第4話

「行ってきます」


 その言葉と共に俺は家を出る。



 俺の家はド田舎だ。

 家の裏は山。

 そして山以外は田んぼで囲まれていて、隣のコーデリアの家まで500メートルも離れている。


 で……俺は4歳になって一人である程度歩き回れるようになった。


 俺の家は貧しい。そりゃあそうだ、ただの村人なんだから。

 それで、今現在俺は、一人遊びがてら、裏山で山菜でも採っている事になっている。

 というか、山遊びの天才と言えばここいらでは俺の事だ。

 どうしてそう呼ばれているかと言うと、食べられる山菜は当然の事として、高値で売れる薬草なんかも高確率で持ち帰ったりするのだ。

 だからこそ、両親は朝から早くから夕方まで裏山を徘徊している俺に対してはある程度の放任主義を決め込んでくれている。

 

 ――まあ、山菜採取やら薬草採取なんて、そんなしょうもない事をやっている時間はないからしてないんだけどな。



 山菜、薬草、たまに兎やらの死体。

 たまに持ち帰るそれらは全部……街で買っている。

 それで裏山に向かった事にして俺が何をしているかと言うと……村の外まで出て金を稼いでいる。



 4歳児がどうやって稼いでいるかって? あるいは、何の為に金を稼いでいるかって? 



