第13話

 龍の里の外れの森――そこに祭壇の地下迷宮は所在する。



 森の中。

 藪をかき分けた先――地面にポッカリと開いている洞穴を進む。

 ゆるやかな斜面を降りた後、その第一階層は現れる。

 

 岩肌に囲まれた薄暗い通路を進んでいく。

 すると、鉄製のドアに突き当たる。


 赤サビのノブを開くと、その魔物が現れた。


 


 ――ミノタウロス。



 頭は牛で、体はボディービルダー。

 そして……とんでもなく巨大な斧を持っている。


 

 4メートル四方程度の室内。

 非常に狭い。眼前の魔物を睨みながら俺は息を呑みながらスキルを発動させていく。


 

  ――スキル:身体能力強化発動。


 ――スキル:鋼体術発動。


 ――スキル:鬼門法発動。



 これで、俺はギルドのベテラン冒険者とも肩を並べる程度の力を顕現させた訳だ。

 それは12歳の女勇者よりもちょっとばっかし強くて、そしてゴブリン数百を軽く屠れる程度の力だ。




 ――12歳の人間としては規格外に強い。でも、龍の世界では……あまりに脆い。




 ブオン……と風が室内に起きた。

 それは目にもとまらぬ速度でミノタウロスが斧を振るった音。



 俺が今攻略しようとしているダンジョンは、成龍になる為の通過儀礼とされている迷宮でもある。

 実際、結構な割合で若年の龍はこの迷宮で命を散らしていくと言う話だ。

 

 マヌケな若龍の一番の死因は――龍のウロコを過信し、防御を捨てて不用意にミノタウロスに近づいた時に起きると言う。

 要は、龍の装甲すらも簡単に切り裂くダマスカス鋼で作られた巨大な斧による初撃が、その死因と言う訳だ。



 間一髪で俺はその斧の一撃を反射的に避ける事ができた。



 ――ぶっちゃけ、ほとんど勘で避けた。だって、ロクに斬撃が見えねーんだからな……。



 続けざま、いつの間にか眼前1メートルに迫っていたミノタウロスの斧の斬撃が走る。



 早いっ!



 とても避け続ける事はできない!



 一回、二回、三回、四回、五回……振り落しを避けていく。

 六回、七回、八回……そして振り落しからの、上方への切り返し――俺の反射速度を上回る。


 そして被弾。




 ――サクっ。




 嫌な音が眉間に走った。


 右目の視界が瞬時に朱色に染まる。

 頭をカチ割られたか……とパニックに陥る。


 だが、体は動く。


 視界の片方は消失したが、それは額から流れる血が入っただけ……。

 そしてミノタウロスは……俺を仕留めたとばかりにその表情を弛緩させていた。

 余裕綽々、と言う風に牛男は鼻を鳴らして、そしてゆっくりと斧を振りかぶった。




 ――舐め腐りやがって……これは完全に俺の反撃を想定していねーな……ってか、多分、人間の……それも子供だってので、滅茶苦茶に舐められてるな。


 ――自分は絶対的な強者で……ただの簒奪者って奴か?




