第10話
「君と言う存在が……定められた世界の運命を……既に破滅の方向にシフトさせてしまっているんだが、その事には気づいているかい?」
「どういう事だ?」
聞き捨てならない台詞。
俺の声色に若干の強張りの色が混じった。
「ああ……自覚ないんだね」
やれやれ、とばかりに龍王は肩をすくめた。
「だからどういうことだと……聞いているんだが?」
「さて……君の守るべき姫君――それはそれはこの世界では特殊な存在だ。なんせ、この世界のこの時代に……4人しかいない神託の勇者の内の一人なんだからね。大厄災から世界を救う救いの御手を担う事になる……この世界での最重要人物だ」
そんな事は先刻承知だ。
北の勇者であるコーデリア、その他の東と西と南の勇者……全員が神託を受け、そして協力して厄災に対峙する。
山奥で一人で住んでいるような世捨て人でなければ誰でも知っている……これはそんな話だ。
「……ああ、その通りだ」
「希望と言う剣で闇を打ち、厄災を払う……それが勇者だ」
苛立ちと共に俺は応じる。
「ああ、そうだろうよ」
「勇者とは、弱者を救い、魔物を祓う……そんな絶対的強者だ。違うかい?」
苛立ちが明確な怒りへと変わる。
当たり前の事をクドクド言われてもイライラしかしない。
「だからお前は何が言いたいんだよ?」
「弱者……つまりは村人は……勇者が本来……救うべき弱者なんだよ?」
呆れ顔で首を左右に龍王は振った。
「……?」
深い――深いため息と共にこう言った。
「村人が勇者を守っちゃってどうするんだい? 全く……どうかしてるよ?」
「………………?」
「僕は記憶が読めるだけではない。世界の理もまた……少しは読める」
「何が言いたい?」
「あの時、君がゴブリンの軍勢を退けた事で、これから先の歴史は大いに狂った」
「……歴史が……狂った……だと?」
ああ、と龍王は頷いた。
「あの時、あの瞬間……本当は彼女は君を守る為に、深手を負う予定だったんだ」
「言われなくても知ってるよ。で、その結果……それでどうなったかも……あいつが、真夏でも傷を気にして半袖を着れなくなったことも知っている」
「そう。そこなんだよ……彼女はその事をキッカケとして、君を守る為に……更に強くなる為に……自らの勇者としての資質だけに頼らずに……修練と言う意味で、限界まで自分を追い込むようなるはずだった」
「……え? それって……どういうこと?」
そう言えば、前の人生の時……あれから急に山に籠ったり、騎士団の討伐に積極的に参加するようになった。
元々は虫も殺せぬ性格だったのに、勇者の神託を心の底から嫌がっていたのに……。
「――どういうことも何もないよ。強くなるためだよ」
「それは……どうして?」
「君が今抱いている気持ちと同じなんじゃないのかな?」
「俺と……同じ?」
「大切な物を守る為に強くなりたいと言う気持ち。それは何よりも強いんじゃないかな」
「……えっ?」
「15歳の少女がドラゴンキラーと呼ばれるに至る……それが伊達や酔狂でできる事だと思うかい?」
「いや、それは……」
「本来、あのゴブリンの襲撃は……彼女が勇者として生きることの覚悟を決めるための覚醒イベントだったんだよ。でも、君は自力で解決してしまった。救われる側が、救う側を救うと言う本末転倒な方法でね」
「いや……でも……」
「そして、それはこの世界で定められていた運命だ。まあ、今となっては別の分岐に進んでしまい不確定なんだが……」
「…………」
「――ドラゴンキラー……それは勇者が勇者である事に慢心せずに、全力の全開で修練に打ち込んで、更に命を賭けてようやく得られる称号だ」
「……」
「それは君の思うように、才能の問題だけで片付けられる話では無い」
「……」
「僕も全てを読み切れる訳では無い。大厄災と言っても具体的に何が起きるかも分からない。けれど……世界は大きく破滅に傾いた。それだけは言える」
黙りこくった俺に、龍王は嘲笑の笑みを浮かべた。
「なるほど。所詮はキミも人の子か……少し失望したよ。まあ、それも無理はない。何しろ、コトのスケールは勇者の神託を捻じ曲げるとか、世界の命運だとか……そういう話なんだからね」
更に俺は沈黙する。
龍王と互いに無言で見つめ合う事――30秒。
そこで俺は口を開いた。
「あいつは、勇者としては既に役に立たないと……そういうことなのか?」
「君の記憶によると……15歳の時、彼女はドラゴンキラーとなるよね?」
「邪龍討伐……だったよな?」
忘れもしない。
騎士団の魔物討伐に同行していたアイツが、規格外の化け物に出会って、そして騎士団全滅の憂き目にあいながら――瀕死の状態で生還してきた事を。
そして、お返しとばかりにアイツはキッチリと邪龍の首と胴体をお別れさせてきていた事を。
「まず、その時点で……今回は……彼女は邪龍には勝てない。100%死亡する」
しばし俺は押し黙り――そしてクックックと笑い始めた。
「何故に笑っているんだい?」
「要は強くなれば良いんだろう? 俺が邪龍を屠れるくらいに……いや、アイツよりも……遥かに高みにさ」
「そういうことだが……」
「俺の幼馴染の勇者は……15歳でドラゴンキラーの称号を得るに至る。と、なると……逆算すると……」
「ふむ?」
「――俺が最低でも14歳で邪龍討伐をすりゃあいいんだろう?」
その言葉を聞いて竜王は呆けた表情を浮かべる。
そして、しばしの後、心底嬉しそうに龍王は笑った。
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