第21話 停滞と準備期間の終わり

 翌日から“邪神の呪い”を解くため、あるいは呪い耐性を獲得するために調べ物に精を出すことになった。

 幸い、呪い耐性ポーションについては兵舎の備蓄倉庫に100本単位で積まれているのを発見したので、そちらの確保はすんなりと終わった。

 備蓄品に手を出すことに対しては気が引けたが、こちらとしても余裕がないので担当者には泣いてもらおうと思う。


 ただ、呪い耐性ポーションはすんなりと確保できたのだが、その先が一向に進展しなかった。

 午前はクラスのみんなと共に講義を受け、午後の自由時間で調べ物をする。

 この行動方針で準備期間の最終日である今日まで動いていたのだが、成果はなし。

 正直、手詰まりといっていい状況だった。




「今日で準備期間が終わっちゃったけど、これからどうする?」


 夕食後、いつもの待合室で明石さんが問いかけてくる。

 当初は勝手に使っているという負い目から呪い耐性ポーションの使用を控えていたが、準備期間の後半に入ってからは必要だと感じたら躊躇なく使うようになった。

 あいにく、筆談でのんびり相談するなんていう余裕は既にない。

 そうはいっても、午前の講義中は使用していないし、午後の調べ物の際も時間を決めて一定時間ごとに報告する形にしているから、さすがに1日中使いっぱなしというわけでもないのだけれど。

 まあ、使うのが俺と明石さんの2人だけなので使いっぱなしでも配属までの期間は余裕でもつとは思う。

 検証したところ、呪い耐性ポーションの効果時間はおよそ1時間だったので、使いっぱなしにすると2人で1日20~30本くらい。

 備蓄倉庫には100本単位のケースが10ケースは詰まれていたので、最低1000本はあるはずだ。

 であれば、1ヶ月は持つ計算になるのか?

 まあ、無断使用には違いないので必要ないときにまで無駄に使おうとは思わないが。


「そうですね……。

 やはり、私たちが呪い耐性装備を確保するにはダンジョンで手に入れるのが一番確率が高そうです。

 なので、明日からの基礎訓練を頑張って、1日でも早くダンジョンに挑戦できるようにすることでしょうか」


「ダンジョンかぁ……」


 2人の会話にも出てきたように、この世界にもダンジョンが存在する。

 ちなみにダンジョンは別に魔王軍の支配下にあるというわけではない。

 講義で聞いた説明によると、周囲の魔素を吸収して自然発生するものらしく、かつては災害扱いされていたらしい。

 だが、年月が経つにつれ各国でダンジョンに対するノウハウができると、災害だったはずのダンジョンはいつしか魔石が採れる鉱山となっていたそうだ。

 実際、この国にもそのような国の管理下に置かれているダンジョンが複数存在するらしいし。


 で、何故ダンジョンの話になっているかというと、呪い耐性装備がダンジョンからしか手に入らないからだ。

 単なる装備品であれば、ギルドの売店や商会でも見たように普通に各地で生産されている。

 ただ、その生産される装備品に呪い耐性が付与されたものはない。

 正確にいえば、状態異常に関する特殊効果が付与された装備品がない。

 何故ないのかというと、単純に呪い耐性などの状態異常に関する特殊効果はヒトの手によっては付与することができないのだ。

 単純に攻撃力や防御力を上げたり、火や風などの属性を付与したりということは可能らしいのだが、状態異常についてはダメ。

 なんとも世知辛い世の中である。


「うーん、やっぱり城の宝物庫に忍び込まない?」


「いや、それは危険すぎるからやめようという話になったじゃないですか」


 自らの不幸を嘆いていると、明石さんが数日前に却下した案を再び持ち出してきた。


 俺たちが探している呪い耐性装備はヒトの手によっては作り出すことができない。

 だが、ダンジョンからは産出されるらしいので、物自体はこの世界のどこかに存在する。

 そんな、恐らくは貴重であるだろう装備品がどこにあるのか?

 そう考えてすぐに思いつくのは、やはり今いる城の宝物庫だろう。

 まあ、別に城の宝物庫に限らず、大きな商会や貴族の屋敷なんかにも保管されていそうではある。

 ただ、そちらに関しては情報が少ないので、城の宝物庫がお手軽なんじゃないかという話になった。

 大国らしい国の王城の宝物庫がお手軽というのもおかしな話だが。


 一応、初日に見学した商会にも保管されている可能性がなくもないのだが、あそこは規模が大きいとはいえ主に平民相手の商会らしいので呪い耐性装備を持っている可能性が低い。

