第3話 絶望と希望の声

「なっ!?」


 短く驚きの声を上げ、再び呆然と立ち尽くす。


 “邪神の呪い”


 俺のステータスの加護の欄には確かにそう表示されていた。

 対してクラスメイトたちのステータスに表示されていたのは、“創造神の加護”だ。

 ついでにいえば、適性に沿うようなスキルだか、才能だかといったものもあったが今はどうでもいいだろう。


 おそらく他のみんなが俺のことを認識していないのは、この“邪神の呪い”が原因だ。

 しかし、原因らしきものは判明したがどうする?

 “呪い”とついていることから、解呪してもらえばいいであろうことは分かる。

 だが、それをどうやって頼めばいいんだ?

 そもそも認識されていないのに誰かに依頼する?

 どう考えても無理だろ。

 であれば、自分でどうにかするしかないわけだが、俺は呪いの解き方なんぞ知らない。

 なら調べるか?

 どこを?どうやって?

 いや、ここは召喚の儀式を行うような場所だ。

 この広間自体は地下にあるっぽいし、上の階に上がれば儀式関連の資料や何かがあるかもしれない。

 であれば、解呪の資料を見つけることは可能か?

 いや、そんなに簡単にいくわけがないか。

 仮に資料があるとしても厳重に管理されているだろう。

 なんせ“邪神の呪い”なのだから。

 というか、“邪神の呪い”を解呪する方法なんてあるのか?

 あるとしてもその素材なり、道具なりを用意できるのか?

 ゲームとかだと最高レベルの物が要求されるケースなんじゃないのか?

 それを誰に頼ることもなく1人でそろえる?

 無理だろ。


 もしかしなくても詰んでる?

 少なくとも、俺には異世界とかいうわけのわからない場所でたった1人でどうにかできる問題だとは思えないんだが。






 どれくらい時間がたったのだろうか。

 気が付くと俺の周りから人がいなくなっていた。

 ああ、結局今までのことは夢だったのか。

 現実逃避気味にそんなことを思う。

 仮に現実であったとしても、誰にも認識されない世界なんて俺には無理だ。

 そんなことを考え、俺はしゃがみこんだ体勢から後ろ向きに身体を投げ出す。

 硬い石の床にぶつかった身体に鈍い痛みを感じる。


 他の誰とも触れ合うことはできなくても、この石の床とは触れ合うことができる。

 であれば、俺はこのままここで石の床と暮らすべきなのでは?


 そんなバカなことを考え出した俺の耳に誰かの叫び声が届いた。


「早くっ!!

 早くしないと扉が閉められて閉じ込められちゃうよっ!!

 気付いてっ、田中君!!」


 ハッとして身体を起こす。


 “田中君”


 確かにそう聞こえた。

 他の誰かに向けてではなく、俺に対する叫び。

 誰にも認識されていないと思っていたが、誰かは俺のことに気付いていた?


「早く立って、走って!!

 もう本当に時間がないのっ!!

 お願いだから気付いてっ、田中君!!」


 今度は間違いない。

 はっきりと俺の名前を叫ぶ声が前方から聞こえた。

 声が聞こえた前方に目を向けると、巨大な扉を兵士たちが通りぬけている最中で、広間側に残っている兵士は残りわずかなようだ。


 ……。

 ってヤバイ。

 このままじゃ、あの叫び声のとおり、俺だけこの広間に閉じ込められるっ!

 もしかしたら扉を擦り抜けられる可能性もあるかもしれないが、鑑定用のプレートや床のことを考えると望み薄だ。

 つーか誰だよ、ここで石の床と暮らすべきだとか考えた奴は。

 俺だよ、バカ。

 くそっ、なんてバカなことを考えていたんだ、少し前の俺。



 状況を把握した俺は、勢いよく立ち上がって巨大な扉に向かって走り始める。

 ステータスチェック中は多数の兵士たちで見えていなかったが、扉の前には段差の小さい階段があったらしい。

 階段のもとまでたどり着いた俺は、走って来た勢いのまま1段飛ばしで階段を駆け上がる。

 だが、すでに兵士たちは全員扉を通り抜けた後らしい。

 ゆっくりと扉が閉まり始めている。


「早くっ、飛び込んでっ!!」


 階段を上りきったところで再び叫び声が聞こえる。

 さっきは意識していなかったが、叫び声の主は女の子のようだ。

 いまいち聞き覚えがないがクラスメイトだろうか?


 そんなことを考えながら、俺は閉まりゆく扉に向かって最後のスパートをかける。

 そして、かつて見たアメフトマンガよろしく思いっきり飛び込んだ。



 ガコンッ。


 俺の後ろで大きな音を立てて扉が閉まる。

 というか、飛び込んだ時に足に扉が当たった感触があった。

 つまり、扉を擦り抜けて広間から脱出するということは不可能だったわけだ。

 何にしても、俺を呼んでくれた女の子には感謝だな。

 おかげで広間に1人残され、石の床と仲良く暮らすことも無くなった。


 飛び込んだままの体勢で、つまりは床に転がったままの体勢で周囲を見回して女の子を探すが、それっぽい女の子は見つからない。

 というか、周囲には兵士たちしかいない。

 他のクラスメイトたちは王様や宰相たちと一緒に前の方に集まっているようだ。

 今いる場所は通路のようだが、広間に続く巨大な扉に合わせてか随分と広い場所になっている。

 このまま兵士たちに囲まれていてもしょうがないので、みんなのいる前の方へと移動することにする。

 みんなの方に近づいていくと何やら宰相が話している声が聞こえる。


「――――」


 そういえば、“邪神の呪い”を確認してから呆然としていたので、どういう流れで移動し始めたのか知らないんだよな。

 普通に考えればみんなのステータスチェックが終わったから説明のために移動という感じなんだろうか。


「召喚の儀式を行った儀式場はこれより封印される。

 必ずしも送還の儀式を召喚の儀式を行った儀式場で行わなければいけないということはないのじゃが、まあ今までの慣例というやつじゃ。

 これまでの験を担いでいるともいえるかもしれんな」


 話の流れは分からないが、どうやら儀式場は封印されるらしい。

 ……いや、マジで広間から出るのに間に合ってよかったな。

 宰相の言葉で周りのみんなが後ろの扉を振り返る。

 俺も同じように後ろを振り返ると、魔術師っぽい服装の人たちが扉を囲んで何やら詠唱を始めている。

 しばらく眺めていると、詠唱が終わったのか扉の前に巨大な魔方陣が浮かび上がった。


「ふむ、封印は無事に完了したようじゃな。

 以降は魔王の討伐に成功するか、よほどの事態にならぬ限り儀式場の封印が解かれることはない。

 貴公らには迷惑をかけるが、魔王討伐の協力をよろしく頼む」


 頭を下げる宰相を見た後、再び儀式場の扉の封印を見やる。

 なんとなく退路が断たれたような、前に進むしかないようなそんな思いがよぎった。

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