第27話

「……どういうことなの? ねえ、お兄ちゃん……これってどういう事なの?」


 フルフルと怒りに身を震わせて、アマンタは俺を睨み付けた。


「弱肉強食。ただそんだけの話だ」


 理解できないと言う風にアマンタは小首を傾げた。


「俺が強くてお前が弱い。ただ……そんだけの話」




「弱い……? 私が弱い? 現世(うつしよ)にありながら昇神した……邪龍アマンタが?」




「昇神……ね。龍族の誇りを捨てて、ただ力のみを求めた結果……上級邪神の下僕となり、対価として下級邪神に至った腐れ外道だったかな……お前、龍族の中ですこぶる評判悪いぞ?」


 何かを諦めたかのようにアマンタは軽く頷いた。

 そして無邪気な笑顔で表情を塗りつぶし、ハイテンションにこう言った。


「お褒めの言葉と受け取っておくんだな! おくんだな! キャハハっ☆」


 懐から球状の何かを取り出す。

 そして頭上に掲げ――


「という事で……バイバイッ♪」


 こちらに向けてウインク。

 今まさに、頭上に掲げた手から、地面に向けて投げ捨てようとしているモノ。



 それは恐らくは超高性能の煙幕だ。



 その威力と言えば、探知スキルのほとんどが一時的にオシャカになってしまい、周囲は完全なる漆黒に包まれる。

 まあ、何で俺が知っているかと言うと――魔界で何度か喰らった事があるからだ。


 それはさておき、あの煙幕が作動した場合は逃走を許してしまう公算の方が高い。


 舌打ちと共に俺はこう言った。



「ならば――」



 体中に力を込める。

 ステータスに表記すらされない、禁断の邪法。


 ――とっておきのスキルを含めて、強化スキルの全スキル発動させる。


 そのまま俺はアマンタに向かって突撃した。

 途中、拳銃を撃った時のような軽く、そして乾いた音が周囲に響き渡った。

 それは音速を超えた際に発生する衝撃波の音で――俺の肉体が音速の壁を突破した合図でもある。



 正に一瞬。

 文字通りの瞬きの瞬間に俺はアマンタの眼前に立ち、そして煙球を持つ掌を握りしめていた。


 カっとアマンタは目を見開いてこう言った。


「今の速度……何なの……かな? 何なの……かな? どんな手品を……使ったの……カナ?」


「手品って……お前も手品を使って逃げようとしてたんだろうがよ?」


 掌を無理矢理に開き、煙玉を奪い取る。

 後でリリスに渡しておこう。彼女の護身アイテムとして非常に役に立つはずだ。 


 で……と俺は口元をニヤリと吊り上げてこういった。


「往生際が悪いぜ?」


 そして、続けてこう言った。


「――三下は、サクっと退場するモンって……相場が決まっているんだ」


 最早これまで。

 アマンタは降参だ……とばかりに、軽く微笑を浮かべ、肩をすくめた。


「……これで私も終わりなんだな……終わりなんだな……」


 と、言いつつも少女の笑みは変わらない。


「えらく余裕だな?」


「次は300年位かなァ? お兄ちゃんはもうその時にはいないよね? いないよね? だったら、その時にまた……弱っちい勇者がいれば、その子と遊べば良いんだな、良いんだな」


