第25話
「……ハァ? 血? 血? 私が血? ねえねえ? これって血液だよね? 血液だよね? どういうことなのかな? どういうことなのかな?」
「どういう事って……俺の裏拳に何の反応もできずにお前は無様に前歯を折られて吹き飛ばされた。ただそんだけの話だ――要はお前の力が及ばなかった。そんだけだ」
「……ハァ? 厄災である私が? 力の象徴たる私が? 力ある種族たる龍族の中でも最上位の力を持ち、そして異端視される私が? 力が及ばない? ねえねえお兄ちゃん? お兄ちゃん? 頭の脳みそはスカスカなのかな? なのかな?」
ワナワナとアマンタはその場で怒りに肩を震わせる。
信じられない――とばかりにコーデリアはただただ絶句する。
そして、余裕の表情で俺は、やれやれ……とばかりに俺は邪龍に向き直る。
「で……どうするんだ、龍族の中で最上位の力を持つ……邪龍殿?」
龍の中で最上位と称する時点でコイツの底力なんてたかが知れている。
龍の中ですらも、こいつは所詮は最強では無いのだ。
つまり、コイツは俺のツレであるホスト侍――龍王にすら適わないって事だ。
「――ふふふ? ねえねえお兄ちゃん? ステータスがちょっとばっかり高いみたいだけどね? だけどね? 私も――こういう事ができるんだよ?」
妖艶に笑い、青白いオーラにアマンタは包まれた。
「じゃんじゃじゃーん☆ キャハっ? キャハハっ? 人間にはちょっとできないよね? これはね? これはね? スキル:神龍の加護って言うんだよ♪ 1.5倍にステータスをプラスしたりする龍族にだけ許されるスキルなんだけどな? なんだけどな?」
アマンタの言葉を受けたコーデリアは絶句した。
「聞いた事がある……龍神の加護……ステータスが1.5倍……」
コーデリアは息を呑んで、大声でこう言った。
「恐らく、これでリュートと邪龍のステータスは再度並んだ…………やっぱり私も加勢するよっ! 正直、この領域の戦いに……私が参加しても足手まといかもしんないけど……! でも、それでもっ……たった一人で厄災の相手なんて……させる訳にはいかないっ!」
いいや……と俺はコーデリアを手で制した。
「だから言ったろ? 俺は基本的な身体強化術は使ってないってさ?」
言葉と同時、俺はスキルを発動させる。
同時に、青白いオーラに俺の体も包まれる。
――スキル:神龍の加護。近接戦闘に関するステータスを1.5倍にするスキルだ。
「はい……これで俺もステータス1.5倍。で……生憎だが、これで相殺だ。邪龍殿?」
パクパクと金魚のようにアマンタは口を開閉させる。
半狂乱になりながらアマンタは壊れた機械人形のように叫んだ。
「な、な、なんでなんで? どうしてなんで? なんでどうして、どうしてなんで?」
「えーーっと。確か神龍の加護ってのは……これは龍族にだけ与えられたスキルだったかな?」
「そ、そ、そう! そうなの! な、な、なんでなんで? なんでお兄ちゃんが龍族の秘術を?」
右手の中指をアマンタに見せる。
そこには――龍王の指輪がはめられている。
「それは……りゅ、りゅ、龍王様の……? えっと、お兄ちゃんは人間だよね? だよね?」
「ああ、そうだ」
「それがどうして龍王様の指輪を?」
「去年……龍の里のトーナメントに出たりしてな……で、優勝しちゃって――成り行きで……次の龍王――38代龍王の内定を出される事になった」
龍王までを含めた無礼講が許されるお祭り――そこで催されるガチンコの殴り合いのトーナメント戦。
1年前。
俺の、俺に対する龍の里における卒業試験として参加した祭りだったんだが……予想外に優勝してしまった。
龍王には負けるとは思ってたんだが……。
いや、今現在なら別にして、少なくとも実際に1年前のあの時点では俺は龍王に到底かなわなかった。
ったく、あのホスト崩れも中々に食えない野郎だ。
とはいえ……まあ、それはそうとして、どうにも勝手に次世代の龍王に認定されたが……俺はいざとなれば、あんな面倒臭そうな役職は余裕で断るけどな。
プルプルと小刻みに震えて、ヘナヘナとアマンタはその場で倒れ込む。
「ありえない……ありえないんだよ? そんなのありえないんだよ?」
逆の立場だったら俺もそう思う。
ただ、龍族だったら俺の指輪が本物だと分かるはずだ。
実際、アマンタの脳内は完全にパニック状態だろう。
状況の全てが異常で、そして異端すぎる。
