第1話 異世界召喚

 事の起こりは、午後一の現代文の授業を受けているときに起こった。


 担当の平井先生が黒板に板書しながら作品の解説をしているときだったと思う。

 教室の床が突然光り始めたかと思うと、瞬く間に輝きを強め、平井先生の「机の下に潜って身を守れっ!!」という叫びが聞こえたときには、すでに目の前が真っ白に塗りつぶされるほどの強さになっていた。

 数瞬後、白一色の視界が戻ったときには、強烈な光は床一面に広がる巨大な魔法陣へとその姿を変えており、それをどうにか認識したときには魔法陣が再び強い光を放っていた。

 その光の奔流に飲まれ、俺は訳も分からないままに意識を失っていた。



 目を覚ましたときに最初に感じたのは、冷たく固い床の感触だった。

 教室の自分の机や保健室のベッドの感触ではないことを疑問に思いつつ、微妙に覚醒しきっていない頭を振りつつ隣へと目を向ける。

 左側に鈴木が、右側には佐藤が同じように倒れていた。


「おいおい」


 明らかな異常事態に対する不安をそんな言葉でごまかしつつ、さらに周囲を見回す。

 すると、同じように先生や他のクラスメイトたちが倒れていることが確認できた。

 教室にいたころよりも周囲との間隔が広くなっているが、教壇があったあたりに平井先生、左右に鈴木と佐藤と、倒れている位置は教室の席順と同じ位置関係になっているらしい。


 それを踏まえつつ、先ほど見回していた時に気になった場所へと目を向ける。

 席があったはずの場所に不自然にできた複数の空間。

 どうやら、クラスメイト全員がそろっているわけではなく、何人かがこの場にいないらしい。

 この場にいるクラスメイトの顔を確認しつつ、記憶から誰がいないのかを引っ張りだしてみる。


「五十嵐、三井、七瀬に、本条と明石か?」


 しばらく考えて、欠けている場所の席にいたのがこの5人であることを思い出す。

 五十嵐、三井、七瀬の3人は目立つ奴らなので間違いない。

 まあ、目立つといっても、いわゆる不良扱いの悪目立ちしている奴らなのだが。

 対して、本条と明石は特に目立つところのない2人だ。

 共に女子なんだが、どちらもあまり他の女子のグループに混じることなく1人でいることが多かった気がする。

 なので、あまり自信がないんだが、この場にいる他のクラスメイトを見る限り、間違っていないと思う。



 そんなことを考えているうちに、どうやら周りのクラスメイトたちも目を覚ましていたらしい。

 戸惑いの声や不安の声が聞こえ始めている。

 そして、訳の分からない状況に戸惑うクラスメイトたちを代表するように、一番前にいた平井先生が声を上げた。


「この状況はいったいどういうことでしょうか?

 事情をご存知であれば教えていただきたい」


 普段から穏やかで人当りの良い平井先生らしからぬ、冷たく固い声だった。


 当たり前だが、これは俺やクラスメイトたちに向けられた言葉ではない。

 何となく俺が意識しないようにしていた、俺たちを囲む兵士っぽい人や魔術師っぽい人に対する発言である。


 平井先生の言葉に反応して兵士たちに隠れた奥の方で何やら動きがあり、正面のひときわ兵士の数が多かった場所が割れて道ができた。

 そして、いかにも偉い人ですといった格好の人物が2人ほど前に出てくる。

 2人とも男性で、片方は壮年、もう片方は初老といった感じの年齢に見える。

 壮年の男性の頭には王冠があり、豪華な杖を持っていることから、もしかしたら王様なのかもしれない。

 であればもう1人の初老の男性は宰相とか大臣とか、そういう役職の人なのであろうか。

 まあ、とりあえずは王様と宰相ということにしておこう。


「まずは我々の召喚に応じてくれたことを感謝したい。

 すでに気付いている者もいるかもしれんが、ここはお主たちがいた世界ではない。

 お主たちは我々が行った召喚の儀式により世界の狭間を超え、いわゆる異世界へとやって来たのだ」


 前に出た宰相が語った言葉により、クラスメイトたちに衝撃が走る。

 いや、もちろん俺も驚いているが。

 何となく予想はしていたが、夢やドッキリの線も考えなくはなかったのだ。

 いや、まだこれだけだとその可能性が消えたわけではないのか?

