第16話

 うっし。


 そろそろレベルアップの効果が体感レベルで分かるようになってきた。

 そういえば……と、ちょっと気になったので拳大の石ころを拾ってみる。



 ふんっ!



 思いっきり握る。

 ブシュンっと気の抜けた音と共に石を粉砕。


 かつて……14歳のコーデリアが剣で豆腐みたいに大岩を切断していたことを思い出した。




 うん。




 どうやらそろそろ俺も人間を辞める領域に到達したようだ。

 というか、ここは若龍が成龍となる為の試練の迷宮だ。



 ――人間を辞めてないと……クリアーできる道理は最初から……ない。



 逆に言うのであればここがスタートラインだろう。




「で……ゴブリンの集落を抜けると、そこは地下水脈って訳か」


 鍾乳洞の中を歩いていく。

 ひんやりとした空気が火照った体に心地良い。


 そして俺たちは地底湖に辿り着いた。


「これは……?」


 半径50メートル程度の大きな地底湖。

 そしてその半分を覆い尽くすような巨大質量。


 思わず俺は息を呑んだ。


「……大ナマズか?」


 リリスの言葉に俺は頷いた。


「……ええ。それも凶悪な類の……奴だと思う」


 ――鯨ナマズ

 文字通り、鯨みたいな大きさのお化けナマズという事からその名前がつけられた。今現在は冬眠のサイクルに入っているらしく、水中で微動だにしない。

 ちなみに、文献によると活動期には悪食らしい。

 まず、通りかかるあらゆる生命体にナマズのヒゲでちょっかいを出す。

 そしてヒゲで巻き付けて、水に引きずり込んで食い殺すと言う話だ。

 ここの地底湖は巨大な地下水路で外界とも通じているという事で、このナマズは冬眠時期にここを根城にする習性を持っている。



 ……ここはスルーだな。幾ら何でもデカすぎる。



 とにかく、ナマズの直径は25メートル程度。


 それは例えるならちょっとした怪獣で……少なくとも今の俺がどうこうできる領域ではない。



「おいリリス?」


「……何?」


「水の残りはどれくらいだ?」


 大きな革袋を取り出し、リリスはその口を開き、中を覗き込んだ。


「20%も消費していない」


 しばし考えて、俺はリリスのリュックサックを奪った。


「ここで補給する。ここから先は……しばらく水場が無いんだよ」


「……えっ? でも、ここには大ナマズが……」


「大丈夫だ」


「それもまた……スキル:叡智?」


「ああ、こいつは一度寝たら……テコでも動かない事になっている。で、この時期は冬眠の時期だ」


「……反対する。これだけの巨大ナマズ……もしも何かがあればこちらは瞬時に死亡する」


「大丈夫だって、大元の文献も確か……相当に信頼性の高い公的機関の調査文献か何かだったはずだ」


 ふむ……と渋々とリリスは頷いた。


「……でも……この言葉だけは心にとどめておいてほしい」


「何だ?」


「……気を付けて」


 大袈裟なんだよ、と俺は苦笑しながら水袋を手に持った。


 水面に袋口をつけて、そしてコポコポと空気の泡が湖面に浮かび上がってくる。

 すぐに水袋は満杯となる。



 俺は一杯になった水袋の口を紐で縛り、湖岸に置いた。



 そうして、両手で水をすくって口に入れる。

 ひんやりとした水温が喉元に心地良い。



 ――美味い。



「おい、リリス? お前もこっちに来て――」


 振り返ってリリスを呼ぶ俺の喉元に、紐状の何かが絡みついた。


「うおっ!」


 そのまま、湖の中に猛速度で引きずり込まれていく。



 ――大ナマズ? いや、それはありえねえ……! 文献では冬眠中に捕食を行うなんて……そういった例は無かったはずだ……。



 パニック状態になった俺は水中で目を見開いて状況を確認する。



 そして、ああ、そういう事か……と納得した。

 水中に見えたのは体長3メートル程度の小ナマズ……恐らくは大ナマズの息子か娘だろう。


 彼や、あるいは彼女は、冬眠に耐えれるだけのエネルギーのストックを得る事ができずに、未だに冬眠には入っていない。


 つまりはエネルギーストック……食料を大絶賛で募集中なのだろう……と。


 そうして俺は、ナマズのヒゲに絡みつかれた訳だ。


 水中に引きずり込まれ、一直線にその口元へと手繰り寄せられていく。


 マヌケにも、ナマズが大口を開けて俺を呑みこもうとしたその瞬間――腰のナイフを抜いて、歯茎に一撃をかましてやった。


 ヒゲの拘束が解かれる。


 自由になると同時、平泳ぎの要領で何度か手足を動かす。

 口内から逃げおおせると同時に、ナマズの目玉の両方にナイフを突き刺す。




 ――そして、滅多刺し。



 息の続く限りに何度も何度も滅多刺し。



 数十秒――そして数分。

 身体能力強化を初め、ステータス強化はこういう所でも活躍している様だ。


 いや、あるいは純粋にこれは2000近いHPの効果なのだろうか。

 ともあれ、俺は水中で10分近い時間、ナマズを滅多刺しにした。


 地底湖は血に覆われ、そしてプカリとナマズが一匹――湖面に浮かんだ。



 そこで、俺の息が遂に限界を迎えた。

 平泳ぎで岸まで泳ぎ、何とか陸地にまで辿り着けたが……。


 顔を水面に出して、大きく息を吸い込もうとした所で――再度、首筋に絡みつくヒゲ。



 先ほどとは違う個体のナマズのようだ。


「クソっ……! おい、リリス――逃げろっ! ナマズは……複数いる……ガヴェっ!」


 ゴボガボと、最後の方は言葉が言葉にならなかった。




 ――ああ、こりゃあちょっと……良くねえな。



 酸欠で視界が黒くなってきやがった。

 ブラックアウトって……水中ではマジで洒落になんねーぞ……と、思いながらも体は言う事をきかない。



 万事休す。




 ――ああ、そういえば……2回目の人生の終わりの時も、賢者の幼馴染にハメられて……水難で死んだんだっけな。

 



