第28話
これは今から10年ほど前、俺が回復魔法で小銭を稼いでいた頃の話だ。
春下がりの陽気。
どこまでも青い空には綿雲がポツリポツリ。
緑の臭いの濃い田畑のあぜ道を俺とコーデリアが歩いていた。
「ねーねーりゅーとー? たのしみだねー?」
コーデリアは既に5歳になっていて、勇者の神託が直前の時期。
真紅のサラサラの長髪、そして透き通る白い肌。
西洋人形を人間化させたような完璧な顔の造詣。
だけど、やはり5歳は5歳だ。どこまでもあどけないと言うか……乳歯の前歯が一本抜けているので、どことなくアホオーラが出ている。
「ねーねー? たのしみだねーってきいてるんだけど?」
「ああ、そうだな。楽しみだな」
今日は行商が来る日だ。
村の広場で行商が諸国の珍しい産物を高値で売りつける……と言うのは流石に言い方が悪いか。
諸国を巡って足を使って集めて来た需要のある商品を、少しばかりの手数料を上乗せして販売してくれると、まあそういった話だな。
当然、ここは田舎も田舎のクソ田舎なので、行商が訪れると言うのはちょっとしたイベントとなっているのだ。
俺は山遊びの天才ということになっている。
で、貴重な薬草集めやら何やらを家に持ち帰り、その換金価格からお小遣いをもらっている事になっているのだ。
そんな感じで、俺は同年代からすると相当に小遣いの量が多い。
まあ、実際には回復魔法で薄利多売でやってるから大人を入れても、とんでもない金持ちなんだが、そこは置いておく。
そういった理由で行商が村に訪れる度に、俺はコーデリアにたかられているのだ。
蜂蜜の砂糖菓子がコーデリアは大好きなのだが……いかんせん値段が高い。
実際、俺の小遣いとされている額の半分以上みたいな値段となっている。
ハタから見てたら幼馴染に小遣いの大部分をたかられている哀れな少年というところだろうか。
証拠に、行商人の親父は俺の顔を見る度に毎回半笑いだ。
「ねえねえきょうはりゅーのかぞくはこないの?」
「去年の凶作の影響がモロに響いていて質素倹約生活って所だな」
「しっそけんやく?」
「贅沢せずにケチに生きましょうって事」
「なるほど」
ウチの家は豆を作ってるんだが、去年の天候が最悪だった。
他の豆農家なんかでは実の娘や息子を奴隷商に売ったりして糊口を凌いでいる状態だ。
まあ、ウチには薬草探しの天才少年……いや、自分で言うとさすがに恥ずかしいな。まあ、俺がいるからギリギリ何とかなっている。
さすがに両親もそろそろ俺の薬草探しの才能を異常だと思い始めているが……。
と、その時コーデリアが俺に問いかけて来た。
「ねえねえりゅーと? ひやけって10回いってみて?」
「日焼け日焼け日焼け日焼け日焼け日焼け日焼け日焼け日焼け日焼け日焼け日焼け」
「じゃあねじゃあね? ニワトリさんがうむのは?」
コーデリアはにんまりと笑った。
それは正に悪い何かを企んでいる顔で――
「タマゴ」
――瞬時に悪巧みを潰してやった。
本来の趣旨としては回答者がひよこと回答して、質問者がタマゴでしたと意地悪く笑いながら答えを言うという……しょうもない引っ掛けだ。
けれど、その手の引っ掛けクイズは、こちとら散々に日本の小学校で散々に経験済みだ。
大人げなくてすまんな、将来の勇者殿。
「ぐぬぬ」
「俺を引っ掛けようなんざ10年早いよ」
ふっと勝ち誇る俺を見て、コーデリアは泣きそうな顔になる。
「でもでも、たぶんつぎのくいずにはこたえられないよ?」
「ほう……良いぞ、言ってみろ? どんな難問だ?」
「じゃあ……すききらいのすきといういみで、すきって10回いって?」
農作業用具の鍬(すき)か何かで引っ掛けて来るのかな?
