第7話 合流

「!?」


 俺は驚いて、声がしたほうを勢いよく振り返る。

 だが、そこに期待した美少女(願望)の姿はなかった。


 俺は疑問に感じつつも周囲を見回すが、やはり誰の姿もない。

 見えるのは少し離れた席に座るクラスメイトと壁際に立つ兵士たちだけだ。


「ごっ、ごめんなさい。

 私の姿も見えなくなっているみたいです。

 私のほうからは見えるんですが」


 再び申し訳なさそうな声が聞こえた。

 今度はさっきよりも近そうだ。


「えーっと、ごめん、誰かな?

 女子なのはわかるんだけど」


「あっ、ごめんなさい。

 本条清香さやかです、クラスメイトの」


 本条さん。

 クラスメイトの誰かだろうとは思っていたが、本条さんか。

 そういえば、召喚されたときに姿が見えなかったクラスメイトの一人だな。

 ……うん?

 ということは、姿の見えなかった他のクラスメイトもこの世界に召喚されているのか?


「そう、本条さんか。

 もしかして、他に姿が見えなかったクラスメイトもそこにいるの?

 五十嵐とか」


「ごっ、ごめんなさい。

 ここにいるのは、他には明石さんだけです。

 五十嵐君、三井君、七瀬さんの3人は、最初から姿を見ていないです。

 田中君と明石さんの姿は最初から見えていたんですけど……」


 なんか、本条さんに謝られてばかりだな。

 別に謝ってもらう必要なんてないのに。

 というか、むしろ俺としてはお礼を言って拝み倒したいくらいなんだが。


 しかし、いるのは明石さんだけか。

 姿の見えない3人は、やはり召喚されなかったのか?それとも別の場所に?


「それで、その、田中君とも一緒に相談をしたかったので声をかけたんですけど、その、よかったですか?」


「いや、よかったというか、むしろ大歓迎だよ。

 1人でどうやってみんなにアピールしようか悩んでたくらいだから。

 と、そういえば、召喚された儀式場でも声をかけてくれたよね。

 ありがとう。

 おかげで儀式場に一人で取り残されるなんてことにならずに済んだよ」


「えっ、そ、そんなこと。

 私も田中君が閉じ込められるようなことにならなくてよかったと思います」


 ふと思い出して、儀式場でのことに対してお礼を言うと本条さんは照れたような声で返してきた。

 その声を聞いて、本条さんについてしっかりと思い出すことができた。

 彼女はクラスの中でも目立たない女の子だった。

 別にぼっちというわけではなかったが、女子の中でも控えめでおとなしい感じだ。

 正直ほとんど接点はなかったんだが、いつかの授業で一緒のグループになり、そのときに見たはにかんだような笑顔がとてもかわいかったことを覚えている。


「ところで、明石さんの声が聞こえないけど、どうかしたの?」


「あっ、やっぱり聞こえていないんですね。

 明石さんも何度か田中君に声をかけていたんですが」


「声をかけていたって、本条さんと同じタイミングで?

 だったら、俺には本条さんの声しか聞こえていなかったんだけど」


 どういうことだろうか?

 まさか、俺は本条さんとしか会話ができない?

 姿が見えないのは本条さんも一緒なので、明石さんとも会話はできると思っていたんだが。


「えっと、よくわからないんですけど、明石さんも田中君の声は聞こえないみたいで。

 あぁ、もちろん姿も見えていないそうなんですけど。

 それで、あの、このノートは見えますか?」


 そんな本条さんの言葉とともに、目の前の長机の上に突然ノートが出現した。


「うおぅっ」


 突然のことにびっくりして声を出してしまった。

 というか、所詮はノートなんだから別にビビる必要もないだろうに。

 で、ノートには丸っぽい文字でこう書かれていた。


≪やっほー、明石灯里あかりだよ(ハート)≫


 ……。

 あれっ、明石さんってこんなキャラだったっけ?

 なんというか、本条さんと同じようにおとなしい印象で、クラスでもいつも本を読んているイメージだったんだが。


「なに、これ?」


 俺は訳が分からずに本条さんに尋ねる。


「えっと、ノートは見える?

 あと、ノートに書かれている文字も」


「うん。

 〝やっほー、明石灯里だよ(ハート)”って書かれているね」


「良かったぁ。

 実験成功だよー」


 なんだろう、本条さんがうれしそうな、安堵したような声を出している。

 というか、実験というからにはこの文字は明石さんが書いたんだろうか?