 どうやって稼ぐかと言うと、それは俺のMPとスキルがあれば簡単な話だ。

 で、何の為に稼いでいるのかについては非常にシンプルな回答になる。



 ――強くなる為に決まってんだろ。



 と、そこで裏山へと続く田んぼ道で俺は、将来の勇者――コーデリアと遭遇した。



 絹のように滑らかな真紅の髪にワンピース、そして碧眼。

 白すぎる肌を携えた、正に天使としか表現できない常識外れの美形。

 将来は美しく育つだろう事は想像に難くないと言うか、実際にとんでもない美形に育つことを俺は知っている。


 と、そんな彼女は頬を膨らませながら俺に向けてこう言った。


「わたしもりゅーとといっしょにうらやまにいく。わたしもさんさいとる」


 すまんコーデリア。俺が行くのは裏山じゃなくて街なんだ。


「コーデリアは連れて行かない」


「うぐぐ……ぐぐ……」


 見る間にコーデリアは涙目になっていく。


「りゅーと……ぜんぜんあそんでくれない……なんで? なんで? わたしさみしい……」


 何でって言われればそれはお前のせいだとしか言いようがない。



 未だ神託を受けていないとはいえ、どこかの誰かさんが勇者認定されて、ステータスを光の速度で成長させて――異次元の領域にまで突っ走ってしまうから。




 だから俺は今の内に……ぶっちぎらなくちゃいけないんだ。




 そしてポンと俺はコーデリアの頭に掌を置いた。


「今度遊んでやるから……ごめんな」


 すると彼女の頬に大粒の涙が流れた。


「あほ……りゅーとの……りゅーとの……あほーーーっ!」


 踵を返して走り去るコーデリアは涙声でこう叫んだ。




「もう……くちもきいてあげないんだからーーっ!」




 めんどくせぇ……と思いながら俺はトテトテと走り去っていくコーデリアの後姿を見送った。

 そして彼女は途中でコテっとコケた。



「……うわぁーん! ぅ……う……ううううっ! ぁ……あほーっ! りゅーとのあほーーっ!」



 うわぁ……本当にめんどくせぇ……。

 そうして彼女が自分の家の玄関に入った所で俺は歩き始めた。


「……さて」


 裏山に入った俺はスキルの力を解放した。


 そうして疾風の速度で森の中を駆けていく。

 100メートル走に換算すると恐らく14秒フラット程度の――幼児にしては超高スピードで森を縫っていく。



 俺が使用しているのは身体能力強化:レベル4だ。



 身体強化の理屈は非常に簡単だ。

 魔力で筋繊維を補強して潜在能力の限界を超えた力を生み出すと言うものである。


 それでも、俺の年齢でこれを使える奴もいないことはない。

 まあ、相当に珍しいのは間違いないが、このスキルは近接戦闘職では必須とされている技能だ。

 物心ついた辺りから武芸のイロハを仕込まれる職業軍人の貴族の子弟なんかだったりすると、恐らく俺と同い年でも使えるだろう。


 ちなみに、コーデリアの神託は6歳の時で彼女がこのスキルを覚えたのは7歳だったか……まあ、どうでも良いな。


 更に言うとこのスキルはチュートリアル時に必死こいて覚えてレベル4まで鍛えたものでもある。


 そして……このスキルのおかげでとんでもない力を瞬間的に引き出すことはできるんだけれども、そこには当然対価がある。


 魔力で筋肉を補強するわけだから、必然的にMPを使用するのだ。

 そして、近接職はMPが低いと相場は決まっているものだ。

 だから、本当に瞬間的に爆発的に身体能力を高める場合に普通は使用される。

 例えば戦闘中だとか、例えば重い荷物を少し運ぶだけの間であるだとか。


 が、しかし、俺のMPは大人までを含めても……マジでチート級だ。



 それこそ一日中でも強化していられる。

 というか、顕現させずに力加減を加減してるだけで、実際に常に強化してんだけどな。

 最近ではMPを枯渇させるのにも一苦労で、こういう所で地道にMPを浪費しないといけなくなってきている。

 正直、色んな意味でやりすぎたと思わざるを得ない。




 で……山を抜けて平地の森林地帯へと入る。

 森を縫って走る事30分。

 ようやく街道の宿場街へと辿り着いた。


 そして道の端――誰にもならない、いつもの場所に、いつものようにゴザを敷き、料金表を設置した。

 すると数分もしない内に旅人が一人靴を脱いでゴザの中に腰をおろした。


「偉く若いな……教会の修道児か? まあ良い……銅貨2枚で良いのかな?」


 日本円で概ね2000円程度の価値だ。

 俺がうなずくと、旅人は足の裏を俺に見せてきた。


「歩き通しで血豆が潰れてね……後は純粋に足に疲労がたまっている」


 言葉を受けて俺は旅人の足に初歩治癒魔法をかけた。

 すると見る間に彼の潰れた血豆が治っていく。


「うん。ありがとう」


 満足げに頷いた彼は銅貨を差し置いて立ち上がり去っていった。



 俺がここでやっている事は即席の治癒魔法屋だ。

 こういった宿場街で一番多いのは早馬の疲労回復やら行商人の疲労回復だ。

 この街道は人通りが多く、仕事が途切れる事は無くひっきりなしに客が現れる。

 特に、俺は相場の半額以下の値段でやっているからそれはもう引っ張りだこだ。



