第17話

 さて、いよいよ迷宮も中層領域だ。



 今現在俺がいるこの階層と、そしてここから一つ下の階層。

 その二つを合わせて、中層領域と呼ばれる。



 で、俺が今いるこの階層は全てが木造で出来ている。

 そんでもって、出てくるモンスターは総アンデッドだ。


 更に言うと、中層だけあって、アンデッドの質は相当に高い。

 リッチやワイスキング、あるいはヴァンパイア等……夜の王者達のオンパレードとなっている。

 龍族の魔力で、冥府からこの階層に高ランクアンデッドを定期的に召喚して補充しているとの話だが……。



 まあ、それは良いとしてこの階層は正に迷路と言ってふさわしい内容となっている。



 敷地面積は500メートル×500メートル。

 1メートル半ほどの木造の通路が延々と枝分かれして伸びていて、闇雲に歩いていれば遭難は必至。

 そしてそこからの餓死のコンボは避けられない。

 水場もないし、食べ物もアンデッドの腐肉しかないのだから、これは本当にたまらない。



 まあ、俺の場合はそもそもアンデッドとの連戦となれば……ステータス的にキツい部分がある。

 龍族であっても複数相手となると油断できないような高レベルモンスターなのだから、まあそれは仕方ないだろう。


 そんな広大な敷地内に無数のアンデッド……実際にここの走破は罰ゲーム級の難易度を誇り、ここで命を散らす若龍も多い。




「で……ここが次の階層へ至る出口と言う訳だ」


 呆れ顔でリリスはこう言った。


「……走破時間は20分。敵との遭遇回数は5回……その内3回は逃亡」


「俺は予習済みだからな。迷路の作り方に法則性があって、地図が頭に入ってなくても……攻略は可能なようにできてるんだ」


 そういって俺は壁に描かれている幾何学文様を指差した。



 まあ、暗号解読の一種だな。

 壁に描かれている記号を文字列に置き換える法則性に気付けば……正解のルートが矢印付きで壁に描かれているようなもんだ。

 力だけではなく、知恵を試す試験でもあるわけだ。


「……前の階層も大ナマズから逃亡した。その前の前はゴーレムから逃亡……こんな事で最深層域の守護者に……勝てるとは思わない」


「ああ、そりゃあそうだろうな」


 不満げな表情でリリスは続けた。


「……だったら……この階層でもう少し経験値稼ぎを……」


「もう少しじゃねーよ」


「……?」


 小首を傾げたリリスに俺は笑ってこう言った。


「この階層にひしめく高ランクアンデッドモンスター総数は百程度か?」


「……恐らくそれくらい。あるいはそれ以上いるかもしれない」




「――全部まとめて、今から美味しくいただくんだよ」




「……これから先……数か月間程度ここに滞在するつもり? 水が足りないし食料も足りない。言っちゃ悪いが……安定してここの魔物を狩れるようになれるまで、貴方が勝ち続ける事ができるとも思えない」


 ああ、やっぱり……こいつマジメだな。

 いや、まあ、嫌いじゃねーけどな、そういうの。


「数か月も滞在しねーよ。一気にやって一気に決着をつける」


「……一気にとは、どれくらいの時間?」


 指を一本立たせて俺はこう言った。


「一日……いや、半日かな」


 リリスは目を見開く。

 そして呆れたように肩をすくめた。


「……できるはずがない」


「いや、やるんだ」


 俺の真剣な表情にリリスは困惑した表情を見せる。

 そうして俺が本気でそう言っている事を理解したらしい。


「……どうやってやるつもりなの?」


 ゴクリと息を呑んでそう尋ねるリリスに俺はこう回答した。


「と、言う事で……次の階層に向かうぞ」


 コテっとコケそうになりながら、リリスはワナワナと肩を震わせた。


「……笑えない冗談は嫌い。この階層の魔物を狩る話をしているのに、何故に次の階層に?」


 冗談じゃなくて、マジもマジの大マジなんだけどな。


「多分だけど、お前は笑える冗談も嫌いだろ?」


「……ご明察。冗談と言う概念について、私は上手く理解が出来ない」


 うん、知ってた。

 そんな感じだもんな……融通が利かないと言うか、表情に乏しいと言うか、ロボットっぽいと言うか……。


 美形なのにもったいない話だ。

 まあ、コーデリアみたいにギャアギャアうるさいのも考えものだが。


「……で……この階層の敵を狩るのに……何故に次の階層へ……? 全く……理解できない」


「これから起きる現象を見れば嫌でも理解できる。ちゃっちゃと行って……ここの階層の連中を全滅させるぞ」



 俺はリリスの手を引いた。

 

 

 そうして――




 ――下の階層へと続く螺旋階段を俺達は下り始めた。


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