と思いつつ、俺は彼女の言う通りに言ってみた。
「好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き」
「…………」
俺の好きという言葉の度にコーデリアの頬が赤くなっていく。
そして最後には長いまつ毛を伏せて、リンゴのように紅潮した。
地面を見つめながら、膝をモジモジさせてその場で立ち止まってしまったのだ。
「……で?」
「………………」
しばし押し黙るコーデリア。
そして彼女は気恥ずかしそうにこう言った。
「すきっていわれてうれしくて……どんなくいずをだすかわすれちゃった」
あらやだこの子可愛い。
これには、流石の俺も撃沈せざるを得ない。
と、そこで俺はコーデリアについて抱く感情について整理してみた。
幼馴染でもあり、妹のようなものでもあり、あるいは娘や姪のようなものでもあるのかもしれない。
現時点は論外として、15歳時点までの彼女を知ってはいるが……それにしても恋愛対象か否かと問われると、それは違う気もする。
――でも、俺がこいつを大切に思っているのは間違いないし……。
何度も考えた命題だが、やはり自分でも良く分からない。
と、その時、俺とコーデリアは目的の広場に着いた。
同時に彼女の表情に、パァっと笑顔という名の向日葵の花が咲く。
「今日もいつもの蜂蜜の砂糖菓子で良いのか?」
「りゅーとはここでちょっとまっててねっ!」
それだけ言うと、彼女は一人で行商人の露店市に駆けだしていった。
「おい、コーデリア?」
まだ早い時間だったので人影もまばらだ。
コーデリアは行商人に何やら語り掛けると、何かを手渡す。
代わりに行商人から小袋を受け取り、再度こちらに戻って来た。
「……?」
小袋を俺にコーデリアは突きだしてきた。
「きょうはわたしが、りゅーとにおかしをかってあげるんだよ?」
「えっ?」
「んとね、えとね。ずっとおこづかいをためてたんだよ」
この菓子って結構高いはずだ。
こいつが毎月どれくらい貰っているかは分からないが……少なくともこいつからするとそれは本当に安い買い物では無い。
「…………何で?」
「きょうはね……えとね……りゅーとのたんじょうびでしょう?」
「あっ……」
完全に忘れてた。
毎年、この時期になると妙に母さんが張り切るから……それで……今年はその季節の風物詩がなかったせいだな。
でも、あの息子大好きな母さんが……どうして……ささやかな誕生パーティーをしなかったのだろう。
いや、むしろ会話にすら出さなかったのだろう……と、そこで思い至った。
――去年の凶作か。本当にヤバい所まで家計に響いてきているようだ。
今度、上手い具合に目立たないように……まとまった額を家に入れる必要があるな。
頭痛の種が一つ増えた事に溜息が出そうになったが、それは必死にこらえた。
プレゼントをもらった直後に浮かない顔ってのは流石に礼儀に欠けるよな。
「うれしい? りゅーとはうれしかった?」
「ああ。ありがとうなコーデリア」
ニコリと笑って俺はコーデリアの頭を撫でてやった。
「えへへ」
破壊力抜群の無邪気な笑顔が俺に襲い掛かってくる。
どうにも、こいつの笑顔を見ていると自然と頬が緩んでくるから困りものだ。
「じゃあ行こうか?」
すると、キョトンとした表情をコーデリアは浮かべる。
更に、小首を傾げて不満そうに頬を膨らませた。
「えっ? なんでもうかえっちゃうの?」
「ん? もう買う物は買ったし……ここでの用事は終わったんじゃないのか?」
「わたしのぶん……」
「えっ?」
今にも泣きそうな表情でコーデリアはこう言った。
「はちみつのおかし……わたし……かってもらってない」
ああ、俺へのプレゼントはソレはソレで、自分の分のお菓子は……コレはコレなのね……。
将来絶対こいつ……甘い物は別腹とか言い出す人種だな。
やれやれとばかりに俺は肩をすくめて財布を片手に行商人へと向かって歩き始めた。
――ちなみに、いつもよりもかなり多い分量を買ってあげてしまったのは……まあ仕方ないだろう。
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