第2話 ステータスチェック
宰相が話し終えると、宰相の後ろにいた兵士が大きな板のようなものを持って出てきた。
おそらく、あれがステータス鑑定用のプレートというやつなんだろうが、予想よりもでかい。
学校の机の天板くらいあるんじゃないか?
クラス一同の視線を集める中、プレートを持った兵士の横からもう1人が出てきてプレートのカバーを外す。
そのまま2人でプレートを持ち、その2人に1人を加えた3人で一番前に居る平井先生のもとへと歩きだした。
どうやらまずは平井先生から鑑定が始まるようだ。
平井先生のもとへたどり着くと、兵士2人が両側からプレートを支えて平井先生の前に立ち、最後の1人が平井先生の後方でバインダーのようなものを開く。
最後の1人はなんなのかと思ったが記録係だったわけだ。
そうこうしているうちにプレートの前に立った平井先生が緊張に顔をこわばらせながらゆっくりと両手をプレートに押し付ける。
だが、これといって反応はない。
まわりからも固唾を飲んで見守る気配を感じる中、10秒近く経過して何となく不安になってきたころ、プレートからほのかに青白く光る透明なウィンドウが空中へと出現した。
「おぉっ」
思わず口から驚きの声が出る。
まわりからも同じように驚いている気配を感じる。
しかし、正常に鑑定ができたとなれば、次はやはりステータス内容が気になるのが人の性というものだろう。
先ほどの宰相の言葉から、他人のステータスを見るのはマナー違反であろうことがうかがえるが、たまたま目に入ったのであれば仕方がないだろう。
そんな言い訳を心の中でしつつ、目を細めてプレートから出現したステータスウィンドウに目を凝らす。
幸いにして俺の席は教卓に一番近い最前列の真ん中だ。
だが、いくら目を凝らしてもステータスウィンドウに表示されているであろう内容を盗み見ることはできなかった。
ほのかに青白く光る透明なウィンドウは見えるのだが、肝心の内容が全く見えなかったのだ。
文字がぼやけるとかそういうレベルではなく、どこに文字が表示されているかすらわからなかった。
残念。
心の中でそう思うが、この距離で盗み見ることができないからこそ、宰相たちもこの位置のままステータスチェックを進めようとしたのだろう。
平井先生から最前列の右端、山田のもとへと兵士たちが移動しているのを見ながらそんなことを思う。
最前列にいることもあって俺の順番はそう待つことなくやって来た。
隣の佐藤のステータスチェックが終わり、兵士たちが俺の方へと移動を始める。
俺はドキドキというか、ワクワクというか、不安と期待の両方を感じながら待つ。
いや、今となっては期待の方が大きいだろうか。
異世界召喚というのは正直不安だが、自分がどんな加護を得たのかというのは興味がある。
それに、その加護であわよくば……と思う気持ちがないでもない。
まあ、俺みたいな一般生徒じゃ無理なんだろうけど。
そう思う俺の前に兵士がやって来て、そのまま通り過ぎた。
は!?
えっ、無視された?いじめ?いや、やっぱり盛大なドッキリだったのか?
予想外の状況に俺は半ばパニックになる。
だが、そんな俺をよそに兵士たちは隣の鈴木のステータスチェックを始めようとしている。
「ちょっ、ちょっと待てよっ!!」
焦りからか、いつもでは考えられないような強い言葉が俺の口から出た。
だが、俺が叫んだにもかかわらず、兵士たちは何事もなかったかのようにそのまま作業を進める。
ステータスチェックを受けようとしている鈴木も同じだ。
訳が分からない。
異世界に召喚されたことで教室にいたときよりも周りとの距離は開いている。
だが、せいぜい十数歩の距離だ。
断じて隣で上げられた叫び声が聞こえないような距離ではない。
不安に駆られた俺は駆け出し、兵士の腕をつかみにかかる。
だが、俺がつかもうと伸ばした手は兵士の腕を擦り抜けた。
「っ!?」
兵士の腕をつかもうとした俺の手が空を切ったことに、声にならない声を上げる。
手が擦り抜けるなんて、何の悪い冗談だ。
俺はやたらと速くなった心臓の鼓動を感じながら、もう一度兵士に手を伸ばす。
だが、無情にも俺の伸ばした手は再び兵士の身体を擦り抜けた。
「っ、なんでっ!?」
パニックになりそうなほど焦りながら叫び声を上げる。
いや、もしかしたらすでにパニックになっているのかもしれない。
だが、そんなことを悠長に考えている余裕はない。
兵士がダメならばと、プレートに両手を押し付けている鈴木へと手を伸ばす。
だが、鈴木に対しても俺の伸ばした手は空を切ってしまった。
鈴木のステータスチェックを終え、移動し始めた兵士たちを呆然と見送る。
俺はどうしてしまったのだろうか?
