第9話 迷子

 ……さて、どうしようか。

 今、俺の目の前ではそこそこ偉そうな文官系の人たちが話し合いをしているのだが。


 内容としては、召喚勇者たちの今後の予定をどうするかだ。

 いや、正確には今後の予定は宰相が話した通りなので、どうやってその予定を遂行するかを検討しているらしい。


 そもそも、今までの勇者召喚ではほとんどが2、3人のの召喚で、まれに4人のケースがあり、さらにまれなケースとして1人と5人のケースがそれぞれ1度だけあったそうだ。

 なので、今回の勇者召喚に関しても想定人数は3人であり、予備、もしくは万が一のためにもう3人分、合わせて6人分の準備がされていたらしい。

 だが、ふたを開けてみれば今回の召喚勇者の人数は25人。

 当然のごとく、準備していたものが足りず、こうやって緊急の打ち合わせが行われているらしい。


 というか話を聞いていると、元々の予定であれば泊る場所も王城内の一室で、夕食も専用に用意された豪華なものがあったらしい。

 そして、その夕食の際に王様以外の王族との顔合わせが予定されていたようだ。

 さらに、かつての勇者が使用していたという強力な装備が用意され、訓練も近衛騎士や宮廷魔導士から選抜された優秀な教師がマンツーマンで指導し、日々の生活についても1人1人に専属の従者をつけてサポートする用意をしていたらしい。


 だというのに召喚された勇者は25人。

 準備していたもののことごとくが使えなくなってしまった。

 一応、25人の中から優秀な者を6人ほど選抜して優遇してしまえばいいのではないかという案も出たらしいが、周囲との関係性を壊す懸念があるとのことで没になったようだ。

 で、結局のところ、用意できるもので代用するということに決まったみたいだ。

 幸いにして、兵舎にはそれなりの物資が確保されているのでそれを回すらしい。

 元々用意されていたという至れり尽くせりの待遇も、それを知らなければ現状の待遇で満足するだろうとのこと。


 ……まあ、俺は知ってしまったわけだが。

 もっとも、そもそもの話としてそれ以前の状況なので関係ないか。


 打ち合わせというか、現状確認のようなものがそういう結論に達し、具体的にどのように物資や人員を割り振るかという話になったタイミングで俺は部屋を出た。



 ……さて、どうしようか。

 魔法の道具によって明るく照らされている廊下に立って考える。


 既に気づいているかもしれないが、俺はクラスメイト達がいる部屋に戻る途中で道に迷ったらしい。

 記憶にある限り、儀式場のあった建物から一度曲がるだけで兵舎にたどり着いたはずなんだが。

 まあ、どう考えても曲がる方向を間違えたんだろう。

 兵舎に向かうために建物を出たとき、前方に巨大な王城が見えていたのでおそらく今いるのはその王城の中のはずだ。


 とりあえず、入ってきた扉を抜けて通路に沿って真っすぐ行けばおそらく儀式場のあった建物、クラスメイト達がいる部屋へとたどり着くだろう。

 そう考え、俺は元来た道を歩き出した。



 しかし、今後のためになるかと思って文官系の人たちの話し合いを聞いてみたが、聞けたのは微妙な裏話だけだったな。

 有用だったのはステータスチェック用のプレートが兵舎の中の一室に召喚勇者たちのために設置されることになったことくらいか。

 まあ、それも訓練が開始されれば普通に説明されただろうから、数日早く知れたくらいでしかないが。

 それでも、まともにステータスチェックができなかった俺としてはありがたい情報だ。

 もしかしたら、“邪神の呪い”以外にも現状の手掛かりになるようなことが分かるかもしれないし。


 ……そういえば、本条さんと明石さんはステータスチェックをしているのだろうか?

 俺と同じように認識されていないってことは、ステータスチェックの順番も同じようにスルーされたとは思うんだが。

 であれば、ステータスチェックをしていない可能性が高いか。


 とりあえず、戻ったら2人と一緒にステータスチェックを受けるためにプレートのある部屋を探してみるか。

 話し合いの内容が真実であれば、保管場所に戻さずに部屋へとそのまま設置するという話だったし。



 そんなことを考えていると、前方から場違いな制服姿の一団が歩いてくるのが見えた。

 どうやら、打ち合わせを立ち聞きしている間に宿舎へと移動する時間が来てしまったようだ。


 しかし、どうしようか。

 このままみんなについていくべきか、それとも元の部屋へと戻るべきか。

 本条さんたちの姿が見えないから判断できないんだよな。

 ……とりあえず、向かってくるクラスメイト達の中を逆に進んでみるか。



「きゃあっ!?」


 流れに逆らって進んでいると、クラスメイト達の後ろにいた兵士たちをすり抜けたタイミングで本条さんの悲鳴が聞こえた。

 どうやら、本条さんたちはみんなと一緒に行動することを選んでいたようだ。

 しかし、悲鳴を上げるなんて何かあったんだろうか?

