第8話
「一昨日来た方が良い」
肩にかかる程度のショートカット。
白色のローブを身にまとった水色の髪型の少女は開口一番にそう答えた。
「だから俺は龍王に会わなくちゃいけねーんだよ」
今、俺がいる場所は龍の大図書館。
受付机に座る水色の髪色の女は……司書さんって事になっている。
ちなみに見た所の年齢は俺と同じくらいで12歳程度か……司書にしてはえらく若く見える。
龍の里。
大陸中央の大森林地帯の深部の秘境。
険しい山脈を抜けたキルラ高原に、その都市は存在していた。
切り開かれた山肌に並ぶ石造建築の数々。
地球の古代インカ帝国の高地都市遺跡であるマチュピチュと言えばイメージが近いだろうか。
龍の里と言う位だから、何から何まで龍のサイズに合わせた大きなサイズを想像していたのだが、実際は大きく違った。
里の中では龍はみんな人化の法により人間サイズとなっている。
理由としては建物を作ったりする必要があるので、そちらの方が経済的という、身も蓋も無い説明だった。
ちなみに大図書館についてはその限りに無いようで、ただひたすらに広い。
と……言うよりも奥行きと左右の広さは見当もつかない。
迷路のように本棚と通路が入り組んでいて、内部からはその構造は全く分からない。
となると、外観からその広さを推し測るしかない訳だ。
だがしかし、この施設は龍王の城の一部となっていて、どこからが城でどこからが図書館かも良く分からない。
結論として、ただひたすらに広いという曖昧な表現となる訳だ。
「龍王様じゃ……様をつけんか……この痴れ者がっ!」
怖い顔でそう言う顎鬚のナイスミドル。
普通の人間と違って手足の指先が赤色のウロコに覆われていて……まあ、俺をここに連れて来たのはこのオッサンだ。
「ああ、そうだったな……龍王様……だったな」
言い直した事で満足げに頷いた。
「……ステータスプレートを早く渡してほしい。私には他に仕事がある」
「だから俺は龍王様に会わなくちゃいけねーんだよ、ここが受付なんだろ?」
コクリと司書は頷いた。
「……ここは大図書館でもあり、そして王宮への用件を取り次ぐ一番最初の窓口……そしてナーガ神族を総べる龍王様は忙しい。選ばれた者しか会えない」
「あんたも分からない人だな……そこを何とかしてくれって頼んでるんじゃねーか。俺には時間がないんだよ」
「……あんたではない」
「ん?」
「……私はリリス。親が名付けてくれた名前がある」
不機嫌に眉をしかめてリリスはそう言った。
「ああ、すまなかったな……」
多少、俺も強引になっていた。ここは反省しておこう。
とは言っても、龍王に会わない事には龍の加護がもらえない。と言う事は……俺はしばらくレベルアップができないということだ。
ゴブリンをあれだけ盛大に狩ったが、俺のレベルは未だに1となっている。
と、言うのも俺自身が経験値の取得を拒んだんのだが……。
「……んっ」
リリスは掌を俺に向けて差し出した。
素直に従って俺もステータスプレートを差し出した。
頷くと彼女は机の下から水晶玉を取り出した。
「……住民登録を開始する。龍の里への滞在資格……ナーガ神族……赤龍の身元引受……」
龍の里に居住する為には身元引受人が必要となってくる。
基本的に龍と言う種族は人間が嫌い……と言うか、力無き者の存在を軽視する傾向がある。
誇り高く高貴なる種であると自認していて、彼らにとって地面を這う弱者とは嘲笑の対象であり、極力関わりあいになる事を避ける傾向がある。
とはいえ、龍族は無差別な殺戮や暴力を好むものではなく、その気性は孤高という言葉が一番近い。
そういった理由で龍族の生態として……秘境で孤高に単独で暮らしているか、あるいはこの里で強者同士の群れを作っているか……となる。
当然、ここは通常、人間が住む事が許される土地では無い。
ただし、例外がある。
自分たちと同じ龍が『身元を保証するに足る存在であると認めた』ような人間であれば、その龍自身が持つ力に対する信用を担保として、特例でその滞在が許されるのだ。
で、俺がここに滞在できるのは赤龍のオッチャンがナイスミドルなおかげであると……まあ、そういった次第な訳だ。
「ところで、どうしても龍王様には会えないのか?」
「……いい加減にしつこい。ナーガ神族は誇り高い種族。私も含めて人間がこの里に滞在できる事自体が奇跡」
「リリスさんも人間だったんだ?」
