第26話
連打。
連打。
ただひたすらの連打。
毒液を爪から飛ばしながら、ゴスロリの少女の攻撃はただ宙を切っていく。
「あくびが出るな」
言葉と同時の返礼。
俺のボディーブローがアマンタの鳩尾を貫いた。
確かな手ごたえ――胃液混じりの粘液がアマンタの口から吐き出される。
くの字になると同時、アマンタはその場で崩れ落ちて膝をつく。
「グっ……グゥエエエエっ……」
そのまま嘔吐を始めると同時、俺の回し蹴りが綺麗にアマンタの顔面に直撃した。
いや、回し蹴りっつーか、サッカーで言うボレーシュートに近いか? まあ、それは良い。
物凄い勢いでアマンタは吹き飛んでいく。
――ってか、いくら人外のロリババァとは言え、見た目幼女を素手でボコボコにするのは……精神衛生上良くないな。
そこで俺は背中の長剣を引き抜いた。
「そろそろ終わりにしようか。邪龍殿?」
俺の背後でコーデリアはゴクリと息を呑んだ。
「圧倒的……じゃない。厄災にも認定される……危険生物を……まるで子ども扱い……アンタ……本当にとんでもない存在になったんだね……」
そこで俺は苦笑しながらこう言った。
「馬鹿言え、俺は初歩魔術しか使えない……しがない村人だぞ? まあ、ちょいっとばっかし……ステータスはおかしいがな」
その言葉を受け、アマンタはニヤリと口元を吊り上げた。
「魔法は使えない? 次代龍王って聞いてたから……何でもできるオールラウンダーだとばかり思ってたんだけど……なるほど、なるほど――脳筋さんだったんだね!」
アマンタは立ち上がり、楽しげに笑う。
俺の攻撃で顔中に擦過傷を描き、口と鼻からは盛大に血を垂れ流しているが、それでも彼女は狂気の混じった美しい笑い声を奏でた。
そうして、彼女はゴスロリ服のスカートを両手の指でつまみ、そしてたくしあげた。
「……?」
あらわになるは白い柔肌。
太もも、股、そして紫のショーツ。
そうして彼女は片手でスカートをたくし上げたまま、ショーツを片手でズラしていく。
と、そこで俺は絶句した。
――ショーツの下――本来は性器が所在している場所には……びっしりと目玉が詰まっていた。
百目……という日本の妖怪を俺は思い出したが、ともかく……彼女の肌には1センチ程度の大きさの目玉がびっしりと埋まっていたのだ。
そしてその目玉の一つ一つが俺の方に視線をぎょろりと向け、紫色にその眼光が怪しく光る。
「魔眼かっ……! ってか、どんだけ趣味の悪い所に……」
「えへへ? えへへ? 驚いた? 驚いた? これが私の全力全開なんだよ? 魔眼を併用した私の魅了のスキルに耐えられる男の人なんていないんだよ? いないんだよ?」
くっそ……と、俺は頭を抱える。
そうして脂汗を浮かべながら、苦悶の表情を浮かべた。
「あれれ? 魔術的な特殊抵抗が全くないよ……? ねえねえ、ひょっとして……レジストアイテム持ってない? 脳筋ちゃんなのに……状態異常対策してないっ!? バカバカ……お馬鹿ちゃんっ! きゃっはっ! きゃっはっはァーーー!!! ねえねえ? お兄ちゃん? お兄ちゃん? さっきまでの威勢はどうしたのかな? どうしたのかな? 脳筋ちゃんにはこれはちょーっと、厳しいんじゃないのかな? ないのかな? えへへ? えへへ? 私のね? 私の魔力はね? 4000を超えてるんだよ? これは龍王様とほぼ同じ数字なんだ。数字なんだ」
俺は地面に蹲り、虚ろな表情を浮かべた。
「効いてきたみたいだね? みたいだね? そしてそしてぇー! この魔眼こそが……私が規格外と言われる所以――この事を知る人はあまりいないんだけど……こと、魅了スキルを扱うにあたって……私の魔力は3倍になるんだ! なるんだ!」
「……魔力っ……強化……系……スキル……か。それは……確かに……珍しい……な」
普通、魔術職同士では魅了や石化の強度状態異常は通用しない。
何故かと言うと、相当な実力差……色んな条件はあるにせよ、そういった状態異常を有効に仕掛けるには魔力ステータスの3倍は必要とされている。
そして、近接戦闘職というのは、普通は状態異常のカモだ。
丸腰であれば当然にして、レジスト(抵抗)アイテムを持っていたとしても、圧倒的に魔力ステータスに差があれば結構な確率で状態異常の餌食となる。
だからこそ、冒険者は役割分担を決めて徒党を組んでパーティーを組む。
脳筋連中には、神聖職による全体レジストや異常回復のアシストは必須……という訳だ。
焦点の定まらない虚ろな表情でそんな事を考えていると、アマンタは笑いながら――すまし顔でこう言った。
「――つまり、アイテム無しであれば、私の魅了スキルに対抗するには――貴方の魔力数値が4000は必要と言うワケなんだよ! 単独の近接職には無理無理無理! 神聖職の最上級クラスが仲間にじゃないと……これはちょっち難しいじゃないかな!? ないかな!?」
