
「……さあ、どうする?」
私一人でトンズラをかますなら非常に簡単なんだけど……でも、私が逃げれば全滅は必至……。
あるいは……私一人で突撃を仕掛ければ敵陣深くの指揮系統を壊滅させる事ができる可能性はある。
そうすれば、恐らく鬼の軍勢は撤退を選ぶだろう。
でも、それは諸刃の剣だ。
相手の指揮系統を壊滅させるその前に、砦の門の守りは突破されて半端ではない多数の死傷者が出るだろう。
けれどこのまま籠城すれば私が先にダメになる。
「ああ、もう! 守りながらの戦いなんて……やりにくいったらありゃしない!」
敵陣深く切り込む場合、下手をすれば100を超えるオーガジェネラルとやりあわないといけない。
魔力暴走を全開にぶっ放してツボにハマればギリギリ掃討可能という数だ。
そして途中で力尽きれば目も当てられない事態になるのは明白だ。
良い所がオーガの子種の苗床にされるというところで、生きたままに踊り食いにされるという可能性すらある。
「……私の気力と体力。ベストの状態で保てるのは……恐らくはここ数時間が限度って所ね」
これ以上粘って体力を消耗すれば、私のとっておきである魔力暴走の際の活動限界時間が縮んでしまう。
ジリ貧であれば……決断するしかない。
「……是非もないわね。教官長と騎士団長を呼んできて」
近くにいるクラスメイトに私はそう告げた。
私の言葉に無言でうなずき、そして特待生の彼女は小走りに走り去っていった。
――私の導き出した解答は、砦を死守するでもなく、私一人で敵陣に切り込むでも無く……全員で突撃すると言う事。
どうせ、門が突破されるなら、甚大な被害が生じるのは間違いない。
そうであれば私を先頭に一点突破で突撃して、中枢部の指揮系統を瞬く間に壊滅させる方が……まだいくらか、全体の生存率を高める公算が高い気がする。
と、その時、教官長が私の下に走り寄ってきた。
「コーデリア様? お呼びで?」
「だから……様は要らない。何度も言わせないで? 貴方は教官で私は学生なんだからさ」
とはいえ、私もタメ口使ってるけどね。
まあ、そこは戦場で余裕がないから……と、そういう感じで納得してもらおう。
「……了解しました。それで、ご用件は?」
「全軍で一気に打って出ようかと思っているの」
「……しかしコーデリア様? 騎士団とギルド員は構いませんが……大貴族の子弟が多い特待生クラスの学生も……ですか?」
「私と騎士団とベテラン冒険者がいないこの砦を、彼等だけで守れるなら……残ったら良いんじゃない? 判断は各々に任せるわ。別に戦力としては欠片も期待していないし」
ちなみに、これは嘘だ。
オーガの群れの中に全員で突撃するなら、流石に連中のケツにも火がつく。
鉄火場の中であれば……流石に基本的なポテンシャルが高い特待生クラスの彼や彼女達の本領が発揮されるという期待はある。
「生き残れる可能性が高い方に自分の命をベットなさいと、クラスメイト達にはそう伝えて」
と、私が教官長にそう伝えた所で砦の門の辺りでざわめきが起きた。
51回目の威力偵察か……と、私は立ち上がり、そして門に向けて歩を進める。
――絶句した。
門から伸びる街道は鬼で埋め尽くされていた。
そして、街道を囲う迷いの森――その森林の内部もまた、無数の鬼で覆い尽くされていた。
鬼。
鬼。
鬼。
鬼。
そして、鬼。
「……甘かった……わね」
オーガジェネラルの残りは多くても100程度と踏んでいたけど……200はいるよねこれ。
そしてオーガは2000体程度か。
仮に全員で突撃を仕掛けていても、余裕で全滅コースだったわ。
私は教官長に視線を向ける。
教官長もまた、しばし絶句し――そして肩をすくめた。
「コーデリア様……お逃げ下さい。お一人であれば逃げる事は……貴方ならできる。貴方は人類の剣……いや、成人し、成長して人類の剣とならなくてはいけないのです」
「さっきも言ったよね? 様は要らない……てさ」
撤退は出来ない。この砦が落とされたら背後の街が全滅する。
しばし考え、私は聖剣を鞘から抜いた。
そしてあらん限りの声で叫んだ。
「北の勇者:コーデリア=オールストンが先陣を切るっ! 皆の者……私に続けえええええええっ!」
教官長も無茶苦茶言ってくれるよね。
勇者が一人で撤退なんてできる訳がないじゃん。
「こうなりゃ……やれるところまでやってやるっ!」
私が駆け出し、そして門を出た所で――空からソレは振ってきた。
直系3センチそして長さ30センチの鉄の杭。
否――神の槍。
それが総数20数本。
その全てが的確に、散在するオーガジェネラルの心臓、あるいは頭部を貫き――そして爆発した。
爆発と言っても火薬や魔力の類では無い。
上空1000メートルの高度から魔術的加速ブーストを経て、音速を超えた物体が地面に落下すると……地面にちょっとしたクレーターができると、ただそれだけの話。
「この術式は見た事があるわね。実際、あの女と私……現時点ではどっちが強いんだろう」
そして私はその場で深く溜息をついた。
「全く……どうしてこう……いつも、いつも、いつもいつもいつもいつも私が本当に困っているベストタイミングできちゃうかなァ……?」
そうして天を見上げ、降参だとばかりに肩をすくめた。
「……こんなの惚れるなと言う方が無理じゃん」
それはさておき。
私は隣でポカンとした表情を浮かべているオジサマに向けてこう口を開いた。
「教官長?」
「何でしょうか? 勇者……コーデリア様?」
「全員で門を固めておいて……私一人で打って出るから」
「これだけのオーガに囲まれて、お一人で……? それはただの自殺では……?」
「違う。これは約束された勝利よ」
「……?」
「私は48時間も孤独に頑張ってきた。最後の最後だけあの女とあの男に持っていかれるのはシャクでしょうに?」
「あの男……? あの女……? それに……門を固めろと言われてもコーデリア様抜きでは……門は到底守れない……」
「良いから門を固く閉ざして! それだけで良いからっ!」
私は門から全速力で駆け出して行った。
何も心配しなくて良い。ただ、全力で暴れ回れば良い。
後方の憂いは勿論の事、例え私が力尽きても後の事はリュートが絶対にフォローしてくれる。
――さあ、始めましょうか鬼退治っ!
