第6話 待ち時間

 宰相からの説明が終了すると、王様と宰相、それからほとんどの兵士は部屋から退出した。

 今は監視のため、もしくは警護のための兵士が壁際に少し残っているだけだ。


 そのためか、部屋の中にはしゃべり声が増えた。

 といっても、近くに座っている仲のいい友達と今後のことを話したり、席を移動して平井先生のもとへ相談にいったりという感じなので明るい雰囲気になったというほどではない。

 それでも、〝強くなる”、〝魔物を倒す”といった今後に対して前向きな発言も聞こえているので、召喚当初に比べればかなりましにはなっているだろう。

 まあ、半分くらいは不安を隠すための強がりのような気もするが、今後のことを考えれば強がりでも前向きになるべきなんだろう。


 で、俺はというとみんなの席を回っての聞き込みを終えたところだ。

 まあ、気づいてもらえないので、聞き込みというよりも単なる盗み聞きなんだが。

 というか、儀式場から移動する際に声をかけられたことから、誰かは俺に気づいているはずだ。

 であれば、みんなの席を回っていれば再び声をかけてもらえると思っていたんだが、結局は誰にも気づかれずにもとの席に戻ってきてしまった。


 あの時の声は幻聴だったのか?

 そんなことも考えるがそれにしてはタイミングも内容も俺に都合が良すぎた。

 幻聴でなければ俺に声をかけてくれた誰かがいるはずなんだが、それも見つからないし。


 ……焦らされている?

 まさか、俺のこの状況を見て楽しんでいるのか?


 いやいやいや、さすがにそれはないだろう。

 いくらなんでもこの状況でそんなことをするとか、ドSどころか鬼畜の所業だ。


 しかし、だとすればどういうことだろう?

 正直、声をかけられるというか、接触があるのであればこのタイミングだと思っていた。


 今は夕食が用意されるまでの待ち時間という状況で、この場で夕食をとった後に男女別に宿舎へと案内されることになっている。

 このタイミングを逃すと夕食をとりながらか宿舎に移動してからということになる。


 ……ん、俺の夕食ってどうなるんだ?

 この後のことを考えていると、ふと大事なことに気付いてしまった。

 俺の存在が気付かれていない以上、この場に俺の分の夕食が用意されることはないだろう。

 というか、今後、食事を含めた俺に対する一切の用意はないはずだ。


 ……つまり、このままいくと餓死する?

 いやいやいや、さすがにそれはない。

 いくらなんでも餓死するくらいなら、適当に食料なり必要なものを盗むことを選ぶ。

 しかし、このままいくと犯罪者ルート確定なのか。

 やはり一刻も早く俺のことに気付いている美少女(願望)と接触しなくては!!


 まあ、冗談はさておき、真面目にどうするか。

 とりあえず、この部屋に来たことで新たに扉や壁、机に椅子といった設置物に対しては触れることができることは分かった。

 で、触れられるのならばと、聞き込みの最中に席を立ったクラスメイトの椅子を持ち去ることで存在をアピールしたんだが……、まさかそれでも気付かれないとは思わなかった。

 普通に椅子が動いたことくらいは認識されるだろうと思っていたのに、特に何の反応もなく別のところから椅子を持ってくることで対応されてしまった。

 相手からするとどういう認識になっていたんだろうか?

 周りのクラスメイトがイタズラで椅子を動かしたという認識なんだろうか?それとも元々の椅子の存在をなかったことにされたのだろうか?


 近くのクラスメイトも椅子を新たに持ってきたことに対して無反応だったので、椅子の存在がなかったことにされたのが正解な気がする。

 ただ、諦めて俺が椅子を手放すと、邪魔だったのかその椅子を普通に動かしていたので俺の手から離れると存在を認識できるようになるみたいだ。


 つーか、俺が持つだけで存在がなかったことにされるとか“邪神の呪い”怖すぎだろっ!


 なんというか、マジでへこんだ。

 まあ、それもあってもともと座っていた席に戻ってきたわけなんだけども。


 本来であればもっといろいろと試すべきだとわかっているんだが、存在を完全に無視されるのはきつい。

 これが数年、最悪数十年続くとか、正直持つ気がしない。

 というか、1人だと1ヶ月持たずに首をくくる自信がある。


 ……俺が死んだ場合、存在は認識されるようになるんだろうか?

 その場合は俺の死体がいきなり現れるような感じになるんだろうか?


 異世界転移から1ヶ月後に居ないと思っていたクラスメイトが死体で出現する。

 ……トラウマものじゃないかな?

 それは言い過ぎだとしても、平井先生とかはかなり気にしそうだな。

 自分が異世界で普通に生活しているのに、生徒が存在すら認識されずに人知れず死んでいたとか。


 いや、そもそも死んだからといって存在が認識されるようになるとも限らないか。

 あーでも呪いって死んだら解けるイメージだわ。

 ……うん、平井先生のためにもできる限り生き残る努力をしよう。



 そうであれば、いつまでもこうしているわけにはいかない。

 今後のことを考えてもどうにかして俺の存在に気付いてもらう必要がある。

 全員に気づかれなくても、せめて例の声の美少女(願望)との接触は図りたい。


 となるとやはり、どうにかしてアピールするくらいしか思いつかないわけなんだが、意外にアピール方法が思いつかない。

 普段であれば、声を上げるなり、肩をたたくなりすればすぐに気づいてもらえるんだが、今はどちらも使えない状態だ。

 いや、使えないというより意味がないという感じか。

 であれば、みんなが認識している何かを利用する形だと思うんだけど、椅子がダメだったんだよなぁ。

 より存在感のある長机については固定されているのか、動かすことができなかったし。

 うーん。

 椅子を使って窓ガラスでも割ってみるか?

 破壊行為に対して若干のためらいがあるが、仕方がない行為だと割り切ろう。

 でも、窓ガラスを割った場合、どういう認識になるんだろうか?

 やはり、突然ひとりでに割れたことになるのか?


 突然、次々と割れていく窓ガラス。

 ……呪いかな?


 なんというか悪霊的な怖さがあるな。

 まずはもう少し穏便な方法を考えるべきか。


 ……。

 シンプルに扉を開けてみるか?

 たぶん、扉が勝手に開いたことになるんだろうけど、閉められるたびに延々と嫌がらせのように扉を開け続ければ気づいてもらえるのではないだろうか。

 いや、延々とひとりでに開き続ける扉というのも十分にホラーだとはわかっているけども。

 でも次々と割れていく窓ガラスというよりは穏便だろう。


 よしっ、そうと決まれば行動に移すのみだ。



「あのっ、田中君、聞こえますか?」


 そう思って席を立とうとしたとき、待ち望んでいた声が聞こえた。


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