第7話

 挨拶代わりに近くにいたゴブリンを一閃。


 チーズケーキにナイフを入れるように腹部がサックリと裂け、そして臓物が溢れ出る。



 

 ――鬼門法出力増大……っ!




 俺の体表から朱色の闘気が溢れだす。



 そして、加速。

 まるでスローモーションのように景色が流れる。



 剣を振る。

 ゴブリンの臓物が垂れ流される。



 更に加速――剣を振る。

 ボロ雑巾のようにゴブリン達は骸を作っていく。



 斬る。



 攻撃を避ける。そしてゴブリンの肉を裂く。



 斬る。避ける。裂く。

 斬る。裂ける。裂く。



 ――無数の攻防の選択肢の中から最善手を取り続ける。



 一手でも誤れば数の力に押しこまれるだろう。

 と、そこでコーデリアに襲い掛からんとするゴブリンが目に入る。



 慌てて俺は彼女に向けて駆ける。

 雑念と焦りが最善手を誤らせる。

 肩口に矢が被弾。同時に背後からゴブリンの槍が頭部に向けて繰り出される。



 振り向きもせずに首を動かして槍を避ける。

 頬にかすめた傷から血が一筋――そして、背後に向けて剣を一閃。



 チイっと舌打ちと共に矢を抜く。



 ――誰かを守りながらの戦いは本当にやりづらい。いや……コーデリアもまた俺を守りながら……。



 加速。加速。更に加速――全開出力。


 斬る。避ける。裂く。

 斬る。裂ける。裂く。



 ――いつしか俺は思考を停止させていた。



 ゴブリンの総数は未だ400を超えている。

 あまりにも多勢に無勢。

 考えていてはとても間に合わない。



 そう。

 考えてから動くのではなく――反射で動く。



 ここ数年、バーナードさんに師事を乞い……幾万も幾十万もの回数を繰り返した剣術の基本の型のとおりに体を反射的に動かしていく。



 返り血を全身に受け、目を開ける事も……それをぬぐうことすらもままならない。


 無数の刃こぼれの上に、血と油がまわったボロボロになったコーデリアの剣。

 この剣は役に立たないと判断し、ゴブリンの死体が握っている槍を奪う。



 加速。加速。限界を超えて――加速。

 思考も……肉体も……全てを加速させる。




 乳酸が蓄積されていく。

 徐々に腕が重くなり、足が言う事をきかなくなってくる。

 膝が笑い、完全に足が止まった時に俺は溜息をついた。


 これは身体強化関係の術式によるマジックポイントの枯渇ではない。


 