 いや、だからこそ……俺もまたほくそ笑んだ。



 腰のナイフを引き抜き、そして牛野郎の鼻に目がけて突き刺した。

 一瞬だけ、俺の反撃が信じられないと言う風にミノタウロスは目を見開いた。


「後悔……先に立たずってな! 人間様を舐めてんじゃねーぞ!」


 ――そしてナイフはブヨンっと……まるでゴムに弾かれた様に――その鼻に突き刺さる事は無かった。





「なるほど。これが成龍の試験か」




 それだけ言うとくるりと180度のターンを行った。

 そのまま全速力で入って来たドア目がけてダッシュを行った。



「無理無理無理無理!!! 絶対無理だろこんなのっ!」



 さすがは……若龍を成龍とする為の儀式の地下迷宮だ。


 普通に若龍の数十%が死ぬって話だから、ゴブリン500匹位でヒーヒー言ってる感じの……12歳のレベル1の村人が訪れる場所では無い。



 蹴破るように鋼鉄製のドアを開いて、そして大きく息をする。



 ミノタウロスはこの迷宮の門番で有り、中ボスでもある。

 だから、ボス部屋からは出てこない。



 故に、部屋から出てしまえば……安全なのだ。



 深呼吸で息を整える。

 初歩回復魔法で額の傷を癒しながら、俺は忌々し気に「クソッ!」と吐き捨てた。



 ってか、俺としても、本当にここに訪れるのは数か月の後の予定だった。



 ゴブリンとかオーク相手に無双して、十分にレベルを上げて安全マージンを獲得してから……満を持してここに挑戦する予定だったんだが。


 事、ここに至ってはそういう訳にもいかない。



「……どうする? 今からでも引き返す? レベル1の村人に……この地下迷宮はぶっちゃけ……無茶」



 水と食料を満載させたリュックサックを背負っている――リリスは俺を心配げに見つめてそう言った。


「そういう訳にはいかねーだろうがよ」


「……最強のレベル1の村人。確かに貴方はそうだろう。規格外なのもそうだろう。そして私を助けてくれようとしているのも分かる。そしてそれは嬉しい」


 けれど、とリリスは唇をかみしめた。


「命を張る事は無い。私はこのまま龍の里を追放されて、そのまま人間界に戻って……元の飼い主の所に連れ戻され性奴隷となる。その事について……覚悟はできている」


 回復魔法が効いてきた。

 血が止まり、包帯を巻く。


 水の湿ったガーゼで朱色の視界をぬぐっていく。


「命を張ってでもお前は助ける。勝手に奴隷に堕ちるとか……決めてんじゃねーぞ」


「……だから命を張らなくても良い。貴方はレベル1……もっと簡単な魔物で経験を積んでから……再度ここに訪れれば良い」


「それじゃあ、俺がお前の身受けをするにしても……とても間に合わない」


「……だから命を張らなくても良い」


 そこで俺はクスリと笑った。


「これは俺の……意地なんだよ」


 不思議そうにリリスは小首を傾げた。


「意地?」


「そうだ。ここでリリスを見捨てたら……俺はアイツに笑われるような気がするんだ」


「アイツって……?」



「……幼馴染だよ。これは……俺が自己満足の為にやっている事で、本当にお前が気にする事じゃあない」



 と、そこで俺はミノタウロスの潜む部屋の鋼鉄のドアに視線を落とす。


「正攻法では適わない。そうであれば……おい、リリス?」


「……何?」


「お前にお願いがある。森に戻って……木を切って薪を用意してくれないか?」


 俺の背負うリュックサックにはサバイバル用品が詰まっている。

 食料と水はリリスのリュックサック、そして俺のリュックにはスコップやら着火剤やらのサバイバル用品……まあ、そういう感じだ。

 で、俺は取り出した小ぶりの鉈をリリスに差し出した。


「薪? 何の為に?」


 俺は、ナイフを取り出して、ドアの近くの土壁に刃を突き立てる。

 すると少しだけだが、ボロボロと壁は崩れ落ちた。

 それを確認して俺は大きく頷いた。

 壁の土を掘り返す事は可能だ。

 

 そして、ミノタウロスは龍族が召喚魔法で呼び出している魔物だ。

 使い魔と言えば一番分かりやすいだろう。

 諸々の制約をかけられていて、あの牛野郎は絶対にあの部屋から逃れる事はできないようになっている。


 

 ――で……あれば、薪さえあれば、予想通り……いけるはずだ。


「――何って? んなもんは決まっている。牛野郎を……ぶち殺す為だ」






 ――10時間後。


 10センチ四方の穴には数本の――着火済みの薪がくべられていた。


「……正気? こんな事でミノタウロスが……」


「正気も正気、大マジだ」


 

 10時間の間、薪の先端――室内の方に向けて、生活魔法で常に着火を続けている。

 既に燃やした薪の本数は数百、あるいは1000を超える分量となっていた。

 中は現在……酸素不足。

 いや、さらに被せて煙とススか。

 そこに被せて、俺が……酸素もないのに生活魔法で……無尽蔵の魔力で、なおかつ無理に着火を続ける。


 ぶっちゃけ、中は今、エライ事になっている。


 けれど、リリスには全く……その惨状は理解できていないらしい。


「……こんな事でミノタウロスが退治できるなどと……とても思えない。薪を燃やしているだけ……なのだから」


「じゃあ、見てみれば良い。これで死んでなければ……流石の俺もお手上げだ」


 肩をすくめて、俺はドアを開いた。

 開くと同時、モアっと熱気と共に黒煙が噴き出て来た。


「……これは?」


 中を覗き込み、リリスは絶句した。



 それはそうだろう、息も絶え絶えにミノタウロスがその場で痙攣していたのだから。

 ってか、これでも生きてるのか……マジで半端ねえな、祭壇の迷宮……。


「おい、リリス? お前さ……不完全燃焼って言う言葉を知ってるか?」


「……フカンゼンネンショウ?」


「言い方を変えよう。それじゃあ、狭い室内でモノを燃やし続けたらどうなるか知っているか?」


「……分からない」


「分かりやすく言えば……毒物が発生するんだよ。で、その毒物に肉体が汚染される事をこう言うんだ。一酸化炭素中毒ってな」


「イッサンカタンソ……チュウドク?」


 リリスに練炭自殺とか言っても、まあ分かんねーだろう。

 


 ともあれ。

 ファックサインと共に、俺はピクピクと痙攣を続けるミノタウロスに向けて口を開いた。




「脳筋の牛が…………食肉風情が……地球を席巻した人間様を舐めてんじゃねえぞ?」









 名前:リュート=マクレーン

 種族:ヒューマン

 職業:村人

 年齢:12歳

 状態:通常

 レベル:1→12

 HP :50→650/650

 MP :12050→13400/13400

 攻撃力:35→185

 防御力:35→170

 魔力 :2154→2350

 回避 :55→225


 強化スキル

【身体強化:レベル10(MAX)】

【鋼体術 :レベル10(MAX)】

【鬼門法 :レベル5】


 防御スキル

【胃強:レベル2】

【精神耐性:レベル2】

【不屈:レベル10(MAX)】


 通常スキル:

【農作業:レベル15(限界突破:ギフト)】

【剣術 :レベル4】

【体術 :レベル6→7】



 魔法スキル

【魔力操作:レベル10(MAX)】

【生活魔法:レベル10(MAX)】

【初歩攻撃魔法:レベル7(成長限界)】

【初歩回復魔法:レベル7(成長限界)】


 称号

【地上最強の少年:レベル10(MAX)】

【最年少賢者  :レベル10(MAX)】

【庶民の癒し手 :レベル10(MAX)】

【聖者     :レベル3(成長限界)】

【鬼子     :レベル10(MAX)】

【外道法師   :レベル2→3】

【牛殺し    :レベル0→2




 ・鋼体術使用時

 攻撃力・防御力・回避に+150の補正



 ・鬼門法使用時

 攻撃力・防御力・回避に+250の補正



 ・身体能力強化使用時

 攻撃力・防御力・回避に×2の補正


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る