 後、ギルドでも万が一のために呪い耐性装備を確保している可能性はある。

 あるのだが、正直、この呪い耐性装備の希少性がイマイチつかめていないので予想が難しい。

 ついでにいえば、呪いに対する対策が呪い耐性ポーションと聖水で確立してしまっているということもある。

 呪い耐性ポーションで予防して、呪いを受けた場合は聖水で解呪すればいいという考えだ。

 なので、呪い耐性装備を求めるのは、王族であったり大貴族だったりの常日頃から呪いを警戒する必要がある人達だけ。

 冒険者のように特定のケースだけ警戒する人たちには縁遠いものになるので、やはりギルドが確保している可能性が低いのだ。


「まあ、最終手段としては考えなくもないけど、まずはダンジョンで手に入れる方向でいこうよ。

 さすがに宝物庫のトラップで即死とかシャレにならないし」


 で、城の宝物庫に忍び込む案が却下になった理由がこれだ。

 まあ、まず宝物庫に案内されていないのでそれを探すところからスタートというのもあるのだが、見つけたところですんなりと忍び込めるかどうかはわからない。

 というよりも、召喚された儀式場が魔法によって封印されたように、宝物庫にも侵入者を警戒する何らかの魔法や魔法道具による罠が仕掛けられている可能性が高い。

 おそらく、単に宝物庫を守る兵士が立っているだけであれば、気づかれずに侵入することは可能だ。

 だが、魔法や魔法道具が仕掛けられていればどうなるかはわからない。

 他の人たちに認識されない俺たちでも照明の魔法道具や洗濯機もどきを使えることから、魔法や魔法道具の対象になるであろうことは想像に難くない。

 であれば、宝物庫に仕掛けられている魔法や罠次第では、あっさりとこの世界から退場なんてことになりかねない。

 さすがに、他に方法がある状況でそんな命を懸けた博打は勘弁してもらいたい。


「でもさ、ダンジョンで呪い耐性装備を手に入れるのも同じくらい危険があるかもしれないじゃない」


「それはそうですが……」


「だったら、せめて宝物庫の場所を調べておくくらいはしておいてもいいと思うんだけど」


「気持ちはわからなくもないけど、その場合、宝物庫の場所を見つけるだけで我慢できるの?」


「アハハ……」


「ハア。

 正直焦る気持ちもわかるけど、まずは身の安全を考えるべきだと思うよ?

 俺たちの存在をみんなに認識してもらう方が良いのは確かだけど、なんならこの状態のままみんなが魔王を討伐してくれるのを待つという手もないわけじゃないんだし」


 ひとまず、宝物庫への侵入を推してくる明石さんの意見を否定しておく。

 みんなと合流できる方が良いのは確かだけど、最終的な目的は元の世界に帰ることだ。

 安全第一でいきたい。


「まあ、それもわかるんだけど、みんなに認識されていないと送還魔法の対象にならないとかだと困るじゃない?」


「……」


 明石さんの意見を聞いて言葉に詰まる。

 まあ、確かに送還魔法がどういったものであるかがわからない以上、その可能性はある。

 それ以外にも、俺たちがいないところで送還魔法が使用される可能性だってある。

 そういう意味では、みんなに認識してもらうことはとても重要なことだ。


「確かに認識してもらえないことで、元の世界に帰れなくなる可能性があるのは否定しません。

 でも、クラスのみんなが元の世界に帰る、つまり魔王を討伐するのはまだまだ先の話のはずです。

 今は安全第一で一歩一歩確実に進めていきませんか?」


「……そうだね。

 ちょっと焦りすぎてたかも」


 ひとまず、本条さんの言葉で明石さんは落ち着いたようだ。

 それにしても、みんなに認識してもらう、つまり“邪神の呪い”を解くというのは俺たちがまず最初にクリアすべきことであるはずだ。

 なのに、無駄にハードルが高い気がする。

 仮にも異世界召喚によって勇者と呼ばれるような立場になったのであれば、ご都合主義的な展開ですぐに解決できるようにしてくれればいいのに。


「それで、結局明日からどうするの?

 明日から基礎訓練が始まる予定だけど」


「まだ基礎訓練の内容がはっきりしないので、明日実際に体験してから決めるしかないんじゃないですか。

 明日からは自由時間が短縮されて、午前だけでなく午後にも基礎訓練が入るようですし」


 明石さんの改めての確認に本条さんがそう答える。

 実際、この世界における訓練の仕方がわからないことにはイマイチ予定が立てられないことは確かだ。

 ひとまず俺たちもシレッと訓練に混じるつもりではあるけれど、魔法道具を使うとかで訓練に参加できないなんてことも考えられる。

 そうでなくても、講義とは違って個別の指導が増えるだろうし、俺たちが満足に訓練できるかもわからない。

 その状況次第では、明石さんが提案していた城の宝物庫への侵入も現実味を帯びてくるかもしれない。


「はぁ……。

 にしても基礎訓練か~。

 運動とか苦手なんだけど、私」


「私もです。

 ……今色々と考えていてもしょうがないですし、もう明日に備えて部屋に戻りませんか?」


「そうだね。

 詳しいことはわからないけど、メリッサさんの話だと普通のランニングとか筋トレみたいなこともやるみたいだし」


「ランニング……」


「筋トレ……」


 本条さんの提案への同意に付け加えた言葉に対し、2人が絶望したようにつぶやきを漏らす。

 まあ、2人とも文科系っぽいし、そういう反応も仕方ないのかもしれない。

 少し大げさな気がしないでもないけど、異世界の訓練のレベルがわからないからな。

 異世界の訓練という言葉のイメージからだと、俺だってそんなに余裕があるとは思えないのだし。


 まあ、何にしてもまずは明日の基礎訓練だ。

 呪い耐性装備をダンジョンに求めるにしろ、城の宝物庫に侵入するにしろ、訓練で鍛えておいて困ることはないだろう。

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