はっきり言って、こんなことはありえない。
であれば、やはりこれは夢なんだろうか?
だが、頭の奥でこれは夢ではなく現実だと叫ぶ声が聞こえる。
自分自身の身体の感覚は確かにあるし、硬い石の床を踏みしめる感触も夢とは思えない。
ただ、他の人に触れないだけで……。
いや、俺の声も聞こえていなさそうなんだったか。
「ははっ、これが夢じゃないんだとすればどうすりゃいいんだよ」
俺は乾いた声で小さくつぶやき、呆然と立ち尽くした。
どれだけの時間が経ったのだろうか。
慌てたように駆けていく兵士によって、呆然とした状態から立ち直った。
いや、周りに意識を向けられるようになっただけなので立ち直ったと言えるかは微妙だが。
駆けていく兵士を横目に、俺はステータスチェックを行っているであろう場所を探す。
どうやらすでに3列目の中ほどまで進んでいたらしい。
西野の前にプレートを持った兵士たちが立っているのが見える。
すると前から宰相を連れた兵士が戻ってきた。
何か宰相に確認が必要なことでも起きたのであろうか?
そんなことを考えつつも、どうせならと宰相に対して強く叩きつけるように腕を振る。
だが、俺の腕は当然のように宰相を通りぬけた。
このまま気付かれないよりはと、最悪処刑覚悟で叩こうとしてみたのだが無駄だったようだ。
しかし、このまま呆けていても状況が良くなることはないだろう。
であれば、情報収集のためにも宰相の確認が必要なことがなんなのか見に行ってみようか。
西野のもとまでたどり着くと、兵士は西野に対してもう一度ステータスを表示するように指示した。
やや緊張したようにしながらもプレートの上に両手を置く西野。
まわりから注目される中、しばらくすると背後からステータスを確認しようと覗き込む宰相と俺の前に西野のステータスが表示された。
名前 西野 晴樹(ニシノ ハルキ)
種族 ヒト
性別 男性
年齢 15
体力 C
魔力 E
筋力 D
知力 E
肉体 D
精神 E
敏捷 C
器用 E
運 A
適性 勇者
加護 創造神の加護
聖剣の担い手
……なんだろう、このいかにも主人公ですといったステータスは。
いや、体力などの各パラメータがどの程度なのかはわからないし、素直に考えればそれほど高いようには思えない。
だが、適性と加護がもうあれだ。
というか、適性が“勇者”ってなんだよ。
召喚された奴がみんな勇者じゃないのかよ。
しかも加護に“聖剣の担い手”ってあるし。
これはどう考えても西野が聖剣を持って魔王を倒しに行きますというようにしか思えないんだが。
宰相も「“勇者”に“聖剣の担い手”か」ってつぶやいているし。
その後、宰相は珍しい適性や加護が確認されても報告は一通りステータスチェックが完了してからで構わないと兵士に指示を出して王様のいる元の位置へと戻っていった。
その指示を受け、兵士たちはステータスチェックを進めるべく作業に戻っていく。
俺もステータスチェックについていくことにする。
正直、この状況だとマナー違反がなんだと言ってられないし、とにかく何かとっかかりとなるような情報が欲しい。
まあ、みんなのステータスが気になるという理由もないではないが。
ちなみに、勇者様でも俺のことには気づいてくれなかった……。
今、俺の目の前でクラスメイトである松井優樹菜がクラスで最後のステータスチェックを終えようとしている。
最後の1人になったが、結局俺のことに気付くクラスメイトはいなかった。
正確に言えば、おれが呆然と立ち尽くしていた間にステータスチェックを行った連中は確認できていないが、西野の後にも適性が“聖騎士”、“聖女”、“賢者”といったいかにもな奴がいたが気づかれなかったのだ。
望み薄といったところだろう。
まあ、いかにもな適性を持つ奴らがいたので逆に特殊な適性を持つ奴がいないとも限らないが、ステータスチェックの間にあれだけうろちょろしていたのだ。
俺のことに気付いている奴がいれば何らかの反応があるだろう。
その反応がなかったということは、つまりそういうことなのだろう。