時系列は遡り2週間前。
一面が黒色と藍色に満たされた満月の夜だった。
俺はリリスと共に宿舎を抜け出し、迷いの森を散策していた。
「……リュート? どう思う?」
上級魔法でオーガジェネラルの頭部を吹き飛ばしながら、リリスはそう問いかけてきた。
「……情報が少なすぎて分からねえ」
俺もやはりオーガジェネラルの頭部を裏拳で粉砕しながらそう呟いた。
三枝との100キロ歩行の際に気になっていたのだが……普通、オーガジェネラルはオーガジェネラル同士では群れを為さない。
三枝曰く、鬼将と言う事で当然の事ながらそれは指揮官なのだ。
だが、あの時に現われたのは全てがオーガジェネラルの群れだった。そして数が少ないからこその指揮官なのだ。
そして、俺達が2時間程度散歩――まあ、索敵を行いながらなのだが――しただけで、オーガが40でオーガジェネラルが10となっている。
幾ら何でもこれは異常だ。
「……どうするの? リュート?」
「何が?」
「……コーデリア=オールストンの属する特待生クラス」
「お前の属する特待生クラスでもあるよな」
俺の言葉に、クスリと少しだけリリスは笑った。
なんだか良く分からないが彼女なりにユーモアを感じた様だ。
「……大厄災の可能性は? その兆候だと考えると納得がいく」
種族全体のランクを1ランク上げると言う大厄災。
オーガはオーガジェネラルに、そしてオーガジェネラルはオーガキングに。
そうしてオーガキングはオーガエンペラーに……更に言えばオーガエンペラーは鬼神に。
オーガエンペラーと言えば討伐レベルはオーバーA……つまりはSランク級だ。そして鬼神はオーバーSランク……つまりはダブルSランク級の討伐難易度を誇る。
大国が持つ決戦戦力を集合させて、ようやく比類するような馬鹿げた戦力だ。
と、そこで俺は天を見上げてこう言った。
「そろそろこんな所でヒヨッコ共と遊んでいる場合じゃねーな」
「……?」
「禁術使いのロリババアの予測からはかなり早いが、最悪を想定して動こう。それにどうにも……人為的にオーガの異常進化が起きているようなフシもあるんだよな」
「……うん」
「特待生クラス、コーデリアの行軍予定は?」
「騎士団と特待生クラスの合同訓練……いや、セレモニーのアレの事?」
「ああ、その通りだ」
「……2週間後のはず。将来的には魔法学院の大貴族の子弟は各国の騎士団なり宮廷魔術師なりに所属する。まあ、アレはその時に備える為の予行演習的な研修のようなもの……迷いの森を行軍するにしても街道を歩くだけで危険な領域にまでは絶対に踏み込まない」
「おい、リリス?」
「うん?」
「最悪を想定しろと、俺はそう言ったよな?」
「……?」
「多分……敵の狙いはコーデリアだ。もしも人為的にオーガが異常進化しているなら狙いはコーデリア以外にはない。だから……行軍に俺達も合流する」
「……合流? どうやって? 私たちは最底辺クラスで囚われていて……抜け出せば学院はクビ」
「2週間後……こっちにもアレがあるだろう?」
「……アレ?」
「迷いの森の行軍訓練だ」
「……?」
「そのまま、行軍全体をジャックしてコーデリア達と落ち合う」
「……教官がそれを許すと思う?」
「まあ見てろ。策はある」
――2週間後の迷いの森での行軍訓練。
今回はゴルゴダの枷もハメられてはいない。と、言うのも今回は街道から離れた森の深くまで行軍を行うので命の危険もあるからだ。
それは事前に伝えられている事だし、実際にこの行軍訓練では過去10年間で2名の死者を出している。
だからこそみんなは必死に森の中での危険について必死に学んだ。
例えば魔物のテリトリーを示す爪痕であるだとか。あるいは糞の種類、そして乾燥具合から逆算しての彼我の距離差の分析であるだとか。
俺達みたいな最底辺クラスの生徒は、大体は冒険者稼業をすることになるんだが、それにしたってドサ回りのクソみたいな仕事ばかりだ。
そしてこう言った知識はそういう仕事に直結で役に立つ。
なんだかんだで生徒に優しいプログラムだな……と、そう思いつつ、俺は横に歩くリリスに問いかけた。
「リリス? 感じているか?」
「……うん」
億劫そうにリリスは応じ、そして頷いた。
「15分……ってところだな」
「……15分?」
「我らが教官殿はレンジャー系のスキルを多数所有している」
「……そんな事、教官は言ってたっけ?」
「そんなもんは見てれば分かる。まあそんな感じで、もうしばらくすれば教官が気づく」
「……そうすればパニックに陥ることは必定」
「ああ、そうだろうな。迷いの森全体にオーガの群れが有りえない規模で展開している。オーガジェネラルで200、オーガで2000……ちょっとした規模の騎士団の派遣じゃすまねー事態だ」
「……どうするつもり?」
「そして、狙いは近くまで行軍演習に来ている特待生クラス……否、コーデリアの首だろう」
