第8話 夕食

 で、しばらくは筆談で進めようということになり、本題である今後の相談を始めようとしたわけなんだが。


≪おなかすいた(泣)≫


 そんな言葉が明石さんによって書き込まれた。

 そう、俺たちの周囲ではすでにクラスメイト達が夕食を取り始めていたのだ。


 明石さんの気持ちも分からなくはない。

 用意された夕食は、焼いた肉にスープ、そしてパンと、決して豪華なメニューではない。

 だが、厚切りにされた肉からは香ばしそうな匂いが漂い、スープからも何とも言えない旨そうな匂いが漂ってきている。

 そして、それをおいしそうに食べるクラスメイト達。


 正直、何のいじめだよという気分だ。


 でも、窓の外を見る限りでは暗くなり始めたところで、召喚されてからの時間経過を考えても元の世界の18時くらいだと思う。

 まあ、何回か意識を飛ばしていた気がするので時間経過については自信がないが。

 それでも俺の普段から考えると、まだ夕食の準備をしているころなので、そこまでお腹がすくような時間ではないはずだ。


≪わたし、ダイエット中でお昼たべてないんだよぉー(泣)≫


 そんなことを考えていると、明石さんから追加の書き込みがあった。

 ……さすがに昼食抜きだとこの状況はつらいかもしれない。


≪とりあえず、夕食を確保しようか≫


 なんか可哀想だったので、そう提案した。




 話し合いの結果、俺たちは夕食を確保するために会議室を出て城?の中を移動している。

 本条さんと明石さんも一緒にいるはずなのだが、姿が見えないのではっきりとはわからない。

 ちなみに、クラスメイト達の夕食はすでに終了している。

 俺たちはその夕食を片付けに来たメイドさんたちの後ろについていくことで夕食を確保しようとしているのだ。


 俺としては、応急処置的に近くのクラスメイト達からパンをくすねようというくらいの提案だった。

 見たところクラスメイト達には1人当たり3つのパンが配られていて、簡単に確保できそうでもあったし。

 だが、明石さんはそうは捉えなかったようで、どうやってちゃんとした夕食を確保するかという問題を提起してきた。

 こんな状況なんだからパンだけで我慢しろよ、とも思ったんだが、今後のことを考えて食料のある場所は把握しておくべきだという追加意見に賛成した形だ。


 どういう手段で食料のある場所を把握するかについては簡単だった。

 まあ、他に方法を思いつかなかっただけではあるんだが。

 要は、今やっているように夕食を持ってきたメイドさんたちについていくという方法だ。


 ちなみにこのメイドさんたち、当たり前だが本物のちゃんとしたメイドさんだ。

 テレビなんかで紹介されるようなミニスカのメイドさんではない。

 見た目としては俺たちと同年齢くらいの可愛い女の子なんだが、その動きは洗練されていてプロの仕事を感じさせるものだった。


 きびきびとした、それでいて洗練された優雅さを見せるメイドさん達の後をつけること10分ほど、俺たちは目的の厨房へとたどり着いた。

 どうやら俺たちが召喚された儀式場がある建物は王城からは独立した建物であったらしく、通路を通って別の建物へと移動している。

 といっても、たどり着いた厨房も王城の中にあるものではなく、王城から独立した別の建物の中のものだ。

 隣の食堂で兵士たちが夕食を取っていることから、おそらく兵舎に備えられた厨房だろう。



「さて、本条さん、明石さん、ちゃんといる?」


 とりあえず、目的の場所へと着いたので、2人が一緒にいるかを確認する。

 この場では筆談で会話するのは難しいので、本条さんの通訳による会話が頼りだ。


「あっ、はい。

 私も明石さんもちゃんといます」


 大して間もおかずに本条さんから返事が返ってくる。

 2人とも問題なくついてこれていたらしい。

 まあ、メイドさんたちもそれなりの人数がいたので見失う方が難しいくらいではあったが。


「じゃ、都合よく兵士さんたちに用意された夕食が並べられているし、それをもらって隣の食堂で食べるということでいいかな?」


 俺は厨房と食堂をつなぐカウンターに並べられた夕食を見ながらそう提案する。

 どうやら、ここでは1人1人に夕食をよそって手渡すという形式ではなく、事前に夕食を用意して各人に勝手に持って行かせるという形式をとっているらしい。

 周囲の人たちに認識されない俺たちにとって非常に都合のいい形式だ。

 まあ、手渡しの形であっても自分で勝手によそっていただけだろうが。


「はい、それでいいです。

 というか、明石さんが待ちきれないみたいなので急ぎましょう。

 それから、席は向かって右奥の空いている席ということでお願いします」


 本条さんから了解の返事が返ってくる。

