第12話
数日後。
「……外出許可?」
肩にかかる程度のショートカットで、白色のローブを身にまとった水色の髪の少女。
見た目は12歳の図書館の司書――怪訝な表情で俺にそう尋ねたのはリリスだった。
どうにも図書館の受付では龍の里の雑務を一手に引き受けているらしく、住民票管理はおろか、出入国の管理までをさせられているらしい。
「ああ、外出許可だ。ちょっとばっかし魔物を狩りまくってくる」
しばし考え、リリスは儚く笑った。
「…………貴方がここに来たのは2日前だと記憶している。それなのに、もう里の外に外出? そもそも貴方はここに強くなるために……大図書館龍の叡智……あるいは龍族特有のスキルを得る為に来たと把握していたのだが」
「別に矛盾はしねーよ。龍族特有のスキル――龍王の加護を得たから……な。だからこそ、魔物を狩って狩って狩りまくって……レベルをアホほどあげなくちゃならん訳だ」
そこで、見る間にリリスの表情が凍り付いていく。
「そういえば貴方のレベルは1で……そして村人だった。龍王の加護……貴方……12年間生きてきて……敢えて……レベルを1に抑えていた?」
「そういうことだ」
ウインクする俺に対し土気色に染まった顔でリリスは言った。
「……手っ取り早く強くなるためには……レベルを上げる事が一番……成長率の事を分かっていてもそれは普通は出来ない」
そして呆れたようにリリスは溜息をついた。
「尋常では無い力への意志。最適効率へ至る揺るがぬ心――なるほど理解した」
「理解?」
ええ、とリリスは大きく頷いた。
「貴方のような者を天才と言う……断言するが貴方は将来英雄になるだろう」
はぁ? と俺は首を傾げた。
「ただの村人の俺が?」
フルフルとリリスは首を左右に振った。
「確かに貴方は村人。しかし才能がある」
「才能? 何の才能だって言うんだ?」
「……決して折れない心。力を求める……才能がある。あるいはそれは努力の天才と言い換えても良い」
まあ、スキル:不屈を持ってるからな。
努力の才能っていうかマゾの才能ならある。
そこでやはり、リリスは儚げに笑った。
「努力の天才……か。でも、実際……そうでもないぜ?」
「……フっ……龍王様の寵愛を受けるような人間にそんな事を言われても嫌味にしか聞こえない」
そこでリリスは再度……再度儚く笑った。
「嫌味ってお前なァ……」
呆れ顔を俺が作った時、リリスの目尻に涙があふれた。
そしてその頬に涙が垂れ落ちていく。
「……そう。貴方は私のような凡人ではない。私は……私は……」
そこでリリスは流れる涙を、白色のローブの袖で拭った。
「おいちょっと待て……どうしたんだよ急に泣き初めてさ?」
「……言わない」
「言わないって……お前、めっちゃ泣いてるじゃん?」
「…………言わない」
「良いから言えよ」
「………………言わない。外出の登録は行った。とっとと外へでもどこにでも行くが良い」
あぁ……めんどくせぇ……そういえばコーデリアも結構……頑固な所あったよな。
「この状態で行くことはできねーだろうがよ……」
「…………私は龍では無い。そして強者に類する人間でも無い。故に生きている価値が無い」
はぁ……と俺は溜息をついた。
「そう言われちまったら……なおさら放っておける訳がねーだろうがよ」
「……貴方のような天才の手を煩わせる訳にはいかない。所詮は……保護者無しなのだから」
「保護者なし?」
そこでリリスはしまった……と言う風に渋面を作った。
しばし何かを考え、彼女は口を開いた。
「…………私はもうすぐ……龍の里から放逐される」
そこでリリスは一旦言葉を止めて、様子を窺うように俺に視線を向けてきた。
「続けろ」
「……元々、私は5歳の時にここに連れてこられた。ここに来る前……物心ついた時には既に私は奴隷で……それは酷い扱いを受けていた」
「うん」
「そして……ある日……奴隷商人のキャラバンが盗賊に襲われた……大規模な戦闘が起きて……ほとんど共倒れになっていた状況だったと思う。戦える者はほとんどが動けなくなって……そこに肉食動物と、そして魔物が現れた」
奴隷商人率いる傭兵団と武装盗賊集団が相討ちって訳か。