跪く俺。
妖艶に笑うアマンタ。
アマンタは楽しげに指をパチリと鳴らした。
「……さあ、強いお兄ちゃん……私のシモベになっちゃいなさい? 色んな意味で可愛がって……ア・ゲ・ルっ! キャハハっ! キャハハハっ! 拷問的な意味でも……そしてもちろん……エッチな意味でも……可愛がってアゲルからね! キャハっ! キャハハハハっ! 私が状態異常のエキスパートだとは知らなかったみたいだね!? お馬鹿ね? お馬鹿ちゃんね?」
知ってるよ。
状態異常特化型の男専用だからこそ……若干15歳のコーデリアでも討伐できたんだからな。
厄災に数えられるようなモンスターの……そのパワータイプと、ガチンコで殴り合いでは流石に……15歳の勇者では分が悪い。
俺はニヤリと笑った。
と、言うのも、いい加減にロリババァに合せるのにも疲れて来たのだ。
俺は何事も無く立ち上がり、そしてコキコキと首を鳴らした。
「……アレ?」
キョトンとした表情のアマンタ。
俺は半笑いでこう言った。
「いや、お前にも夢を見させてやりたかったんだよ」
「……え? さっきまで……フラフラな感じで……って……えっ?」
「ああ、演技だよ演技。最初から最後まで俺が圧倒的にボコったら……ちょっとそれもどうかなって思ったんだよ」
「……え?」
「いやさ、お前さ? 俺の後ろの女をオーク連中に種付けさせようとしただろ?」
ようやく状況の認識を始めたらしい。
見る間にアマンタの表情から血の気が引いていく。
「……」
「だからさ、一度……お前をとことんまで調子に乗らせて、そこから突き落とすのも面白いと思ったんだよ」
「……つまり?」
「俺のMPは25000を超えている。そして……魔力は7000近いって事だ。スキル諸々含めた所でも、俺に状態異常をかけることのできる奴は存在しねえ。ってか、それができたとしても……対処できる。だから俺は丸腰だ」
その場で膝をついて、アマンタは頭を抱え込んだ。
「クソっ! クソッ! なんでなの? なんでこんな化け物が人間にいるの? 今の世代の勇者はみんな育っていないはずなのに……なんで? なんでなんで? どうしてなんで?」
「運が悪かったと思って諦めるんだな」
アマンタは急に立ち上がると、その場で横っ飛びに7メートル程跳躍した。
そうして、アマンタと俺の後方のコーデリアの――目と目があった。
「でもー! ざーんねんっ☆ 魅了はできなくても、こっちのお姉ちゃんになら……」
ハァ……と俺は溜息をついた。
こいつは状態異常の魅了特化。
魔力数値が1000ちょっともあれば素のままで……石化等の致命的バッドステータスであればレジストできるだろう。
コーデリアの魔力数値がどの程度かは知らないが、レジストアイテムも国宝級の物を持たされている訳だし、そういった大技が通用するわけも無い。
と、なれば……。
「……毒か」
「キャハハっ!? キャハハッ!? 私はここで死ぬけれど……だけどね? だけどね? お姉ちゃんに……一太刀は入れる事ができるんだよ? できるんだよ?」
アマンタは大口を拡げる。
ようやく化け物としての本性を発揮したのか、顎は外れ、メキョメキョと骨は変形し、カエルのような見た目になった後――彼女はドドメ色の液体を吐きだした。
「…………まあ、即座に毒消しで消されるけどな」
逆に言うと、嫌がらせ程度の効果がないからこそ……効果が出やすい訳ではあるんだが。
更に言うと、アマンタは嫌がらせ程度しかできないほどに追い詰められていると言う事。
とはいえ……何故に無駄にコーデリアに毒を喰らわせなければならんのだ。
俺はやれやれと肩をすくめてこう言った。
「――リリス?」
肩にかからない程度のショートカット。
「……委細承知している」
水色の髪色の少女は小声で俺の言葉にそう応じた。
リリスはコーデリアとアマンタの間に立ち、そして掌を拡げた。
神聖を示す銀色に、地龍のイメージカラーである金色が混じった、光の障壁が形成される。
そうして、アマンタの吐き出したドドメ色の液体が浄化されていく。
「――これは?」
コーデリアの言葉に、振り向きもせずにリリスが答える。
「……スキル:神龍の守護霊。私の絶対領域では如何なるバッドステータスも無効となる。そして――これはこの数年間……本来であれば誰からも重篤なバッドステータスを喰らう事はありえないはずの……常識外の道を歩んできた……リュート=マクレーンを守ってきたスキルでもある」
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