 ついでに夕食をとる席の指定付きだ。

 まあ、席は指定しておかないと気付かずに離れた席で食べることになっていたかもしれない。

 たぶん本条さんが気付いて声をかけてくれたんだろうけど、無駄なことは省くべきだ。


 夕食を取りに来る兵士が途切れたタイミングを見計らって、俺も夕食を取りに動き出す。

 改めて夕食のメニューを見てみるとクラスメイト達が食べていたものと一緒だった。

 召喚された勇者様であっても特別メニューが用意されるということはなかったらしい。


 並べられた夕食を取ろうとした瞬間、逆サイドの夕食が2つ視界から消える。

 2人が夕食を持って行ったということなんだろうが、突然のことに驚いてしまう。

 今更気づいたんだが、この夕食が兵士たちの人数分しか用意されていない場合、どうなるのだろうか?

 ……まあ、気にしてもしょうがないか。

 仮に足りなくなっていたとしても、兵士たちであれば何かしら食べるものを用意するだろう。

 俺たちのように周囲から認識されないというわけではないのだから。


 そんなことを考えながら、俺は夕食を手に2人が待つであろう席へと向かって行った。




「あっ、そこに座って、田中君。

 私たちは向かいの席に並んで座っているから」


 夕食を持って指定された席にたどり着くと本条さんからそう声をかけられた。

 何となく同じ席に座ってしまったらどうしようなどと考えていたのだが、向かい側に目を向けるとそもそも椅子が存在しなかった。

 ついでに言うと、机の上に置かれているであろう2人の夕食も俺には確認できなかった。

 筆談に利用していたノートと同じように2人の手からは離れているはずなのだが、単純に手を離すだけでは見えるようにはならないらしい。

 個人の物はダメみたいなルールっぽいので、食べている最中は手を離していても2人の所有物だという扱いなのかもしれない。


「じゃあ、俺も食べることにするよ。

 早くみんなのいる部屋に戻りたいし、食べることに専念するということでいいよね」


 俺は席に着きながらそう返す。

 クラスメイト達の夕食後、おおよそ1時間後に宿舎への案内を寄越すと告げられていた。

 一応、まだ時間的に余裕はあるはずだが、早く戻るに越したことはないはずだ。


「そうだね。

 私も食べながら2人の通訳をするのは難しいし」


 そんな本条さんの返事を聞きつつ、俺は夕食を食べ始める。



 しばらく黙々と夕食をとり、残すはスープが少しといったところで俺はようやく周囲から聞こえていた声について考え始める。

 といっても、正直大した内容の話ではない。

 今日、召喚の儀式が行われたことについての噂話をしているだけだ。

 それも“勇者”と“聖女”がいたとか、今回は召喚された人数が25人もいるとかいう表面的な情報しかない。

 たまに魔王軍との戦争の状勢についての話が出ても獣人の国が落とされたという話だけで、それをいかに今回召喚した勇者たちが挽回するかという話しかない。


 まあそんなものかと思いつつ、スープを飲み干す。

 とりあえず、兵士たちにも召喚の儀式が行われたという事実が伝わっていることは確認できた。

 大して疑っていたわけではないが、王様や宰相が秘密裏に俺たちを召喚してどうこうしようとしている可能性は低そうだ。

 といっても、王城内だけで情報が止められている可能性がなくもないが。

 それでも、兵士たちからも獣人の国が落ちたという話が出ている以上、ヒト種の国々が劣勢なのは事実なのだろう。

 であれば、少なくとも劣勢を覆すまではクラスメイト達が害されることはないのではないだろうか。



「お待たせしました。

 私たちも食べ終えましたので戻りましょう」


 俺が夕食を食べ終えてから間もなく、本条さんから声がかかった。

 2人が食べている姿は見えなかったが、特に食べるペースが遅いというわけではないようだ。

 まあ、こんな状況だから急いで食べたという可能性もあるが。


「じゃあ、戻ろうか」


 そう返してから俺は席を立ち、そのままカウンターへと向かう。

 2人の姿は見えないが一緒に来るだろう。


 食堂と厨房とをつなぐカウンターに着くと、俺は前にいた兵士たちが離れるのを待つ。

 カウンターは右側が受取用、左側が返却用となっており、兵士たちが離れたタイミングで空になった食器が乗ったトレイを置く。

 すると、ほぼ同時に2つのトレイが出現した。

 2人も同じように兵士たちが離れるのを待っていたらしい。


「行きましょう」


 斜め後ろから本条さんの声が聞こえる。

 俺はその声にうなづくとクラスメイト達のいる部屋へと歩き出した。


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