「……だから、どうするつもり?」
しばし考えて、俺は背負っていた登山用のリュックサックをその場に投げ捨てた。
コーデリア達が逗留している砦は東に4キロと言う所だ。対して、オーガ達の群れの中心地は西に2キロと言う所。
「ひとっ走りする」
西の方角を顎で指しながらリリスにそう告げた。
「コーデリア=オールストンとは逆方向。助けに行くなら東に行くのが常道。何故に?」
と、そこで俺は即答した。
「俺が背後からオーガジェネラルを追い立てる」
リリスはフリーズし、そしてニッコリと笑ってこう言った。
「……ごめん。意味が分からない」
リリスの言葉に、俺は小首を傾げながらこう言った。
「オーガジェネラルの総数は200位だろ? で、オーガの総数は2000だろ?」
「……私には全てひっくるめて1000を超える規模という風にしか分からならない。けれど……」
「けれど?」
「……リュートが言うなら100%の確率でそうなんだろうと思う」
絶対の信頼と共に、真顔でそう頷くリリス。
「それで……だ。つまりは、数が多いだけで雑魚の集団だ」
「……普通の人にとってはオーガも十分に危険生物。オーガジェネラルに至ってはベテラン冒険者にとってもそれなりの魔物……ちょっとした騎士団の規模ではなく領主クラスが四方に手をまわして、国家レベルで対応するような……これはそんな案件」
リリスの言葉を遮るように俺はこう言った。
「まあ、要するにだ」
「……ん?」
「つまりは、俺一人で……何とかなるだろ?」
リリスは即時に頷き、そして忌々し気にこう吐き捨てた。
「……実際に何とかなるから困る」
「だったら……」
「……だったら?」
「背後から奴らを追い立てる」
「……だから、そこが意味が分からない」
分からない奴だな……と、俺は肩をすくめた。
「俺達は今は行軍中だろ?」
「……そう」
「勝手に離れちゃいけないわけだろ? でも、俺はコーデリアを助けに行かなきゃいけない訳だろ? だったら……」
「……だったら?」
「教官たちが自主的に逃げればいいわけだ。現在、迷いの森で、最強の戦力を持っているはずの……コーデリア=オールストンの所に」
そこで、リリスはポンと掌を打った。
「……なるほど。リュートの出現で逃げ出したオーガの群れを教官に見せる。そしてそれを見た教官達はコーデリア=オールストンの下に逃げる」
ああ、と俺は頷いた。
「そこで問題になってくるのがオーガの逃げる方角だ。このまま鉢合わせする方角だとコーデリア達のところに向かうにしても迂回する形になってややこしい。だから方角を誘導する為にも……良い感じに追い立てる」
「……呆れた……本当に無茶苦茶する」
と、言う事で……と、俺はその場で屈伸を始めた。
「行ってくるわ。三枝は任せたぞ?」
俺達の後方で、リュックサックの重みで圧殺されそうになっている三枝に視線を送る。
「……コハルはここに残して私は砦に行く。あの小動物……一応……Aランク級のはず」
「そうだが、こいつにはトラウマがあって……」
「……ケツに火が付けばそんな事は言っていられないはず……リュートは本当に美人には甘い」
ドキっとした。
氷の剣を心臓に突き立てられているような、そんな冷たく、そして攻撃的な視線をリリスは俺に向けてきていたのだ。
「いざとなれば覚醒する。そりゃあ、まあそうなんだろうが。どうしてお前だけ先行して砦に向かうんだ?」
「貴方に追い立てられたオーガ達が全戦力で砦に決死の突撃を仕掛ける可能性がある」
「俺が全てを片付けるまで……時間にすればあっと言う間だ。Aランク冒険者相当のコーデリアなら簡単に持ちこたえることはできるさ」
「……それができないから……私が助太刀に行くと言っている。リュートは自分が強くなりすぎていて……下々の事情が分かっていない。オーガジェネラル200はAランク級冒険者程度では一人で対処するのであれば十分に脅威だ」
「そんなもんなのか? たかがオーガジェネラルだろ?」
「……私とコーデリア=オールストン程度の次元では……数が重なれば相当に厄介。が、二人なら余裕をもって対処できる。私が後方でフォローしながら、コーデリア=オールストンが前衛で突撃を仕掛ければ敗北を喫する事は無い」
「……それじゃあ、全て込み込みでリュートがフォローすれば良い。私とリュートは最も離れている状態で直線距離で6キロになる。簡単な仙術の行使は可能。そうであれば、リュートはこの場にいたままにして、コハルやみんなを警護しながらも、オーガに追い込みをかけることはできるはず」
ああ、なるほど。
アレを使えとリリスは言っている訳か。
「……それじゃあ砦で」
「ああ、後で落ち合おう」
タッタッタッタ。
リリスが軽快な足音と共に森の中の街道を東に走り去っていく。
「おい、リリス学生っ!」
教官の怒声と共に、リリスの舌打ちが聞こえて、そして彼女は飛び上がった。