で、そこに血の臭いを嗅ぎつけたヤバい系の生物が割り込んできた……と。
なるほど。状況は大体理解できた。
「そこに現れたのが……龍って訳だな?」
コクリとリリスは頷いた。
「……身元を保証してくれた土龍は、とても強くそして優しい人だった」
何かを思い出すかのようにリリスは天井を見上げ、そして再度彼女の目尻から堰を切ったように涙が溢れた。
「……父さんが私に与えてくれた名前……それがリリス」
なるほど。
自分を救ってくれた龍を慕っているらしい。
だから初対面の時に名前を呼べと……ご立腹だったのか。
「で……保護者なしってのは?」
しばし押し黙りリリスは沈痛な面持ちを作った。
「龍にも寿命がある……老衰……だった」
やれやれと俺は肩をすくめた。
「それでリリスさん……いや、同い年なんだし呼び捨てで良いよな?」
というか、1度目と2度目をあわせたら俺は結構……歳喰ってるけどな。
まあそれは良い。
「リリスは……まあ……それで保護者がいなくなって、龍の里で立場がなくなったと。で……追い出されそうだと……まあ、そういう話で良いんだよな?」
「……それで良い」
「で……奴隷紋はまだ生きているのか?」
コクリとリリスは蒼白な表情で頷いた。
そしてローブをはだけさせ、鎖骨の下に刻まれた魔法陣を俺に見せて来た。
「最悪だな。性奴隷の紋じゃねーか」
「……父さんに拾われる前は……子供だから……そういう事はされなかったけど。でも、今の状態で外に放り出されれば……」
奴隷の紋章。
飼い主を伴わない奴隷の扱いは犯罪者と変わらない。
衛兵に追い回され、告げ口をされ、そしていつかは捕まって所有者の下に届けられる。
奴隷紋ってのは精神洗脳術式に近い性質のもので、解呪を行わない限りは定められたルールには決して抗う事はできない。
定められたルールってのは……
……例えば、飼い主に逆らってはいけないとか。
……例えば、衛兵には逆らってはいけないとか。
――例えば、夜の奉仕を逆らってはいけないであるとか。
「リリスの保護者は……いつ亡くなったんだ?」
「……一か月前」
「で、お前はいつ……ここを追い出される?」
右手を突き出し、指を1本立てた。
「明日」
ああ、そりゃあ泣くわ。
猶予無しって言うかギリギリも良い所じゃねーか。
めんどくせぇ……と思いながら俺はリリスに言った。
「外出はキャンセルで頼む。後……」
俺は懐に手を入れて麻袋を取り出した。
ズシリと中身の詰まった袋を受付テーブルに差し置いた。
「……これは?」
麻袋の紐をといて、リリスは驚いた表情を見せる。
「金貨が占めて500枚だ。龍王曰く、『君がこの金銭をどう使うのか見物だ。だから好きに使ってくれて構わない……』って話だ」
「……貴方がこの金銭を私に差し出す意味が分からない」
「旅支度をしろ。俺とお前はこれからダンジョンに籠る」
すっとんきょうな声色でリリスは俺に尋ねる。
「ダンジョン? 何の為に?」
「ダンジョンと言えば魔物だ。で、魔物と言えば経験値だ。そうとくれば……決まってんだろ? 俺が強くなるためのダンジョンに潜るんだ」
「やはり意味が分からない」
そして俺は自分に言い聞かせるように、強い口調でこう言った。
「良いから行くぞ? 困ってる女の子一人を救えないような男が、どうやって勇者を救うなんて大それたことができるって言うんだよ」
フルフルと首を振ってリリスは再度俺に尋ねて来た。
「……本当に意味が分からない。詳細の説明を願いたい」
「俺は人間でありながらも龍として……若龍衆に迎えられた。それは知っているな?」
「……うん」
「身元引受の条件は成龍である事だ。違うか?」
「……その通り」
「だから俺は成龍への通過儀礼……試練の儀を行う。お前の身元を保証する為にな」
そこでリリスは呆れたように笑った。
「凶悪なモンスターがはびこる祭壇の洞窟を……龍ですらも事故で死亡者が後をたたないあのダンジョンを……人間の……レベル1の村人が突破するつもり?」
うんと頷き俺は笑った。
「……言っちゃ悪いが、俺は世界最強のレベル1だぜ?」
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