よくよくみてみれば、手の先にもウロコの類は見えない。
「……そう」
「じゃあ、逆に聞くけど、どうすれば龍王様に会える訳?」
説明するのが億劫だと言う風にリリスは軽く溜息をついた。
「……何の為にステータスプレートを預かって、これから貴方の数値を登録しようとしているのだと思っている?」
「どういう事だ?」
「……ナーガ神族は本当に誇り高い。如何に貴方が身元の保証を受けているとはいえ……制約は当然に受ける」
「っつーと?」
「……その制約の程度を今から測る。そしてここに滞在する間は貴方には腕輪をつけてもらう」
そういうとリリスは自らの手首に嵌められた白い腕輪を指差した。
「何だその腕輪は?」
「……測定の結果、ランクに応じて支給される腕輪」
リリスは自らの腕輪に走っている金のラインを指さした。
「……金の線が1本~5本でランク分けとなる。5本であれば人間でありながら龍と完全に対等の権利が与えられる。で……1本であれば人権はほとんど認められない」
ちなみにリリスの金のラインは3本だった。
「……貴方が雑魚であればあるほど制約は大きくなっていく……金の線が一本だったりした場合、他の龍と口をきく事は無礼にあたって……ただそれだけで殺されても文句は言えない。他にも建物への入室制限や場合によっては外出時間の制限すらある」
「…………なるほど」
「……龍王様に会えないと言う事もまた、その制限の一つ。貴方の力によって面通しができる龍のランクが変わってくると……そういうこと」
ふむ、と俺は顎に手をやる。
なるほど、力による完全な階級社会が形成されているようだ。
誇り高いと言うか、孤高と言うか……まあ、偏屈な考え方を持つ種族だとは聞いていたが……。
「で、龍王様に会うにはどれくらいのステータスが必要なんだ?」
「……その条件は厳しい。金の線が5本……HPとMPのどちらかが10000を超える事が条件。人間であればAランク級冒険者と呼ばれるようなレベルで……とても難しい」
なるほど、と俺は頷いた。
「それを先に言ってくれよな」
はてなとリリスは小首を傾げて、俺のステータスプレートに初めて目を落とした。
そして彼女は大きく目を見開いた。
「……なんて歪な……いや……でも……これは……」
信じられないとばかりに首を左右に振り、そのまま彼女はその場で小刻みに震えはじめた。
そして水晶玉を操作して何やら思案を始める。
「…………龍王様との謁見予約を取った。これから2時間後……謁見の間に行くと良い」
「ハァ!!?」
驚いたのは赤龍のオッチャンだった。
「司書よ? 何を言っているのだお前は? 龍王様との謁見予約等と……」
フルフルとリリスは首を左右に振り、ステータスプレートを赤龍のオッチャンに差し出した。
そして赤龍のオッチャンは驚愕の表情を作った。
「……信じられん……お前は一体……?」
いやいやいやいや!
逆に俺が驚くわ。
「いや、あんたは驚かなくていいだろう? 俺の心と記憶を読んだんじゃねーのかよ」
オッチャンは肩をすくめてこう言った。
「我は……許可されている所しか心と記憶は読んでおらぬよ。事情の大体は分かったので貴様をここに連れて来たが……3回目の貴様の人生で何が行われて……今の貴様がどういうステータスになっているかは我の知る所では無い」
「どういうことだ?」
「……心に魔力障壁があったので、おかしいとは思っていたのだ」
「魔力障壁?」
ハァ……と表情に呆れの色を浮かべて、オッサンはこう言った。
「魔力数値2000超え……本当に信じられないが、龍王様ですらもお前の記憶を読み事は難しいだろう」
ふむ。
何となくは気づいていたが、俺はやはり育ち過ぎていたらしい。
「言いかえるのであれば幻覚や混乱、魅了や石化……精神系の魔法をお前に有効に施術することは非常に難しい」
こりゃあ助かった。
状態異常系の対策に色々とスキルを獲ろうと思ってたんだが……その手間が省けた様だ。
「……龍王様との謁見……か……人間が……謁見…………こんな珍事はいつ以来だろうか……」
オッサン的には色々と思う所があるらしい。
まあ、それは良いとして……と俺はほくそ笑んだ。
――どうやら龍の里でも……最速のペースで強化を施せそうだ。
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