そして10メートル程上方の、生い茂る樹木の葉と枝の中に消えて去った。
ざわめきと、どよめきが発生した。
――私に指図するな……。
そういう意図が言外に込められたデモンストレーションだ。
俺達を護衛している近接戦闘職のベテラン冒険者でも、今のリリスの跳躍は真似ができる代物では無い。
しかも、彼女は近接戦闘職ではなく魔術職なのだ。
「今の動き、彼女はC+冒険者相当の魔術師のはず……どうしてあんな動きができるのだ?」
うん、そりゃあビビると思う。
今の動きは近接職でBランク級相当だろう。まあ、実際、リリスは父親の加護による成長補正が魔法寄りとはいえ結構オールラウンダーだからな。
「さて……」
「どうしたんです? リュート君?」
三枝の言葉に俺は苦笑する。
「いや、どうしようかなと……」
「……?」
うーん。本当にどうしよう。
いや、まあ、リリスの考えているであろう、アレしかやっぱりない訳よな。
と、そこで俺は瞼を閉じて念を込めリリスとの精神チャンネルを構築した。
『……ん。何?』
『いや、何って言われても……』
『……だから、何?』
『分かってんだろ? アレをやるから、しばらくお前の脳内の魔術演算領域を借りるぞ?』
そこで、クックックと、リリスの笑い声が俺の頭の中に響いた。
『……どれだけ強いと言っても、やはりリュートも人の子。神に近しい力を持つとはいえど、やはりリュートは人の子』
『ん?』
『……私のフォロー無しでは、貴方は自分の力の半分も出せない』
『なんだそれ? 嫌味か?』
『……違う』
『じゃあ、なんだよ』
『……貴方の力の半分でも、その力は十分に神話領域』
『何が言いたい?』
『……そんな貴方をフォローできる。私はそれが誇らしい』
『本当に面倒くせえな、お前』
そうして、俺はリリスの脳内魔術演算回路を使って術式を構成していく。
と、そこで三枝の表情が一変した。
「リュート君……今……貴方…………何……してる……です?」
どうやら、三枝は気づいたらしい。
そこで気になって周囲を見渡してみると、どうやら三枝以外は気づけなかったという方が正解らしい。
まあ、目立たないように極限まで静かに術式起動中だしな。
「……それ……MP……数万って規模の……行使じゃない……ですよ? 国家レベルの儀式魔法行使……そういう……レベル……ですよ……ね?」
ご名答。
さすがは東方の名門である三枝家だ。
まあ、俺のMPは現在余裕で6桁いってるからな。
「ああ、その通りだ」
「で……何を……してるん……です?」
「ん? 何って? 仙術だけど?」
青白い表情で、カクカクと全身を震わせながら、脂汗と共に三枝はこう呟いた。
「……ほえ?」
――ロストテクノロジーであるところの仙術。
半ば伝説上の存在だが、その術を扱う者を仙人と呼ぶ。
不老長寿を実現し、手を振るうだけで天を裂き地を裂く。万夫不当を地で行くような……半ば神と化した一個人。
その代表こそが仙人:劉海であり、龍王のツレであり、そして俺の師匠であり、やはり俺のツレでもある。
神に助力を願う三枝と、自らが半ば神と化している仙人とでは……まあ、ちょっとレベルが違う訳だ。
と、まあ、そんな感じで俺は西方2キロメートルの地点に仙術を発動させた。
俺は今からオーガの群れに追い込みをかけなくちゃいけない。
それは羊飼いの操る牧羊犬のように、オーガをコーデリアのいる砦に向けて誘導しないといけない訳だ。
そうなると、必然的に猟犬は必要だ。
――仙闘術:極幻影
本来、これはデコイ的な用途で使われる術だ。
複数の実体を伴った分身を周囲に侍らせ、本体に対する敵からの攻撃を避けるような用途に使われる術なのだ。
分身の力は本人の数十分の1から数百分の1で、普通の術者が扱えば――いや、普通の術者はそもそも使えないのだけれど――正に、息をすれば飛ぶような人形しか形成できない。
が、俺の場合は本人がちょっとエライ事になってるので、分身もまたそこそこだったりする。
結果として今の俺の仙術で、冒険者ギルドにするとBランク級のマイナス相当の力量の集団が、突如としてオーガの群れの背後に現われた事になる。
オーガジェネラルで危険度はCプラス程度。オーガだとDマイナス程度だろうか。
そして、俺の分身の力量はBマイナス程度だ。幻影の塔の案件でリリスにちょっかいをかけてきた大貴族の護衛の格闘家で、大体その程度だと思う。
まあ、平たく言うとだな。
つまりはリュート=マクレーンと全く同じ姿をした、50体の凄腕冒険者レベルの軍勢がオーガの群れに背後から襲い掛かった事を意味する訳だ。
数十分後――。
西方の街道から、目を血走らせたオーガの集団がこちらに向けて物凄い勢いで迫って来た。
教官連中も馬鹿では無い。
オーガの集団が向かう先はコーデリア率いる騎士団と特待生を固めている砦だと言う事は彼等もすぐに気づいた。