松井のステータスチェックが終わり、宰相のもとへ向かう兵士たちに続いて俺も歩く。
ステータスチェックの間、俺もただ覗き見していただけだったわけではない。
耳元で叫んでみたり、抱きついてみたり、兵士が腰に下げる剣を奪おうとしてみたりと色々と試してみた。
だが、その悉くが失敗。
正直、剣を奪うのは成功すると思ったのだが、結果はまさかの失敗。
俺は地面以外に触れられるものがないのかと絶望したものだ。
しかし、その絶望も一瞬で終わった。
力なく下げた俺の腕がステータス鑑定用のプレートに触れたのだ。
ならばと、ステータスチェックを受けるクラスメイトに重ねて俺も両手を押し付けてみたが、表示されるのはクラスメイトのステータスのみ。
それなら他の奴がステータスチェックをやってない時に俺だけステータスチェックをやればいいんじゃないかと考えたのだが、俺のことに気付いていない兵士たちがそんなことを考慮してくれるはずもなく……。
クラスメイトのステータスチェックが終わるとすぐにプレートを抱え、俺がステータスチェックをする間を与えてくれなかったのだ。
となると、残る機会はあと一度きり。
プレートをしまうためにカバーをかける瞬間を狙うしかない。
遂に兵士たちが宰相のもとへとたどり着く。
記録係の兵士が宰相に報告し始めるのをしり目に、俺はプレートを持つ兵士たちについてタイミングをうかがう。
プレートをしまうためにカバーをかけるのに大した時間がかかるわけではない。
対して、ステータスが表示されるまでには10秒近く時間がかかる。
正直、成功する可能性はそれほど高くないだろう。
それでも今はこのステータスチェックの可能性に賭けるしかないのだ。
今だっ。
兵士たちがプレートを水平に構えた瞬間を狙って、両手をプレートに押し付ける。
ここからは時間の勝負だ。
と言っても、俺には兵士たちが無駄に手間取ることを期待することしかできないのだが。
プレートを持つ兵士の横からカバーを持った別の兵士が出てくる。
手間取れー、カバーを落とせーと邪念を送りつつ、ステータスが表示されるのを今か今かと待つ。
そのまま兵士はカバーを大雑把にプレートにかぶせてくる。
すると、どういう原理なのかカバーは俺の腕を擦り抜けてプレートに掛かる。
だが、俺の両手にはプレートに触れている感覚が残ったままだ。
まだ有効なのか?それとも、もはやステータスチェックは無理なのか?そんな不安が頭をよぎる。
そんな俺をよそに、カバーを持った兵士は小声でクラスメイトたちのステータスについて聞き始めた。
他人のステータスを聞くのはマナー違反なんじゃないのかよと突っ込みを入れつつ、兵士グッジョブと心の中で親指を立てる。
そうはいっても、カバーを掛けるくらいしゃべりながらでもできるわけで。
カバーを持った兵士はステータスチェックを行っていた兵士たちと“勇者”や“聖女”、“賢者”や“聖騎士”といった言葉を交わしながらも作業を進めている。
どうやら、“勇者”と“聖女”は唯一のものらしいが、“賢者”と“聖騎士”については珍しいながらもこの世界の人たちの中にいないというわけではないらしい。
そうこうしているうちに、そろそろ10秒近くたとうとしている。
だが、雑談に気を取られて手がとまりがちだったが、カバーもかけ終わりそうだ。
間に合ってくれっ!
そう強く念じた瞬間、俺の思いが通じたのかプレートから青白く光るウィンドウが現れる。
だが、兵士たちにはそのウィンドウすら認識できないようだ。
俺の両手からプレートが離れ、ウィンドウが消え始める。
せめて適性だけでもっ。
そう思い、俺は消え始めたステータスの表示から適性の欄を確認しようとする。
だが、俺の目はその下の加護に表示された文字に惹きつけられ、適性を含めた他のステータスを確認することができなかった。
ステータスの加護の欄には“邪神の呪い”と、そう表示されていた。
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