 厄災に認定されるモンスターは多くの場合は邪神や魔神がその正体となっている。

 それはつまり、肉体を滅したとしても、数十年~数百年で再度受肉し、新たな生を得るということだ。


 半不死とも言えるような存在であり――現世(うつしよ)にありながら昇神すると言う言葉の形容は正にこの事をさしているのだ。



 故に、彼等にとって……肉体の死という意味は軽い。

 老衰で死のうが、戦闘で死のうが――時間が経過さえすれば最盛期の自らの肉体の状態でリスタートできるのだから。



 と、そこで余裕の笑みを浮かべているアマンタの表情に、内心で俺はほくそ笑んだ。


 所詮はこいつは下級の邪神だ。


 そうであれば、こいつを見ればどんな表情をするのかが手に取るように分かるからだ。




 俺は鞘に納めていた長剣を抜き出した。

 そして念を込める。



 と、同時に神性を表す銀のオーラが刀身に纏われる。

 更に念を込めると、眩いばかりの銀色の光が剣から放たれる。

 そこでアマンタの表情が瞬時に真っ青になり――否、真っ青を通り越して土気色に変わった。


 彼女の心に芽生えた『まさか……』という懸念を、確信に変える為、俺は口を開いてこう言った。



「次なんてねえよ。テメエはここで終わりだ……滅神剣(エクスカリバー)」



 ヒュっ風切り音。

 シュパっと首と胴体が分かれ、ドサリと2回、音が聞こえた。


 懐から布を取り出して刀身をぬぐう。

 まあ、伝説級のアーティファクトだから錆が来ることは無いんだが……どうにも癖でこうやっちまう。


 それもこれも、一番最初の俺の剣の師匠であるところの、元騎士団長のバーナードさんの仕込みが良かったんだろう。


「……リュート……アンタ……今の……退神や封神ではなく……滅神?」


 コーデリアが声を震わせながら俺に尋ねて来た。



 ちなみに、退神と言うのは普通に肉体を消滅させた状態を指す訳で、この場合は普通に復活する。


 封神の場合は魔術結界を構築し、神の実体(魂)を一定空間に閉じ込める事を指す。

 この場合は数千年単位で活動を停止させる事、つまりは復活までのスパンが長い訳で有効性は高い。


 そうして最後は滅神。

 それはつまり――


「ああ、神の魂……アストラル体そのものを破壊した。これで2度と復活はしない。アレは邪神の類だ……ロクな事にはなりゃあしねえ」


「……ほ……本当に封神ではなく……滅神? 成熟した勇者が神具を授かって……ようやく為しえる偉業を……わずか15歳で……?」


「まあ、そういう事になるな」


「まったく……本当に訳わかんない事になってるみたいね」


 呆れたようにそう言うと、コーデリアはリリスに視線を向ける。


「そういえばさ……さっき、アンタ……リュートを守ってきたって言ってたよね?」


「……そう。確かにそう言った」


 リリスの足元から頭天までを値踏みするようにコーデリアは眺める。


「失礼だけど、アンタにそんな力があるとは思えない。特殊なスキルで、尋常ではないレベルの抗状態異常結界を張る事はできるみたいだけど……戦闘要員としては恐らく私と良い勝負……」


「……リュートはそもそも状態異常については……異常な魔力数値を持つが故に……ほぼ……受け付けない。それに指摘の通りに私は普通にレベルが……異様に高いだけの魔術師。レベルにしてもリュートが私に施したパワーレベリングのおかげ……」


 訝し気にコーデリアはこう尋ねた。


「だったら何でアンタがリュートを守ってる事に……?」


「彼は強くなるために手段を選ばなかった。有用とあらば、禁断とされる方法の全ての手段を使用した。リュートは状態異常を受け付けないけれど、自らがそれを受け入れる場合は話は別」


「……?」


「……つまり彼は私の庇護結界の中でしか……全力の力を扱えない。それをしてしまうと、呪いを中心とした……ありとあらゆる反動に襲われて大変な事になってしまう」


 しばし何かを考え、そこでコーデリアは息を呑んだ。

 リリスの言葉の意味が分かったらしく、表情に曇りの色が混じっていく。


「確かに……村人があんな力を手に入れるには……まあ、それは良いわ。何となく分かったから」


 そうしてコーデリアは、再度俺に視線を向ける。


「ところでリュート? 質問しても良い?」


 コーデリアに続けて、リリスも俺に視線を送った。


「……リュート? 私も質問がある」


 二人の視線を受け、俺は呆けた表情でこう言った。


「……ん? 質問って……何だ?」




「……この女……誰?」

「……幼馴染の勇者が女だとは私は聞いていない」




 コーデリアは拳の関節を鳴らしながら。

 リリスは親指の爪をバチバチと噛みしめながら。



 ――二人の美少女が、コメカミに青筋を浮かべながら、ニッコリと笑ってそう尋ねてきたのだった。

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