と、なると、そのまま街道にいたままの状況は自殺行為だと言える。
だがしかし、あまり深く魔物の森に入ると、今度は別の魔物に襲われる危険性が高まる訳で――。
結果、俺達は街道から少し離れた目立たない場所に息を潜める事になった。
とはいえ、そんなものは焼け石に水だった。
状況が何も読みこめていないクラスメイト達は言われたとおりに、口を塞いで藪に身を隠している。
相手はオーガだ。言いかえると野生の獣だと言っても良い。
例え姿を消したとしても、俺達の臭いや気配までを簡単に消せるものでは無い。
それどころか、俺達は藪や樹木に身を潜めているだけで、街道側から完全に隠れる事ができている訳でもない。
「……しゃあねえな」
そこで俺は再度リリスと頭の中でコンタクトを取って、仙術の起動式を作動させる。
再度、三枝は蒼い顔をして震える声色で俺にこう尋ねてきた。
「……今……無茶苦茶な事……しました……ですよね?」
落ち着かない様子で教官はキョロキョロと首を傾げながら周囲を見渡している。
流石に教官も、誰が何をしたのかまではわかってはいないらしいけれども、それでも自分達に何らかの保護魔法がかけられた事は察したらしい。
「お? 三枝? 俺が何をしたか分かるのか?」
「……これは私にもわかりますです」
「おう。言ってみろ」
「まずは光学迷彩。次は嗅覚をごまかす簡単な神経系に作用する幻術、そして空気の対流レベルでの簡単な空間断絶……音波障壁でしょうか?」
言うなれば、完璧なステルス機能って奴だな。
今現在、俺達は正に陸の孤島と言うか、外界とは隔絶されたブラックホールのような状態になっている。
「ご明察。まあ、似たような魔法は他にもあるしな」
実際、これ系の術式は割と需要は高い。地味が故に学ぶ者からすると人気は無い。
俺の場合は仙術の基本として、自然と一体化すると言う概念を学ぶ過程で自然に身についた。
いや、違うな。身に付けさせられたものだ。
――闘仙術:無色零式
零式から始まり、九式で終わる。
ちなみに、九式までを体得すると魂の存在になって完全に自然と同化し完璧な不老不死が完成する。
つまりは精神生命体となり空間に溶け込み――神と同一の存在になるのだ。
まあ、俺はそういうのには興味が無いので零式しか覚えてないけどな。
「これは隠密の者が使う術ですね。倭国にも、そして西洋にも、呼び名は違えど諜報機関は存在しますです」
そういえば倭国の諜報機関って、そのままの意味で忍者って言われてるんだよな。
しかも、アメリカ人が勘違いして描いた、アメコミに出てきそうな超能力者を地で行く感じらしい。
「でも……ですよ?」
「どうした?」
「現在、野生の獣は愚か、高レベルの索敵スキルを持った冒険者でも私たちを探知できないんです」
「ああ、そのとおりだな」
「訓練された隠密ですら、外界からの気配を消す事は自分一人で精一杯なんです」
「かもしれねーな」
「才能に恵まれた者が、10数年をかけて修練に全てをつぎ込んで得るような技能なんですよ?」
「ああ、そうだろうな」
「でも、リュート君はここにいる50人近い人数の丸ごと全てを、完全に消してしまっているんですよ?」
と、そこで俺達の眼前をオーガの群れが全力で駆けていく。
つい先刻、オーガの群れは理不尽とも呼べる暴力に晒されたはずだ。
いや、今もなお、彼らの最後尾は包丁でバターを切り取るように物凄い勢いで命を散らしている。
全員の目が血走り、その表情には恐怖が刻まれている。
涎を垂れ流し、息を弾ませ、半狂乱のように各々に怯えた叫び声をあげていた。
だが、それも無理は無い。
――Bランク級冒険者相当の50名。
それは辺境の零細小国であれば簡単に殲滅できるような大袈裟な戦力なのだから。
そうしてすべてのオーガが去っていった後に、俺は掌をパンと叩いた。
「この場所の安全は確保された。って事で、そろそろ俺もリリスを追って行きますか」
砦から飛び出したコーデリア=オールストン。
彼女は周囲のはあまりの惨状に、呆れ混じりに呟いた。
「実際無茶苦茶ね。ってか、一体全体どこから魔法を使ってんのよあの女」
龍の秘術:神の槍ロンギヌスが今もなお、一定の時間ごとに定期的に、赤い煌めきと共に流星の如くに天から降り注いでいる。
その数は20、30、40……50を超える辺りからコーデリアは数える事を辞めた。
コーデリアの前方の道に広がるは死屍累々の数々。
オーガも、オーガジェネラルも等しく空から降り注ぐ死の讃美歌に祝福されている。
つまりは脳を撒き散らし、あるいは胴体を爆裂させて、周囲には臓物の類が無数に街道に拡がっているのだ。
今現在オーガは組織としての統率を完全に失っていた。
そもそも――コーデリアの与り知らない事ではあるのだが――リュート=マクレーンの作動させた術式でオーガの群れは恐慌寸前だったのだ。
そうして逃げた先の砦では、突如、空から飛来した神の槍が降り注いだ。