「もしかして、筆談できるかどうかの確認?」


「そうだよ。

 これがダメだったら、私が2人の通訳をしないといけないところだったよ」


 筆談か。

 めんどくささを感じないでもないけど、本条さんに通訳してもらうような頼りっきりよりはマシか。

 ……ん、というか。


「もしかして、筆談なら他のみんなともコミュニケーションが取れる?」


 ふと思いついたことを口に出す。

 だが、自分で口に出しておいてなんだが、たぶんダメなんだろうなという考えがすぐに思い浮かぶ。


「えっと、明石さんとも試してみたんだけど、他のみんなには見えないみたいで。

 ごめんなさい」


 実際、すぐに本条さんからも否定された。

 まあ、当然だよな。

 俺に確認するのであれば先に平井先生あたりに試していそうなものだし。

 で、結果がうまくいったのであれば、何らかの反応があってしかるべきだ。


「あっ、ごめん。

 思いついたことを口に出しただけだから、別に謝ってもらう必要はないよ。

 さっきも言ったけど、本条さんに声をかけてもらえてすごく感謝しているから」


 そんなことを言っていると、いつの間にか消えていたノートが再び目の前に現れた。


≪これからのことについて何か考えはある?≫


 そんなことが書かれていた。

 おそらく、明石さんが書き込んだものなんだろう。

 というか、書き込んでいるときはノートが見えなくなるのか……。

 明石さんが持つとダメという感じなんだろうか?


「それで、田中君はこの後どうしようとか、何か考えていたりしますか?」


 たぶん、明石さんから口頭でも伝えられたのだろう。

 本条さんからも同じような質問をされる。

 でも、さっきまでは周囲にいかにアピールするか、というか例の声の美少女、本条さんと接触することを目標にしていたからなぁ。

 今後のことについてはほとんど考えることができていない。


「うーん、悪いんだけど、さっきまでは儀式場で声をかけてくれた人と接触することを考えていたから、今後のことまでは考えられていないんだよね。

 精々、俺の分の食事は用意されないだろうから今日の夕食をどうしようかとか、今日どこで寝ようかとか、今後もみんながもらえるような物資を俺はもらえないんだろうなとかいうことを不安に思っていたくらいだよ」


「あ、そっか。

 私たちの夕食は用意されないんだ……」


 本条さんはハッとしたようにそうつぶやくと黙り込んでしまった。

 というか、気づいていなかったんだな。

 やはり、明石さんとはもっと先の、というかどうやってみんなに気づいてもらえるかを話し合っていたんだろうか。


 ……。

 随分と黙り込んでいるな。

 まさか、俺を放置してどこかにいったりしていないよね。


「えーと、本条さん、いる?」


 不安になったので口に出して聞いてみる。


「あっ、ごめんなさい。

 明石さんと話し込んでしまっていて」


 なるほど、明石さんと話していたから俺には本条さんが黙っているように感じられたのか。

 ……うん?

 おかしくないか。

 なんで、明石さんと話しているだけで本条さんの声が聞こえなくなるんだ?

 一対一でしか話ができないようになっているのか?それとも別の理由で?


 とりあえず、ノートに書いて質問してみるか。

 俺が書いた場合にちゃんと通じるかの確認もしていないし、さっき現れた時にちょうどシャーペンも一緒に出てきているしな。


≪明石さんは俺と本条さんが話しているときに本条さんの声は聞こえてる?≫


 そう書いて机の上にノートを置いてみる。

 すると本条さんから反応があった。


「えっと、どういうことですか?」


「いや、本条さんが明石さんと話しているときに本条さんの声が聞こえなかったから、どうなっているのかなって。

 さっきまで普通に話していたんだから、本条さんの声は聞こえてもいいんじゃないかと思って」


「!?

 たしかにそうですねっ」


 本条さんから驚いたような雰囲気が伝わってくる。

 姿は見えないのにそういうのは感じるとか、本当にどうなっているだろうか。


≪1人としか話せないとか?2人に話しかけたらどうなるんだろう?≫


 少しするとノートにそんなことが書き込まれた。

 確かにどうなるんだろうか?

 まあ、別に難しいことでもないし、試してもらえばすぐにわかるだろう。


「えっと、じゃあ、2人とも聞こえますか?」


 先ほどまでよりも少し離れたところから本条さんの声が聞こえた。

 たぶん、2人に話しかけるということで両方に向き合える位置に移動したんだろう。


「俺は聞こえているよ」


「あっ、2人も私の声が聞こえたみたいです」


 俺が返事を返すと本条さんがやや嬉しそうに結果を教えてくれる。


「つまり、本条さんの意識の問題ってこと?

 それとも移動したことで2人とも聞こえるようになったのかな?」


「あっ、どうなんでしょう。

 さっきの位置に戻ってもう一度やってみますね」



 位置を戻してみたり、離れてみたり、いくつか確認してみたところ、結局本条さんの意識の問題だということが分かった。

 2人相手に、つまり、俺と明石さんに話しかけると意識しながら話すと2人に聞こえるようだ。

 で、意識せずに話した場合は1人にしか聞こえない。

 ノートを確認してすぐの俺と本条さんの会話も実は明石さんには聞こえてなかったらしい。


 ……なかなかにめんどくさい。

 常に2人同時に聞こえているのであればよかったんだが、本条さんの意識次第だとかなり面倒だ。

 さっきの会話のように実は聞こえていませんでしたということが起こりかねないから。

 しかも、それに気づきにくい。

 連続した会話の中で聞こえなくなったのであれば、違和感を感じるかもしれないが、独立した会話だとそもそも気づくことができないだろう。


 結局、本条さんを通した話し合いの結果、確実を期すために当面の間は筆談で会話しようということになった。


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