第9話

 一面の総大理石に毛の長い真紅の赤絨毯が敷かれている。



 壁面を彩る絵画や天井のシャンデリアは、見た瞬間に目が飛び出る程に高価だと分かる代物だ。

 数百人規模の大宴会ができそうなほどのだだっ広い部屋の中、俺と龍のオッチャンは平伏していた。



 俺らの頭の先数メートルに龍王は座している。

 入室と同時、玉座に座る男の姿がチラっと見えた。

 それは……龍王と言うには、いささか若い20台前半に見える男だった。


 いや……ただ若いだけじゃない。


「顔を上げても良いよ。そういう風にかしこまられるとこちらも肩がこって仕方がないんだ」


 妙に高い声で軽い感じの口調。

 頭を上げると、そこにはやはりとんでもないイケメンがいた。


 黒スーツに紫のガラのカッターシャツ。

 銀髪と金髪のアシンメトリー……しかもロンゲ。


「その服装は……?」


「魔力障壁の張られていない部分の記憶……読んだんだけどさ……キミなら多分……僕のセンスを分かってくれるよね?」


 スーパーサ〇ヤ人ばりに髪の毛をツンツンとワックスに整えている。

 右目が翡翠色で左目は朱色。

 漂う薔薇の香水の香り。

 ヴィジュアル系と言うか、ゲームに出てきそうと言うか……ハッキリ言っちゃうと……ホストっぽい。


「……東京都新宿区……歌舞伎町のセンスだな……まあ、似合ってると思うぜ」


 実際、とんでもないイケメンだ。

 フツメンやブサメンがやっても痛いだけだが、本当の男前がやってみると……憎たらしい事にサマになるのもまた事実。


 うんと頷いて龍王は嬉しそうに笑った。


「あまりにも、このファッションは……こちらの世界では未来を行きすぎていて珍妙なんだ。必然、この趣味の良さと言うか……美しさを理解してくれる人が少なくてね」


「だろうな。で……どこで手に入れたんだ?」


「漂流物……魂の存在だった君がこの世界に辿り着いたのも……漂流と言えるかもしれないね」


「……で?」


「たまにね、流れてくるんだよ。幸運にも僕はそれを拾う事ができたんだ。長期旅行用のスーツケースがまるごと……5つだったかな」


「ホスト同士の旅行か何かだったのかもな」


 ニコリと頷き、龍王は俺に立ち上がるように促す。

 ちなみに、赤龍のオッチャンは頭を下げたままだ。


「では、君のステータスプレートを見せてもらおうか?」


 ステータスプレートを受け取ると、流石の龍王も驚いたらしい。

 証拠に、その眉間に若干の皺が寄った。


「MP1万を超えるか……なるほど。僕も数千年単位で生きているが……この数値を見たのは久しぶりだな……人間の子供でこの数値に到達するには転生者以外にはまず有りえない」


「方法を知っているのか?」


「かつての友人に一人だけ……君と同じ事を試した人間がいてね。まあ、その友人は職業は村人ではなかったのだけれど……しかも、レベルが1か……これも当然狙いがあるんだろう? 恐らくは……龍の加護」


「ご明察。それも……最も効果の高い龍王の加護が必要だ」


 やれやれとばかりに龍王は肩をすくめる。


「禁書も含めた希少書を読む事の出来る叡智のスキル……か。全く、便利なモノだよね」


「ああ。この世界での一度目の人生の時はほとんどの時間、このスキルでの知識収集で消費されたもんだ」


「しかも、大事な所だけを記憶として覚えていて……2度目の人生ではスキル放棄か」


「で、俺の狙いは龍王の加護だけじゃない」


 皆まで言うなと言う風に、龍王は掌で俺を制した。


「大図書館だよね? ああ、分かった……全ての蔵書の閲覧権限を与えるよ」


 と、そこで未だに平伏したままの龍のオッチャンが叫んだ。


「龍王様!? この者の身元保証は我が行っております……何かこやつが図書館内で問題を起こした場合……我では手が負えませ……」


「ああ、その事か」


 ニヤリと笑って龍王は言葉を続けた。


「この人間の身元保証については……赤龍族のキミから……ボクに変更する」


 悲鳴にも近い驚きの声が、オッチャンの咽から漏れた。

 そして龍王は言葉を続けた。


「この者の腕輪は……人間に龍と同じ権限を与えるモノだが……それとは別に、この者を正式に若龍衆として迎え入れる」


 頭を下げていたオッチャンが面を上げる。

 そして口をパクパクとさせて、見る間にその表情を蒼くさせていく。


 あまりのオッチャンの驚きっぷりに俺は思わずこう尋ねた。


「それってどういう事なんだ?」


 オッチャンが、声を振り絞るように叫んだ。


「前代未聞の特別待遇という事だ! 滞在許可ではなく……完全なる同胞として受け入れると……龍王様はおっしゃられているのだっ!」


 なるほど。

 名誉白人ではなく、そのままの意味で白人として扱うと……まあ、そういった意味か。


「――ところで」


 と、龍王はドスをきかせた声で赤龍のオッチャンにこう言った。


「僕はキミには頭を上げていいと言っていないよ? 不敬罪で死にたいのかな? それともキミは僕と対等に口をきけるほどに強龍なのかな?」


 満面の笑みでそう言う龍王に、オッチャンはマッハの勢いで土下座の姿勢をとった。



 ……なるほど。

 ノリが軽い感じなのと、ざっくばらんな雰囲気で騙されていた。


 どうやらこいつは、普通に王としての威厳というか……そういう系のうっとおしいノリは持っているようだ。


 今の状態の俺だったら、怒らしたら一瞬で消し炭にされそうだな。

 まあ、タメ口は崩さねーけどな。


「で、どうやら俺は特別待遇みたいなんだが……どうしてなんだ?」


「一つは、キミのステータスは……歪とはいえ……MPという一点だけであれば僕を上回っている。そうであればその点に、僕はキミに敬意を示さなければならない」


「そういうもんなのか?」


「そういうもんなんだ。それが強さに敬意を払うと言う事だ。例え、僕が近接職だったとしても……まあ、そういうものだ」


 例えば学校の試験か何かで……総合得点で学年トップの奴が、数学だけが満点で後はボロボロの奴に対して……数学については実力を認めるみたいな感じか?

 まあ、そう考えれば分からん事もないか。



「ところでね?」


「どうしたんだ?」


「――今、君が生きているのはこの世界での2度目の君の人生だよね?」


 何を当たり前の事を言ってんだこいつ。


「……まあ、そうだが?」




「そう、そうなんだよ。そしてそれが君を特別待遇にする理由のもう一つだ。君と言う存在が……定められた世界の運命を……既に破滅の方向にシフトさせてしまっているんだが、その事には気づいているかい?」

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