今現在、彼等は組織的な行動と言うよりも個々人による無秩序な敗走の行動を取っている。
彼らは砦を守るコーデリアの力が冒険者ギルド基準でBランク級プラス程度の力である事を正確に理解していたし、背後から迫りくる軍勢を相手にするよりも、余程生き残る公算が高い事も理解していた。
だがしかし、彼らは知らなかったのだ。
後先を考えずに、スタミナを温存せずに本気を出した時の、彼女の本当の姿を。
そしてオーガは目の当たりにする事になるのだ。鬼を喰らう人修羅の姿を。
「さて、私も始めようかな」
コーデリアは朱色の長髪をかきあげた。
彼女の瞳に朱色の炎が灯る。そしてその全身を燃え上がるような赤いオーラが包む。
つまりは、魔力暴走を完全に制御下に置いたと言う事だ。
彼女は自らに殺到するオーガ達に向けて、正面から向かい打つべく駆け始めた。
そして彼女は剣を頭上に振りかぶり――オーガの群れにとって悪夢とも思える暴力が振り落された。
剣を振る。
と、同時に幾つもの首が飛び、血液が噴水のように噴き出される。
剣を振る。
と、同時に幾つもの胴が裂かれ、臓物が垂れ落ち、あるいは吹き飛ばされていく。
剣を振る。
と、同時に幾つもの手足が飛び、オーガの悲鳴が木霊する。
剣を振る度、一振りで、数体のオーガがまとめて絶命していく。
その剣は、ハタから見ていると竜巻にしか見えないような速度で次々と繰り出されていく。
それはさながら戦場に巻き起こる、鮮血の赤い暴風雨。
あっという間に死体の山が彼女の進行方向上に、いくつもいくつも出来上がっていく。
しかもそれは返り血の一つすらも浴びないという、徹底したワンサイドゲームだった。
そのまま彼女は目に入る全ての鬼を殺戮の旋風に巻き込み、物凄い勢いで街道を東に向けて突き進んでいった。
彼女の通った道は無数のオーガとオーガジェネラルの死体で埋め尽くされ、生ける者の息遣いが一切無く、打ち漏らしの……ただ一匹も無かった事は言うまでもないだろう。
神の槍を空から降らせて死体の山を築いたリリス。
鮮血の竜巻によって死体の山を築いたコーデリア。
相手は決して雑魚ではないが――これこそがAランク級冒険者が戦術兵器と呼ばれる由縁だ。
そして死体だらけの道を、コーデリアを追う形で走る少女が呆れ混じりに呟いた。
「…………全く……脳筋にも……程がある」
少女――リリスはつい先刻まで高度の光学迷彩魔術と、その他魔術を併用したステルスを自らに施していた。
コーデリアは魔法とは無縁の近接戦闘特化型である事。
そしてリリスは龍の秘術としての非常に程度の高い迷彩を施していた事。
更にリリスはコーデリアに一切の殺気を抱いていなかった事。
以上を理由にコーデリアは気づかなかった。
だがしかし、実は先ほどリリスはコーデリアのすぐ近くにいたのだ。
更に言うのであれば、先ほどの戦場において、誰にも気づかれずに一方的にロンギヌスをぶちかましていたという事になる。
現状、リリスはリュートにコーデリアのサポートを任されている訳だ。
ならば、リリスとしては状況の変化に臨機応変に対応できるように、最低でも目視できる圏内にコーデリアを置いておく必要がある。
だからこそ、リリスはコーデリアのすぐ傍らにいたのだ。
そしてその事実は、リリスがコーデリアの剣技を間近で視認していた事を意味する。
「……私は確かに魔術師。身体能力のモノを言わせる職業では無い……しかし、これほどとは……」
今現在、コーデリアは物凄い勢いでオーガの群れを駆逐しながら街道を一心不乱に駆けている。
目につくすべてを剣舞に巻き込みながらのはずだったが、コーデリアの進むスピードは半端では無かった。
何もしていないリリスが全力で走っていても追いつけない、それどころか距離をジワジワと離されているように有様だ。
「……全く。脳筋にも程がある。いや、これが才能……つまりは……勇者」
リリスは忌々し気にそう呟き、走る手足に力を込める。
現在、コーデリアは自らの限界を超える力を行使して、全力で突っ走っている状態だ。
ここでリリスがコーデリアを見失ってしまい、敵陣の中で一人で限界を迎えた場合、非常に不味い事になる。
――リリスはリュートにコーデリアを任されたのだ。
そして、それができる人間にしかリュートは物事を決して任せたりはしない事を、リリスは知っている。
そうであればリュートの依頼をつつがなく完遂する必要がある。いや、つつがなく完遂しなければならないのだ。
「……しかし……あまりにも速すぎる。どこまで……脳筋……」
リリスはそこで舌打ちを行った。
コーデリアの背中がどんどん遠くなっていく。
このままでは見失ってしまう。リリスの背中に冷や汗が伝ったその時――コーデリアの剣舞が止まった。
遠く見える街道に見えるのは、立ち止まったコーデリアとオーガが200体程度。