 そう思って、その場で立ち止まって周囲を見回してみるが特に何も見つからない。


「……えっと、突然現れた田中君に驚いただけなので、周りには特に何もないですよ。

 それよりも、みんなが行ってしまいます。

 歩きながら話しましょう」


 ……どうやら、俺が原因だったらしい。

 というか、いきなり人をすり抜けて誰かが現れたら、そりゃ驚きもするか。


「ところで、どこに行っていたんですか。

 私も明石さんも心配していたんですよ」


 みんなに置いていかれないように歩き出すと、本条さんが話しかけてきた。

 まあ、元いた部屋に戻るだけなのに急にいなくなったんだから、そりゃ心配するよな。

 ……でも、普通に道を間違えただけっていうね。


「ごめん。

 ちょっと道に迷っちゃって」


「えっ、迷ったんですか。

 でも、兵舎からつながる通路をたどるだけですよね」


「いや、それが曲がる方向を間違えたみたいで」


「……」


 表情は見えないが、今、本条さんは呆れたような顔をしている気がする。

 王城から歩いてくるときに気づいたんだけど、儀式場のあった建物への通路と比べると距離も違えば周りの様子も違う。

 さらに建物については比べるまでもなく規模が違う。

 いくら夜になって周囲が見にくくなっていたとはいえ、普通は気づく。


「……。

 それで、これって今日泊る兵舎に向かっているんだよね。

 部屋割りとかは決められたの?」


 なんとなく気まずい空気が流れている気がするので、話題を変えることにする。

 本条さんもこの話を引っ張る気がないのか、すぐに答えてくれた。


「はい、今は今日泊ることになる兵舎へと移動しているところです。

 部屋割りについては、兵舎がもともと男女別に分かれているそうなので、そこでこちらも男女に分かれるそうです。

 それで部屋自体は2人部屋らしいので、移動する前に2人組に分かれるように部屋割りを決めていました」


「そっか、やっぱり男女別になっているんだね。

 えーっと、俺はどうしたらいいかな?

 本条さんたちと一緒っていうのはまずいよね」


 本条さんの答えを聞いて、俺は懸念していた問題を聞いてみる。

 女子2人に男子が1人。

 見えず、触れずという状況であっても、一緒に寝るのは拒否感があるだろう。


「それについてですが、明石さんとも相談したんですけど、田中君も一緒の部屋にしてもらおうと思っています」


「えっ、いいの!?」


 俺は本条さんの言葉に驚き、姿が見えないにもかかわらず、本条さんの声がする方を勢いよく振り返る。

 男女別に分かれた後にどうやって合流するかを相談しようと思っていたのに。


「はい。

 明石さんとも話していたんですが、今はそういう問題よりも同じ境遇にいる3人で一緒に行動して協力するほうが重要だと思いますので。

 今回はどうにかなりましたけど、今後は単独行動した結果、二度と合流できないなんてことになる可能性もありますから。

 ですので、そういう合流の仕方とか現在の私たちの状況とかがある程度はっきりするまでは、できる限り一緒に行動しようという話になったんです」


 なるほど。

 さっき、俺がはぐれていなくなっていたことが影響しているのか。

 というか、言われてみればその通りだよな。

 今回は合流しようと思ってすぐに本条さんに見つけてもらえたからあまり気にしていなかったけど、もしタイミングがズレていてみんなが移動した後の部屋に戻っていたら1人で途方に暮れていたかもしれない。

 であれば、この申し出はありがたく受けるべきだ。


「そっか、明日の朝の合流場所と時間だけを決めておけばいいかなと思っていたけど、そうしてもらえるのであればそのほうが嬉しいかな。

 さっきみたいな不注意なことはしないつもりだけど、何があるかわからないしね」


「まあ、明石さんは田中君がみんなから見えないことをいいことにエッチなことをしないか監視しないといけない、なんて言っていましたけどね」


 2人からの申し出に感謝していたら、本条さんが苦笑交じりにそんなことを付け加える。


 つーか、明石さんひどいな。

 クラスにいたときはそんなことを言うようなキャラには見えなかったんだが。


 というか、俺としてもこんな状況でそっち方面の暴走をする気はないんだが。

 いや、本条さんに声をかけてもらえていなかったら自棄になってそういう行動に出ていたか?

 ……それでも、さすがに初日からそういう行動をとることはないな。

 うん、であれば問題なしだ。


「ところで、本条さんたちはステータスの確認をしたりした?」


 本条さんであればこれ以上いじってくることはないと思うが、なんとなく別の話に切り替える。

 まあ、そうでなくても聞いておこうと思っていた内容だが。


「!?

 そうでした、田中君はステータスチェックを行ったんですよね。

 どういった内容だったんですか?

 その後にショックを受けたように固まっていましたが」


 俺の振った質問に本条さんが驚いたような反応を見せた後、逆に俺に質問を返してきた。

 というか、表情も見えていなければ声すら聞こえなかったんだが、なんで本条さんが驚いていることがわかるんだろうか。

 見ることはできないのにそういう空気だけは伝えてくるのか?


「あー、ごめん。

 ステータスチェックはやったんだけど、一部しか見れなくてちゃんとは確認できていないんだ。

 ……まあ、その確認できた一部がアレだったわけなんだけど」


 そう答えつつ、俺は〝邪神の呪い”のことを思い出してげんなりする。

 俺のことを認識してくれる本条さんがいて、同じ境遇の明石さんがいることも分かって、なんとなく安心していたけど、別に状況が良くなったわけではないんだよなぁ。

 1人で悩まなくてよくなったのはいいんだけど、結局呪われている状況は変わらないのだし。


「えーっと、ステータスに何か問題があったんですか?」


 俺が付け加えた微妙な言葉に対して、本条さんが不安そうに聞いてくる。

 どう答えようかと考えつつ、ふと前方に目を向けると、俺たちが泊ることになるであろう兵舎が目の前に迫っている。


「うん、どうやら俺たちは、いや、少なくとも俺は邪神に呪われているらしいよ」


 詳しいことは中に入ってからでいいだろう。

 明石さんの意見も聞いてみたいし。

 そんなことを考えながら、本条さんにそう答えを返していた。

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