第33話
「そぎゃ……ぶっ!」
大きくのけぞり1メートル程吹っ飛ぶ。
そしてゴロゴロと肉ダルマが2メートル程転がり、ようやく勢いが弱まり停止した。
「ひゃっ! ひゃっ! ひゃああああああああああああああああ!!!!」
寝たままの姿勢。
上半身を起こした大貴族の額に紫色の特大のタンコブが見る間に膨らんでいく。
恐らく、額の骨に軽くヒビが入ったはずだ。
「きさ、きさ、きさまっ! 俺に! 俺に! 大貴族に! 何を! 何をしている!」
俺は頬をポリポリとかきながらこう言った。
「殴った。以上だ」
痛みも忘れて、ポカンとした表情を大貴族の豚は浮かべる。
「殴ったって……開き直られても……」
そうして、気が付けば俺は取り巻きの――騎乗した騎士達に四方を囲まれた。
その総数は5名程度か。
「――仙気解放」
一瞬だけ――この世界に、本来存在しない力を行使する。
言葉と同時、馬達は状況を正確に理解したようだ。
証拠に、怯えの色を混ぜた大音響の嘶きと共に、手綱を握る騎士たちのコントロールを無視し――騎士たちを乗せたまま、四方八方に散っていった。
「おい、騎士共! どこに……どこに行く! 馬すら御せぬとは何事か!」
ぶっちゃけ、そりゃあ無茶振りってもんだ。
俺が馬ならやっぱり逃げてるからな。
と、そこで大貴族を庇うように、その眼前に上半身裸の浅黒のマッチョが現れた。
そこで大貴族は安心したかのように表情をほころばせた。
「ふふっ! 待ちわびたぞ……最強の拳闘士――Bランク級……しかもその上位にランキングされる――高ランク冒険者のメラッサよ! 今すぐにこの狼藉者をひっとらえろ!」
大貴族の説明台詞に、マッチョ男はコクリと頷いた。
「……」
そして無言で俺に向けて構えを取った。
「構えからしてキックボクシング……いや、ムエタイに近いか? で……構えたって事はもう、こっちから仕掛けても良いのか?」
俺の言葉を受け、マッチョ男ではなく、大貴族が応対した。
「キックボクシング? ムエタイ? 何の事だ……?」
「言っても分かんねーだろうから説明しねーよ」
「ふふ……まあ良い……お前、こやつの通り名を知っておるか?」
「通り名?」
ニヤリと笑って、大貴族はこう言った。
「――人呼んで、鮮血の絶対領域」
「……?」
「こやつの手足の届く距離……概ね2メートル半径は、こやつの絶対領域と呼ばれている」
「つまりは制空権に入った瞬間に……?」
うんと頷き大貴族は言った。
「全ての者は血塗れだ」
「なるほど……カウンターの名手か……で、手足の届く範囲……だったよな?」
先ほどから、メリッサと俺は小刻みに距離と間合いを取りあっていた。
……そして現在の距離差は10メートル程度。
俺は不敵に笑い、地面に膝をついてクラウチングスタートの姿勢を取る。
そこで、今まで無表情を貫いていたメラッサの表情に笑みが走る。
そうして、大貴族の笑い声が周囲に響いた。
「ふはは? 真正面からメリッサに挑むだと? 拳闘士の恐ろしさを知らぬと見える――それでは、超絶技の領域にまで達した……規格外のカウンターの良い的だぞ?」
大貴族は大笑いしながらメリッサに視線を送り、メリッサもまた半笑いで大きく頷く。
どうやら、俺の行動が無謀だと取られたらしい。
そうして、俺は呆れたように口元を吊り上げる。
いや、事実として俺は呆れているのだ。
――なるほど。さすがはBランク級冒険者だ……無能に過ぎる……と。
「彼我の実力差も分からねーか……俺にカウンターを喰らわせるなんざ20年早いぜ?」
小声で独り言ちると、俺はスタートダッシュを決めた。
手加減をして音速突破は辞めておく。つまり、今回は身体能力強化関連の術式は使用しない。
一瞬で距離を詰めて、そして俺は感嘆の溜息をついた。
「へぇ……」
前言撤回。
Bランク級もそこまで捨てたもんじゃない。
実際、身体強化なしとは言え、俺の速度は……新幹線位は出てるはずなんだけどな。
こいつ――的確に反応しやがった。
そうして、メリッサの右ストレートが俺に向けて繰り出された。
――軌道を読むに、多分……俺の顔面に綺麗に当たるルート。
「……だが、おあいにく様だな」
直撃を受ける前に、右斜め30度の方向に俺は飛んだ。
直線状に、くの字の軌道を取る。
そうして――俺はメリッサの真横を経由し、その背後を立った。
「よいしょっと!」
大声と共に俺は飛び上がり、回転蹴りを放った。
――ソバット。
加減された打撃は――後頭部に綺麗に決まり、瞬時にメリッサは白目を剥いてその場で倒れた。
ドサリと、重たい音と共に、メリッサは地面に沈んだ。
しばしの沈黙。
状況を上手く把握できなかったらしい大貴族様は、概ね10秒の時間の後に、ようやく状況を認識して、こう声を出した。
「あわ……あわわ……」
そうして俺は、怯える大貴族に向けてウインクをした。
「で……どうする?」
「ファっ……ファっ……」
俺は満面の笑みで……まあ、マジキチスマイルとも呼ばれるような突き抜けた笑みを浮かべて大貴族に迫る。
大貴族は腰を抜かしてその場でプルプルと震えはじめた。
と、そこでジョロジョロと嫌な音が聞こえた。
そして地面に広がる染み。
蒼白な表情の大貴族に向けて、なおも俺はスマイルを崩さない。
「でさ……こいつは性奴隷の紋は刻まれているかもしれない」
リリスを指さし、俺は溜息をついた。
俺の言葉に、泡を吹きながら振り絞るように大貴族は声を出した。
「ひゃっ……ひゃっ……」
「けれど、決してモノじゃねえ。というか……こいつは俺の……俺の大切な人の一人なんだよ。侮辱までは我慢が出来るが……性的な狼藉は……誰が許そうが、俺が許さねえ」
そうして俺は右手を突き出し、大貴族の鼻の先端にもっていく。
「2度と手を出すな、豚野郎!」
デコピン。
ただし、その速度は尋常では無い。
パキョンっとコントのような音が鳴る。
同時に、鼻骨を粉砕。
即時に濁流のように鼻血が溢れ出る。
「あびゃっ……あびゃびゃああああああああああああああ!!!!」
聞くに堪えない重低音と共に、俺は立ち上がる。
そうしてリリスの手を引いて道を歩き始めた。
大貴族の私兵――歩兵達が行く手を阻む。
その総数は10名を超える。
その内の、運が悪く俺の正面に立っていた二人――その顎に優しくデコピンを決める。
ボクサーの世界ランカークラスから、顎に綺麗に打撃を喰らったと思ってくれれば良い。
俺の不可避の速度で放たれた軽い打撃で、脳がシェイクされた歩兵二人はそのまま糸の切れたマリオネットのようにクシャリと地面に倒れた。
未だ意識ある歩兵達に走る戦慄と恐怖。
「――――どけよ」
ドスを効かせた声がトドメとなり、俺の眼前には、モーゼの10戒の伝承のように道が出来た。
「おばェ……お……め……えぇ………………お……ま……え……ぇ……は一体……?」
背後から、鼻から血を流しすぎて……半ば呼吸困難に陥った大貴族の声が聞こえた。
「ん? 俺か?」
そうして、俺は後ろ手を振りながらこう言った。
「――俺は世界最強の村人だ」
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