当然、その程度のオーガの群れが彼女の突撃を止める事ができる道理など無い。
彼女が立ち止まったのには、きちんとした理由があったのだ。
まず、オーガジェネラルの群れが50体程度存在すること。
それは辺境の領主であれば、涙目で本国と冒険者ギルドに助力要請を願うレベルでの驚異的な戦力だ。
だが、現在のコーデリアからすると、肉体の限界に達しない限りは敗北を喫する事はまずありえないだろう。
そして、彼女は今、タイムリミットのある形で全開の出力で肉体を酷使している。
必然的に本来であれば一刻も早くオーガジェネラルに飛びかかり、可及的速やかに殲滅する必要がある。
が、それができない。
何故なら、不用意に突撃を仕掛ければあっという間に反撃を受け、今のコーデリアですらも肉塊にされる事が明白な状況になっているからだ。
コーデリアの視線の先、そこにはオーガジェネラルを巨大化させて肥満化させたような個体――オーガキングが存在していたのだ。
オーガキングといえば討伐レベルはB+~A相当の魔物だ。
しかも、それが2体。
と、そこでリリスは吐き捨てるように呟いた。
「……さすがにオーガキングのレベルになると龍の秘術……迷彩でも見破られるか」
2体のオーガキングを視認するとすぐにリリスは迷彩を自らに施していたが、彼女の言葉通りにそれは無為に終わった。
オーガキングの片方はコーデリアと睨み合ったままだが、もう片方はリリスに視線を向けている。
オーガキングの視線の動きを見て、コーデリアもまたリリスに気づいたようだ。
彼女はオーガキングと対峙しながら、振り向きもせずに言った。
「まあ、あれだけ正確に目標に被弾させてるんだから、当然近くにいるとは思ったけどね」
ようやくコーデリアに追いついたリリスは、肩で息をしながら返答した。
「……そりゃあ近くにいる。私はリュートに貴方を護衛するように言われているから」
「護衛ねえ……上から目線ってのはちょっと気に喰わないかな」
不機嫌そうに髪をかき上げ、コーデリアはリリスに尋ねた。
「どうする? 一緒に協力してやっつける? アンタと私が協力するんだったら、多分簡単に倒せるけど?」
そこでリリスもまた、不機嫌の色を隠しもせずに言い放った。
「……共闘? 冗談は好きではない。この際だから言っておく。コーデリア=オールストン?」
「何よ?」
「……私は貴方の事が嫌いだ」
あまりにもハッキリ言われたので、コーデリアは大口をポカンと開いた。
そして、しばし何かを考え、コーデリアは口元をニヤリと吊り上げてこう言い返した。
「あら? 奇遇ね?」
「……奇遇?」
うんと頷き、ニッコリとコーデリアは笑った。
「私もアンタの事は気に喰わない。アンタとヨロシクやってこうなんて気はこっちにもコレっぽっちもないから」
「……なるほど。私たちの性格は不一致するものだと思ったが……その点についてだけは奇跡的に意見が一致したようだ」
互いに頷き合い、そして微笑みあう。
――ただし、目の奥は両者共に一切笑っていない。
とは言え……と、コーデリアは顎に手をやってオーガの群れを見渡した。
「互いの感情は一旦おいておいて、実際問題としてこの状況。多分、互いに一人じゃ無理よね? 共闘しないならどうやって切り抜けるつもり?」
その問いに、お決まりの気だるそうな声色でリリスは応じる。
「……答えは単純」
「単純?」
杖を突きだし、そして念を込める。
上級魔法に分類される真空の刃がオーガの群れの丁度、ド真ん中に向けて一振り放たれた。
それは横幅3センチ程度、縦に3メートル程度の刃で10体程度のオーガを巻き込んで進んでいく。
「真空の刃……? ってか、どういうつもり?」
コクリと頷きリリスは言った。
「……これが答え」
言葉と同時、リリスは地面を抉るように描かれた刃の痕跡を指さした。
「……この線から右半分が私」
そこで納得したのか、コーデリアは愉快気に大きく頷いた。
「そして左半分が私って事ね?」
「……そういうこと。基本的には相互不干渉でいこう。何か不満?」
いいえ、とコーデリアは首を左右に振って大きな声でこう言った。
「何も不満は無いわ。むしろ分かりやすくて……非常によろしいっ!」
そうして二人はそれぞれにオーガの群れに向き直る。
「……紅蓮」
リリスが気だるそうに呟くと同時、一撃の下に数十のオーガがまとめて焼却されていく。
上級に指定される範囲魔法で、通常の魔術師であればMPの上限からそうそうに気軽に何度も放てる魔法ではない。
が――
「……紅蓮。紅蓮。紅蓮。そして紅蓮。更に紅蓮」
無遠慮に魔法を発動させるリリスの眼前に幾つもの灼熱焦土が現出する。
流石にオーガジェネラル級を一撃で屠ると言う訳にはいかないようだが、それでも普通のオーガは一瞬で消し炭となり朽ち果てていく。
と、そこでリリスに負けじと剣を猛烈な勢いで振り回しながら、コーデリアは呆れるようにこう言った。