 ――純粋にスタミナ切れだ。



 これが実戦か……と息を呑む。MP切れを起こしたコーデリアをこれじゃあ笑えない。



 駆使する肉体が悲鳴をあげ、ドクっ、ドクっ、ドクっ――心臓が波打つ。


 大きく、大きく、深呼吸。

 火事場の馬鹿力とは良く言ったもので……何とか、まだ体は動いてくれる。

 足は……動く。

 とはいえ、車に例えるとガソリンメーターは赤ランプが絶賛点滅中だ。


 ――当然、長くはもたない。



 斬る。避ける。裂く。

 斬る。裂ける。裂く。

 斬る。避ける。裂く。

 斬る。裂ける。裂く。




 そしていつの間にか周囲の景色すらも見えなくなる。



 斬る。避ける。裂く。

 斬る。裂ける。裂く。

 斬る。避ける。裂く。

 斬る。裂ける。裂く。





 ――そして気づけば、周囲に蠢く魔性の類の気配は完全に消え去っていた。













 ゴブリンから奪った槍を支えに、全身で息をしながら空を見上げる。


 そこで、背後から声が聞こえた。


「リュート……? アンタ……本当にリュートなの?」


 震えた声色でコーデリアが俺に尋ねかけてきた。


「……それ以外の何だって言うんだよ」


「でも、アンタは村人で……」


 彼女の視線の先には積み重なった死屍累々の無数の屍。

 半分はコーデリアがこさえたもので、そしてもう半分は俺がこさえたものだ。


「だから言っただろうに……俺は村人の中では……最強に近いんだよ」


 苦笑しながらそういう俺に、コーデリアは納得がいかないと言う風に頬を膨らませた。


「……多分アンタ、後100体位だったら狩れるよね?」


 しばし考え、俺は首肯した。

 全身に傷をこさえ、そして肉体は悲鳴をあげているが……まだ、動ける。


 マジックポイントに至っては10分の1も消費していない。


「勇者よりも強い村人って……アンタ……どんな手品を……?」


 手品か……と俺は肩をすくめた。


「確かに手品だな。実際に種もあれば仕掛けもあるんだから」


「……?」


 コーデリアが小首を傾げたところで、俺は背後に圧倒的なプレッシャーを感じた。

 俺の背後の存在に気付いた彼女の表情が見る間に蒼ざめていく。


「どうやら、お迎えが来たみたいだ」


「……あっ……あっ……ぁ……ぁわわっ……」


 口をパクパクさせる彼女の視線の先。

 俺は背後を振り返った。


「へへっ……来るのが遅いじゃねーか? 俺一人で……片付けちまったぜ?」


 そこにいたのは、ただひたすらにデカい真紅のドラゴンだった。

 体長は15メートルはあるだろうか、その圧巻の巨体には前回の時は絶句したもんだ。


「使命を帯びた……神託のくだりし小さき者の危機――様子を見に来れば……これは一体いかなることだ……?」


 龍は不思議そうに俺を見つめる。


「心を読めよ。それが一番早い」


 龍は目を細め、そして驚愕の表情を作った。






「面倒な言質を取られたものだ……これでは竜の住処に連れて帰らぬ訳にはいかんではないか」






 俺は思わず吹き出してしまった。


「本当に一言一句同じなのな?」


 龍もまたカッカと笑い、そしてこう言った。


「龍は……嘘をつけぬからな」


「それじゃあ、連れて行ってもらうぜ?」


 龍と俺は頷き合い、そして俺は龍に向かって歩いていく。

 と、そこで背後からコーデリアの声が聞こえてきた。


「……リュート? どこに……アンタ……どこに行くつもりなの?」


「龍の里だ。数年は戻らない」


「……………………龍の……里?」


 肩をすくめて俺は言った。


「俺の強さには秘密があるんだ。実際に種も仕掛けもあって……努力の結果……こうなった」


「……なんで……龍の里に……?」


「お前は勇者だ。今は俺の方が強いかもしれないが、このままじゃ1~2年もすればすぐに追いつかれる……だからだよ」


 そこでコーデリアはまつ毛を伏せる。


「……アンタが常識外れの訳が分からない存在になっちゃってたってのは……これだけの数のゴブリンの死体をみりゃあ嫌でも分かる…………私の知らない所で勝手に努力して……化け物みたいに勝手に強くなって……村人の癖に勇者を助けちゃったりして……挙句の果てには数年間も勝手に村から出るって?」


「必要な事なんだよ。凡人がお前らに肩を並べるには……必要な事なんだ」


「そりゃあそうでしょうよ! 村人が勇者よりも強くなっちゃうなんて、尋常じゃない努力と方法を駆使してきたんでしょうよ! 私の知らない内に……勝手に……人知れずに無茶をしてきたんでしょうよっ! 気に喰わない……私に黙ってそういう事するのは本当に気に喰わないっ!」


「いや……気に喰わないって言われても……」


「そもそも、私に肩を並べるって……そんなことしなくていいじゃん? アンタは村人で私は勇者で……私がアンタを守れば良いじゃん? 無茶して頑張らなくても良いじゃん?」


「いや、でもお前さ……」


 そして彼女はその場で地団駄を踏んだ。


「……嫌なのよ……全部言わせるつもりなの?」


「嫌? どういうことだ?」


「絶対に……それだけは嫌なの……」


「嫌? だから何が?」


 涙目になって彼女は叫んだ。




「リュートと何年間も会えないなんて……絶対に嫌だって言ってんのっ! そこに私の意志ないじゃん! 勝手に決められてもこっちも困るって言ってんのよっ!」




 ああ……やっぱりめんどくせえなコイツ……昔っから……本当に面倒くさい。 

 ってか、俺が龍についていくかどうかは俺の自由意思でお前の許可は必要ねーだろうがよ。


 はあ……と俺は溜息をついた。


「…………さよならは言わない」


 俺はコーデリアに向かって歩を進める。


「――必ず戻るから」


 そして彼女を抱きすくめ、その額にキスをした。



 

「………………ほえ?」




 目を大きく見開いた彼女は、ふにゃあっと弛緩した表情を見せる。

 そして腰を抜かしたようにフラフラとその場に崩れ落ちて膝をついた。



 良し、いまだとばかりに俺は龍に向けて駆け出し、身体能力強化を発動させる。

 そして跳躍し、龍の背に乗った。


「別れは……それで良いのか?」


 半笑いの声色でそう尋ねる龍に、バツが悪そうに俺はこう言った。


「必ず戻ると言った。だからこれで良い」


「実際、数年は戻れんぞ?」


「いつか戻る……必ず戻る。だからこれで良いんだよ」


 真紅の龍は翼を広げ、そして跳躍した。



 飛翔。

 翼を羽ばたかせ、グングンと高度をあげていく。

 そして下方からコーデリアの声が聞こえてきた。




「アホー! リュートのアホー! 何でもかんでも勝手に一人で決めてんじゃないわよ……この……アホーっ!!! 戻ってきても2度と口をきいてあげないんだからっ!」



 本当に子供の時から変わんねーな……。

 と、そこで俺の頬に涙が流れた。



 そして――龍は俺の頬から涙がうっすらと零れている事については指摘はしなかった。


 






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