 未だに俺のMP拡張のフィーバータイムは続いているのだが、ただ単純に魔力枯渇になるまで魔法の空連打ではつまらない。

 そして俺位の年齢だと職業魔術師の子弟であれば、初歩的な回復魔法を扱える事も珍しくはないのだ。



 ――まあ、俺のように回復魔法を無限連打できる奴は存在しない訳だが。



 そこで俺は怪しまれない程度の治療回数で街道の宿場町を回って、MPの消費と小銭稼ぎにいそしんでいると言う訳だ。



 ちなみに、ここ半年で儲かった金銭は裏山に保管していて日本円で1000万円程度になっている。

 これだけでも俺がどれくらいとんでもないMPを持っているかというのが分かるだろう。回復魔法の相場の値段ってのは需要と供給があって決定されている。



 で……俺はぶっちぎってるから荒稼ぎができると、まあそういうことだ。



 で、まあ、これでもまだ目標の金額までは遥かに遠い。

 けれど特に急ぐわけでもなし、魔力拡張を行いながらボチボチやっていってる最中といった訳だ。








 そして。

 色んな宿場町を回っている内に夕暮れとなった。


 ステータスプレートを眺めると、走り回っていた影響で身体能力強化のスキルも5になったらしい。

 うっし、とガッツポーズをとるとゴザを片付けて家路についた。



 来た道とは逆に大森林から入り、そして裏山へと抜けていく。

 裏山に埋めてある壺を掘り返し、今日稼いだ金をそこに投げ込んだ。

 で……裏山を抜けて田んぼ道に出た。


 そこで俺はコーデリアと遭遇した。


「…………」


 膨れっ面で彼女は俺を睨み付けている。


「どうしたんだ、コーデリア?」


「…………」


 無言で彼女は俺をにらみ続ける。


「だからどうしたんだよコーデリア?」


 そこで彼女はプイっと効果音と共に横を向いた。


「…………もん」


「声が小さくて聞こえねーぞ?」


「いっしょうくちをきかないって……あさにいったんだもん」


 うわぁ……めんどくせぇ……。


 俺は懐に手をやり、そして小包を取り出した。

 そしてコーデリアに近づいていく。


「ほい、お土産だ」


「……ほえ?」


 手渡された小包をコーデリアは開く。


「白パンのサンドイッチだよ。ベーコンとレタスとチーズが挟んでいる……お前、好きだろ?」


 貧農で食事として出されるパンは黒パンと呼ばれるものだ。

 非常に硬くて、ぶっちゃけ喰えたもんじゃない。

 スープに浸し、ふやかしてようやく食べれるようなもので、それは俺の知っているパンとは全く別のものだった。

 日本で食べるようなパンは、ここでは白パンと呼ばれる高級品だ。


 ちょっとした祝い事でもないと食べる機会はないもので、当然、白パンはコーデリアの好物でもある。


「…………」


 しばしの無言の後、コーデリアはニマっと笑った。


「面倒な事になる可能性があるから、今すぐ、この場で喰え」


 俺の言葉にコーデリアはコクコクと頷き、そして物凄い勢いでサンドイッチをほおばり始めた。

 実際、こんな食物を俺から貰ったと言って家に持って帰られると非常に不味い。


 父さんや母さんは俺の事を普通の幼児だと思っているしな。


「…………んっ」


 食べ終えたコーデリアは俺に向けて右手を差し出してきた。

 手をつなげと言う事なのだろう。


 めんどくせえなと思いながら彼女の手を取り、そして俺達は家に向けて歩きはじめた。


「ねえねえ、りゅーと?」


「ん?」


「きょうね、きょうね、おかあさんがね?」


「あのさ……」


「なに?」


「一生、俺と口をきかないんじゃなかったのか?」


 俺の言葉に、コーデリアは満面の笑みでこう答えた。


「こういうのをどういうかしってる?」


「ん?」


「ぜんげんてっかいっていうんだよ?」


 これには流石に苦笑せざるを得ない。


「はいはいそうですか」

 



 そうして、俺たちは手をつなぎ合ってそれぞれの家路へとついた。












 そんな生活を続けて、更に2年が過ぎ……ようやく目標の金額も溜まった。

 俺の強化プログラムは次の段階に移行する。 






 名前:リュート=マクレーン

 種族:ヒューマン

 職業:村人

 年齢:6歳

 状態:通常

 レベル:1

 HP :3→12/12

 MP :6852→10420/10420

 攻撃力:1→15

 防御力:1→15

 魔力 :1250→1923

 回避 :1→35


 強化スキル

【身体強化:レベル4→10(MAX)】


 防御スキル

【胃強:レベル2】

【精神耐性:レベル2】

【不屈:レベル10(MAX)】


 通常スキル:

【農作業:レベル15(限界突破:ギフト)】


 魔法スキル

【魔力操作:レベル10(MAX)】

【生活魔法:レベル10(MAX)】

【初歩攻撃魔法:レベル7】

【初歩回復魔法:レベル7】


 称号

【地上最強の幼児:レベル10(MAX)】

【最年少賢者  :レベル10(MAX)】

【庶民の癒し手 :レベル0→10(MAX)】

【聖者     :レベル0→3】

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