第5話 質問タイム

 宰相からの説明は終了したが、部屋の中は重苦しい空気に包まれて静まり返っている。

 不安そうな顔で周りを見回している奴もいるが、誰も口を開こうとはしない。

 率先して質問しそうな平井先生も考え事をしているのか、うつむいて黙ったままだ。

 そんな状態がしばらく続いた後、意を決したように一人の男子生徒が立ち上がった。


「あっ、あのっ」


 緊張しているのか、声が震えている。

 まあ、それも仕方がないだろう。

 だって、クラスメイトを含め部屋の中にいる全員が一斉に彼の方を向いたのだから。


「ふむ、質問か?

 そう緊張せず、まずは落ち着くがよい」


 宰相が柔らかい口調で言う。

 なんというか、最初の偉そうな態度からかなり丸くなったような気がする。

 王様に注意されたからかとも思ったが、説明中の口調もかなり柔らかかったし、こちらが素なのかもしれない。

 おそらく、異世界から勇者を召喚するということで宰相も気を張っていたのだろう。


「すっ、すいません」


 そう言って、男子生徒は軽く息を吐き出して気持ちを落ち着ける。

 俺のいる後ろからだと顔が見にくくて分かりにくかったが、どうやらこの男子生徒は織田のようだ。

 正直、彼についてはよく知らない。

 何となくクラスのお調子者といったイメージがある程度だ。

 だが、さすがにこの状況では普段のお調子者といった態度も影をひそめるらしい。


「その、適性について聞きたいんですけど、俺の適性が“農民”だったんです。

 で、農民っていうと畑で土を耕しているようなイメージしかなかったので、俺はどうすればいいのかなって」


 “農民”


 織田の言葉を聞いて注目していたクラスメイト達に若干の戸惑いが見られる。

 というか、俺も戸惑っている。

 俺がのぞき見ていた限りでは適性は基本的に戦闘職のものばかりだったからだ。

 だが、俺やクラスメイト達の戸惑いを感じているのかいないのか、宰相は朗らかな笑顔を見せながら答える。


「ほぅ、“農民”か。

 さすがに人数が多いだけのことはあるな。

 良い適性を持つ者がおる」


 宰相の言葉に、織田はハトが豆鉄砲を食らったとでもいうような表情を浮かべている。

 その表情が面白かったのか、宰相は笑いながら続ける。


「くっくっくっ、そう驚くこともないじゃろう。

 先ほども説明した通り、この国を含めてヒト種の国々は魔王軍と戦争中じゃ。

 であれば、物資、特に食料の類の確保は重要な問題となる。

 ……先ごろの衝突で帝国南部の穀倉地帯が魔王軍に蹂躙、占領されたとなれば余計にの」


 さすがに最後の言葉については硬かったが。


「それに貴公らには申し訳ないが、魔王軍との戦争は1ヶ月やそこらで終わるものではない。

 数年、場合によっては数十年単位の時間がかかる可能性がある。

 そうなれば戦闘職だけでなく、後方支援にも勇者の力が必要となるのじゃ」


 その言葉を聞いて、織田は少し安心したような表情を浮かべた。

 まあ、勇者召喚なんていうアレな状況で適性が“農民”というのは不安だったのだろう。

 だが、まだ納得がいかなかったのか、質問を重ねる。


「でも、“農民”みたいな適性であれば、俺だけでなく他の人も持っているんじゃないんですか?

 だったら、やっぱりそんなに良い適性でもないんじゃ……」


 最後はまた不安になったのか、口調も弱くなっている。

 そんな様子を見て、まじめな顔になった宰相が答える。


「ふむ、説明が足りなかったようじゃの。

 勘違いしているようじゃが、適性というものは皆が皆持っているというわけではない。

 適性を持っているのは全体のおおよそ3割ほどじゃ。

 2割ほどが生まれつき、あるいは成人までに適性を得た者で、残りの1割はそれ以降に適性を得る形になる。

 そして、確かに“農民”の適性は“戦士”と並んで比較的持つ者が多い。

 じゃが、この国や大陸全体で考えるとそれでもまったく足りていない状況なのじゃよ。

 じゃから、どんな適性であろうと我らが貴公らを差別したり、不当に扱ったりすることはない」


 ……全員が適性を持っているわけではなかったのか。

 まあ、宰相の説明を聞く限りは努力でも適性を得られそうではある。

 だが、それでも全体の3割ということはかなり難しいことなんだろう。


 ともあれ、宰相の言葉に織田は今度こそ安心したようだ。

 ほっとしたような表情で腰を下ろす。

 次いで、織田以外の戦闘職ではない適性を持ったクラスメイトたちが質問をしたが、同じように問題ないと太鼓判を押されていた。

 ちなみに、“農民”以外の適性は“鍛冶師”と“商人”の適性だった。

 “鍛冶師”はともかく、“商人”は何ができるのかと思ったが、目利きや物資の分配、管理に必要な計算などに対して補正がかかるらしい。

 どちらも戦時中には有用なものなのだろう。



 そんな感じで、織田の質問を皮切りに他にもいくつかの質問が出たが特に重要なものはなかった。

 だが、最後に平井先生から重要な、ある意味致命的な質問が投下された。


「確認しておきたいのですが、我々がこちらで死亡した場合はどうなるのでしょうか?