 これは良くない。

 走馬灯のように今までの思い出がよみがえってくる。




 いや……でも…………村人にしては……よくやった……方……かな……。



 そうして、俺は瞼を閉じて覚悟を決めた。




 と、その時――




 ――全身に電気が走った。



 同時に、ナマズのヒゲの拘束が解かれる。



 体に活が入り、俺の中に残る最後の酸素をフル導入して湖面へと一直線に向かう。



 ザパァーンと顔を出して、そして大きく息を吸い込む。



 そうして――絶句した。

 今現在、湖面に浮いているナマズは2体だ。


 一匹は俺が仕留めた個体――そしてもう一匹は外傷が全くない個体。

 いや、正確に言えばブスブスとそのナマズは、湖面に浮きながら煙を発している。


 そして俺は湖岸を眺め、そして納得した。




 ――そこにはリュックサックを背負い、そして杖を構えているリリスの姿があったのだ。



 水から上がった俺はリリスに向けて歩を進める。


「リリス、お前……何をやった?」


「……電撃。貴方の魔力はほとんど人外……魔術耐性は凄まじいと判断し、それを前提に全力でぶっ放した」


 不愛想に応じる彼女はさらに言葉を続ける。


「……驚くことは無い――私も伊達にここで数年間暮らしている訳では無い。そして……私は……腕輪に金糸を3本刻む事の許可を受けている……サポート程度はできて当然」


 まあ、そりゃあそうか……龍の文化では弱者は生きる価値が無い。

 そうであれば……リリスは当然に育ての親に仕込まれている訳だ。


「後、一つ言っても良い?」


「何だ?」


「……勝手に一人で決める物ではない」


「どういう事だ?」


「この迷宮では私は役立たず……確かにそうだろう」


「……?」


「……私は確かに役立たずだ。今回はたまたまサポートが出来ただけ……それは良い。けれど……逃げろと言う指示を勝手に出すな。一人で……何でもかんでも決めるな」


 コーデリアにも先日……似たような事を言われた気がする。


「私は私なりに……リュートをサポートできる事もある。地形と相性と運が味方すれば……今回のように」


「確かにそうかもしれない。でも……リリスを危険に晒すわけには……」


 そこでリリスは俺の頬に全力のビンタを喰らわせた。

 パシィンと景気の良い音が地下洞穴に響く。


「……だったら、リュートを危険に晒している私の立場はどうなる?」


 そして、涙を浮かべてリリスは口を開いた。


「……勝手に……一人で全てを決めるな。背負い込むな……私はリュートの何なのだ? リュートの行動に私の意志は反映されているのか?」


 コーデリアの言葉がフラッシュバックする。



 ――勝手に決めるな!

 私はそんな事は望んでないじゃん。そこに私の意志はないじゃん。


 

 ――龍の里に行くなんて認めない! 何年も離れるなんて……聞いてないし、絶対に嫌だ!



 そんな事を思いながら、俺は苦笑した。


「……私は一体何なのだ? 勝手に命を張るな。勝手に私を助けるな……私もまた、一個の人間だ」


「……」


「……そりゃあ、性奴隷は嫌だ。里から放逐されるのも嫌だ。けれど……その為に他人に命を張らせて……リュートが死んだらどうすれば……私はどうすれば良い?」



 俺は頷き、そして握り拳を作る。

 そのまま、コツンとリリスの頭を叩いた。



「なら……一緒に生き残るぞ?」


 コクリとリリスは頷いた。









 名前:リュート=マクレーン

 種族:ヒューマン

 職業:村人

 年齢:12歳

 状態:通常

 レベル:38→45

 HP :1820/1820→2150/2150

 MP :14512/14512→15730/15730

 攻撃力:390→470

 防御力:385→465

 魔力 :2625→2705

 回避 :480→580


 強化スキル

【身体強化:レベル10(MAX)】

【鋼体術 :レベル10(MAX)】

【鬼門法 :レベル6】


 防御スキル

【胃強:レベル2】

【精神耐性:レベル2】

【不屈:レベル10(MAX)】


 通常スキル:

【農作業:レベル15(限界突破:ギフト)】

【剣術 :レベル4】

【体術 :レベル8】



 魔法スキル

【魔力操作:レベル10(MAX)】

【生活魔法:レベル10(MAX)】

【初歩攻撃魔法:レベル7(成長限界)】

【初歩回復魔法:レベル7(成長限界)】




 称号

【地上最強の少年  :レベル10(MAX)】

【最年少賢者    :レベル10(MAX)】

【庶民の癒し手   :レベル10(MAX)】

【聖者       :レベル3(成長限界)】

【鬼子       :レベル10(MAX)】

【ゴブリンスレイヤー:レベル10(MAX)】

【外道法師     :レベル3】

【牛殺し      :レベル2】




 ・鋼体術使用時

 攻撃力・防御力・回避に+150の補正



 ・鬼門法使用時

 攻撃力・防御力・回避に+300の補正


 ・身体能力強化使用時

 攻撃力・防御力・回避に×2の補正

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