「ありえないって言われても、まあ……そうなっちまってるんだから仕方ねーだろ」
信じられないと言う風に再度アマンタは顔を左右に振る。
「でも、でもでもでも! 信じられないんだな! とても信じられないんだな!」
「いや、まあ、信じて貰わなくてもいいんだけど……」
そこでポンとアマンタは掌を叩いた。
「じゃあ……お兄ちゃんはアレを使えるの? 私は嘘だと思っているんだな! その指輪も、きっと盗品か何かなんだな! でも、あのスキルは龍王の器の者にしか使えないんだなっ!」
勝ち誇った顔のアマンタ。
どうにも、俺が正当な手続きを踏んで龍王の指輪を所持しているとはどうしても信じたくないらしい。
で、俺はしばし「アレ……?」と考える。
そして、あぁ……と首肯した。
「ああ。当然使えるぞ?」
腰を落とし気合いを入れる。
俺の周囲に淡い朱色のオーラが纏われていく。
同時に、ヘナヘナとアマンタはその場にへたりこんだ。
それもそのはず、俺が使用している技は――
「龍神降臨――攻撃力・防御力・回避の基礎値に+1000の補正だ。生きたままにして龍神を身に卸す……龍王にのみ許されたスキル。まあ、MPの消費は半端じゃねーけどな」
実際、龍王でもこの術はここぞと言う時にしか使わない。
何しろ燃費が最悪だ。
ただ、まあ、俺の場合はMPがアレだから……。
そして、ふと気になって後方のコーデリアに視線を送る。
――完全に置いてきぼりを喰らっているようだ。ただただポカンと大口を開けて、呆けた表情を浮かべている。
目と目が合った。
そしてただ一言……コーデリアはこう言った。
「…………リュートが……龍王? ごめん、マジ意味分かんない。少し見ない内に……超速度で、勇者を置いてけぼりにするようなありえない速度で……強くなってんじゃ……ないわよ? どういうこと? マジで意味分かんない」
うん。
2回目の人生の時、同じ事を俺はお前に対して思ったよ。自重する事を知らないお前のステータス成長に……俺はマジで意味わかんねーってな。
――だからこれはお互い様だ。
ハァ……とコーデリアは深く溜息をついた。
そして俺に向けて、はにかみながらこう言った。
「と、言っても、まあどうしようもないんでしょうね…………頑張ったねリュート。うん。アンタは頑張った――だったらさ」
「だったら?」
「ちゃっちゃと邪龍はぶっとばして、一緒に村に帰ろう。叔母さんは心配してるよ? 叔父さんも言葉には出さないけど心配してる。アンタ……突然に村を飛び出しちゃったから……」
「突然にって、お前さ……俺が何の為にこうしてると思って……」
振り向いてコーデリアに視線を向ける。
そして俺は息を呑んだ。
絹のような、そして目の覚めるような真紅の髪を持つ天女が、頬を染めて半泣きになっていたのだ。
「――アンタの努力は分かるよ。いや、努力とかそういう言葉では片付かない……。アンタが何をやってこうなったのかは分からない。でもさ……」
「でも?」
「アンタが何を思って、どんだけ頑張って……いや、想像も出来ない努力でこうなったかは分かる。『俺がお前のピンチの時には駈けつけて、必ずぶっとばしてやる』って……子供の時の約束を……馬鹿正直に……」
コーデリアの目尻から頬へ涙が一筋流れる。
「――ありがとうねリュート。アンタ――最高に……カッコ良いよ」
色んな事が走馬灯のようにフラッシュバックしていく。
2度目の人生で非力を痛感した事。
だから、強くなりたいと思った事。
3度目の人生で産まれてこの方……魔力枯渇で無茶な痛みに耐えていた事。
いや、今回の人生は……起きている時間のほぼ全てを効率的に強くなることに費やし、そして強くなるために全てを犠牲にしていた。
ゴブリン、そしてドラゴンゾンビから始まり、数々の激戦を制した。
死にそうな目には何度もあった。
けれど、俺はその全てを乗り越えて来た。
それは何のため?
そう、全てはコーデリアの笑顔を守るためだ。
だからコーデリアの――
――ただ、『最高にカッコ良いよ』その一言で俺のこれまでの全てが報われた。
それで……俺はアマンタに向き直り、そのまま邪龍を睨み付け、俺は口を開いた。
「って事で……後はテメエをぶっとばして一件落着って奴だな」
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