 また、帰還の際はどういった形になるのでしょうか?

 皆が集まった状態で魔法?を使うのですか?

 また、帰還する際にはこちらで過ごした年月はどうなるのでしょうか?

 元の世界でも同じように年月が経過したところに還ることになるのですか?」


 その質問を聞いた瞬間、クラスメイト達が静まり返る。

 織田の質問以降、隣近所とひそひそと小声で情報交換したりする声が聞こえていたのだが、それが一瞬にして消えた。

 平井先生の宰相を見る目は真剣そのものだ。

 いっそ、睨みつけているといってもいいかもしれない。

 そしてそれをクラスメイト達が同様に真剣な目で見つめている。


 “こちらで死んだ場合にどうなるのか”

 おそらく皆が気にしていたが、怖くて聞けなかったこと。

 普通に考えれば死んでしまえばそこで終わりだ。

 だが、ここは異世界で勇者召喚なんていうとんでも行為の結果としてここにいるのだ。

 もしかしたらという思いもある。


「……。

 こちらで死亡した場合じゃが、残念ながらそのまま死んだままじゃ。

 死亡することで元の世界に戻されるというようなことはない」


 宰相が少しの沈黙の後に答える。

 死ねば元の世界に戻れるのではないかというこちらの思いを正しく認識した上の回答だ。

 そして、やはり勇者であったとしても死ねば終わりということは変わらないらしい。

 まわりからは小さく嘆きの声が聞こえる。

 さすがに泣き声までは聞こえないが、泣きそうな顔やひどく落ち込んだ顔をしている奴が多い。


「帰還についてじゃが、これは魔王討伐後に召喚の儀式を行った広間にて送還の儀式を行うことで果たされる。

 すまんが、こちらで過ごした年月がどのように扱われるかは我らにはわからん。

 過去の召喚勇者たちは滞りなく元の世界に帰還したという記録はあるのじゃが、帰還後のことについては確認のしようがない。

 召喚の儀式が神々の契約のもとになされる以上、貴公らにとって不都合なことになることはないとは思うんじゃがな」


「なるほど、時間軸がどうなるかはわからないということですか……。

 ところで、送還の儀式はその場に居なければ効果がないのでしょうか?

 万が一、行方不明になるような生徒が出ていた場合はどうなるのですか?」


 平井先生の再度の質問を聞いて、俺は衝撃を受ける。

 これはもしかすると俺にとって一番重要な問題なのではないだろうか。

 俺は現時点で周りのみんなに認識されていない。

 つまり、俺が送還の儀式の場にいなくても、俺がいないことに誰も気づかないということだ。

 これは送還の儀式の有効範囲がその場限りであった場合、非常にまずい。

 俺自身がこんな状況である以上、基本的に誰かしらの側についているつもりではあったが、常にそばに居続けることは不可能だ。

 それに今後は配属先ごとにばらばらに配置されるだろう。

 であれば、個別に情報伝達が行われるであろうことは想像に難くない。

 そうなると皆に伝えられる情報が俺だけに伝えられないなんてことが起きかねない。

 というかそうなるだろう。

 そして、それが万が一送還の儀式の情報であればどうする。

 気付いたらみんなが帰っていて俺だけがこの世界に取り残される、なんてことが起きるかもしれない。

 それだけは、いやだ。

 というか、そんな事態になったら絶望して身投げする自信がある。

 ……まあ、死んでも誰にも気づかれないのかもしれないけど。

 ダメだ、考えが悪い方、悪い方に進んでしまう。

 まずは宰相の回答をきちんと聞いておかなければ。


「そうじゃな、まず送還の儀式はその場に居なければ効果がない。

 送還の儀式を行うための魔方陣がその効果範囲となるのでな。

 したがって、行方不明者が出てその者が存命であった場合、こちらの世界に取り残されるという状況になるじゃろう。

 送還の儀式は召喚の儀式に対応して1度きりしか行えんからな。

 ……しかし、今までは召喚に応じた勇者は2、3名、多くても5名であったと過去の記録にはある。

 なので召喚勇者全員が共に行動しておったので、そういう問題はなかったんじゃが、今回の召喚勇者は25名。

 今後は個別に行動することも考えられるじゃろうし、何かしらの確認手段を用意する必要があるかもしれんな」


「……そうですね、生徒たちの居場所や安否が確認できる手段を用意してもらえると助かります」


 当たり前と言えば当たり前なのかもしれないが、やはり送還の儀式はその場にいないとだめらしい。

 そして安否確認の手段を用意するって言ってますけど、これってたぶん俺が含まれることはないですよね……。

 マジでどうするか。

 誰かに完全憑依するレベルで付きまとうことを考えるべきか。



 結局、平井先生のこの質問が最後の質問となった。

 そして、やや重苦しくなった空気の中、最後に王様が改めて謝罪と協力への感謝の言葉を述べ、今後についての説明とその質疑が終了となった。


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