「やっぱりとんでもないわね。対多数戦の殲滅速度で、魔術師に上回られたのはいつ以来だろう」
その言葉を聞いて、リリスはやれやれと肩をすくめた。
「……範囲攻撃魔法に剣だけで対抗できるような殲滅速度。どこまでも脳筋……正直呆れる」
そこで互いにニヤリと笑う。
コーデリアは剣舞の速度を上昇させ、そのままオーガの群れに突っ込み、リリスは純白のローブの中から幾十本の鉄の杭を取り出した。
片や、鮮血姫が巻き起こす朱色と肉片の旋風。
そして、片や、龍の秘術を駆使する魔術師が放つ神の槍。
瞬く間にオーガとオーガジェネラルが屠られていく。
オーガキングもまた、この2名を相手にしては打つ手がないと判断しているのだろう。
引き攣った表情で、ただただその場に佇み、手をこまねいて――部下を物凄い勢いで失い丸裸にされていく。
当初リリスが『右半分、左半分』と宣言してから概ね5分が経過した。
その結果、オークキングの2体を残してその場に屍の山が築かれたのだった。
「……さて。雑魚も片付いた」
気だるそうに呟くリリスの言葉にコーデリアが続いた。
「メインディッシュといきましょうか?」
コーデリアは頬に汗を垂らしながらこう言った。
「一応、相手は下位とは言え、討伐難易度Aランクに指定される規格外よ。仮にアンタが危なくなったとしてフォローできないからね?」
クスリと笑ってリリスは言った。
「……それはこちらのセリフ」
そのまま、二人はオーガキングと向き合い、剣と杖を構える。
と、その時、リリスは顔を真っ青にして瞬時にその場に倒れ込んだ。
「えっ? どうしたの? 急に?」
コーデリアの言葉を受け、リリスは伏せるようにとジェスチャーを行った。
「えっ? いや、本当にどうしたの?」
「……悪い事は言わない。伏せた方が良い」
「え? 伏せる? どうして?」
苛立ちの色がリリスの声色に混じり始めた。
「……良いから、伏せた方が良い」
「だからどうして?」
「……本当に悪い事は言わない」
困惑した表情でコーデリアは小首を傾げた。
「いや、だからどうして?」
そこでリリスはコーデリアですらもビクリと肩を震わせるような大声で叫んだ。
「――良いから伏せろっ! コーデリア=オールストンっ!!!!!!!!!」
初めて見るリリスの剣幕に、コーデリアは呆気に取られて渋々と言う風にその場で伏せた。
直後、コーデリアの眼前に真紅の絹髪がパラパラと数本落ちてきた。
「……これ私の……髪?」
はてな? と思い、コーデリアは周囲の様子を窺い絶句した。
「オーガキングが……」
オーガキングのヘソから少し上辺りを境目に、上半身と下半身が断裂されていた。
流石は王者の風格と言った所だろう。
こぼれ落ちる肝臓と大腸の、真紅を主体とした鮮烈な色彩は他のオーガとは一線を画している。
コーデリアは呆然と呟いた。
「これってひょっとして……剣技?」
コクリと頷き、リリスは言った。
「……真空斬」
再度、コーデリアは絶句した。
コーデリアも真空斬は使用できる。実際、剣士としてそれなりのレベルであれば、それは使えて当たり前のスキルではある。
だが、今現在、コーデリアの眼前で起きてる事象は異次元のレベルで有りえない現象なのだ。
そもそも、通常、真空斬とは良くて半径10メートル程度の相手に対する――ただの牽制なのだ。
仮にコーデリアが10メートルを離れて、ただのオーガに向けて真空刃を繰り出したとしても、皮と肉を裂くことはできるだろうが、決してそれは骨にまでは届かない。
半径2メートル程度であれば一定以上の効果は期待できるが、そこまで近づいていれば普通に斬り伏せたほうが早い。
今現在、目測で20メートル以上はある。
そこから彼の放った真空の刃は討伐難易度Aランク級のオーガキングをあっさりと屠ってしまった。
「この距離……真空刃……遠当てでたったの一撃でAランク級の超危険生物を一撃で仕留めた? これって……何の冗談? 勇者を馬鹿にすんのも大概にしてよ……ね?」
呆然と独り言ちるコーデリアに対し、嬉しそうにリリスは頷いた。
「……まだまだこれは序の口。本気を出した彼はこんなものではない」
数十秒後、どこまでも明るい晴天のような突き抜けた笑顔で――リュート=マクレーンは口を開いた。
「よう、お前等! 仲良くやってたか?」
言葉を受け、コーデリアはしばし押し黙る。
「村から去って、戻って来たかと思えば邪龍を倒してすぐ去って、魔法学院に入学して、ようやく一緒にいれると思ったら、今度は合宿で、そんでもって……やっぱりピンチには駆けつける……!」
「ん? どうしたんだコーデリア?」
「あんまり人を振り回してんじゃないわよ――この馬鹿ッ!」
リュートの左頬に、コーデリアの右ストレートが突き刺さった。
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