 そんなことを考えている間にも、宰相の言葉は続く。


「お主たちをこの世界へと招いたのは、もちろん目的があってのことである。

 今この世界、アビスフィアでは邪神の加護を受けし魔王によって滅亡の危機にある。

 もちろん、我々も迫りくる魔王軍に対して無策であったわけではない。

 だが、邪神の加護を受けた魔王軍は強く、我々だけでは侵攻を押しとどめることが精いっぱいで、最近では徐々に押され始めている状況じゃ。

 このままでは、この国、ひいてはヒト種全体が蹂躙されるのは時間の問題。

 そこで我らは創造神様の加護にすがることを決めたのじゃ」


 再びクラスメイトたちに衝撃が走る。

 それも当然か、異世界に召喚されたと思ったらその世界が滅亡の危機にあるというのだから。

 いや、ファンタジー系の創作物であればテンプレといえばテンプレの状況なのだけれど。


「召喚の儀式は創造神様の御力により、異世界から勇者として適性のある者を召喚するというものじゃ。

 過去幾度となく発生した魔王災害の際も同様に召喚の儀式を行い、異世界の勇者たちの協力を得て魔王を討ってきたという実績もある。

 此度のような大人数の召喚は初めての例となるが、今回もお主たち勇者の協力により魔王を討つことができると信じておる」


 ひとまず宰相の話は終わったようだ。

 だけど、過去に実績があるからといって、ただ協力しろと言われても何が何だかという感じなんだが。

 まあ、勇者だの創造神様の加護だのと言っているからには何らかの力を得ているのかもしれないが、ただの高校生や教師に対して何を期待しているのか。

 現に周りからも「帰りたい」、「勝手に召喚しておいてふざけるな」などという不満の声が聞こえている。

 一部からは「これで俺も勇者に」などというアレな声も聞こえるが。


 まあ、だからといって、正面切って文句を言える状況でもない。

 夢やドッキリではなく宰相の話が真実であるのだとすれば、俺たちは常識も何もわからない異世界に着の身着のまま放り出されたということになる。

 どうやら言葉は問題なく通じるようだが、先ほどの話を信じれば外には魔王軍がいるらしい。

 というか、そもそも自分たちが今どこにいるかすらわからない状況なのだ。

 下手に反感を買ってそのまま放り出されてしまうようなことにでもなればそこで人生が終わりそうだ。

 いや、最悪の場合は周りを囲む兵士たちに切り捨てられるのか?


「そちらの言い分はわかりました。

 だけど、僕たちはただの学生です。

 魔王を討つ協力をしろと言われても、大したことができるとは思えないのですが」


 まわりから聞こえる不満の声を聞きながらどうしたものかと考えていると、宰相へとはっきりと疑問をぶつける声が聞こえてきた。

 その声に後ろを振り向いて確認すると、学級委員長の清水が立ち上がりまっすぐと宰相を見返していた。


「それについては何も問題ない。

 召喚された異世界の勇者は創造神様の加護を受けておるのじゃ。

 創造神様の加護を受けることで元がただの学生であろうと魔王軍と戦うに足る力を得ることになる」


「だからって!

 加護とやらで力を得たのであっても俺たちはただの学生だっ!

 それに男であれば戦えるかもしれないけど、女の子はどうするっ!

 あんたたちが大変なのはわかったけど、それに俺たちを巻き込まないでくれっ!」


 宰相の言葉を受けて、清水とは少し離れた場所で西野が立ち上がり叫ぶ。

 西野はサッカー部に所属するスポーツマンタイプのイケメンだ。

 1年生ながらすでにレギュラーとなって活躍していると聞いたことがある。

 さらに言うと、女子バレーボール部期待の新人と言われている津嶋と付き合っているそうだ。

 共に背が高くさわやかな美男美女のカップルで、学年一のお似合いカップルとの呼び声も高い。

 というか、「女の子はどうする」と言ったときに思いっきり津嶋のことを見ていたが、津嶋は大丈夫なんじゃないかな。

 背も高く、バレーボールで鍛えられているし。

 むしろ、帰宅部でろくに運動もしていない俺みたいなやつのことを心配してほしいくらいだ。


「貴公らの憤りや不安はもっともである。

 安穏と暮らしていたであろう貴公らを突然の召喚に巻き込んでしまったこと、まことに申し訳なく思う。

 すまなかった」


 宰相の斜め後ろで静かに立っていた王様が前に出て初めて口を開いた。

 そして、俺たちに向かって謝罪し、頭を下げた。


 瞬間、なんというか、場の空気が変わった。

 宰相が割と上から目線で話しかけてきていたので、俺たちが驚いたということもある。

 だが、それ以上に宰相をはじめとしたあちら側の人たちの驚き様がすごい。

 あり得ないものを見たというかなんというか、全員が王様の方を向き、驚愕に目を見開いて呆然としている。

 今ならば隙をついて兵士たちを制圧できるんじゃないかと思うくらいだ。

 まあ、実際にやると数的な問題もあって絶対に無理なんだろうけど。


「へっ、陛下、このような者たちに陛下が頭を下げるなどっ。

 すぐに頭をお上げになってください」


 王様が長々と頭を下げ続けている中、最初に復活したのは宰相だった。


「何を言うか、創造神様の導きである召喚の儀式に応じてくれた勇者殿たちに礼儀を尽くすのは当然であろう。

 むしろ貴様の態度の方が問題だぞ、宰相」


「っ、それは……」


 言葉を詰まらせる宰相を一瞥した後、再び王様は俺たちに向き合う。


「失礼した。

 貴公らの世界とは異なり、わが国では国王である余を中心とした貴族社会になっておってな、色々と面倒なのだ。

 だが、勇者である貴公らにはこのような面倒事のないようできる限り取り計らうことを約束しよう。

 そして、先ほどの件であるが、貴公らに戦うことを強制するつもりはない。

 さすがに1人も協力してもらえないということになると問題だがな」


 最後に肩をすくめるようにしてそんなことを言う王様。

 くっ、イケメンというか渋いおっさんがやると絵になるな。


「1人でも、ということであれば私が協力しますので、生徒たちは安全な場所にいさせてもらえませんか。

 というよりも、元の世界へと帰らせてもらえないでしょうか?」


 俺が1人でイケメンに対してもやもやしたものを抱えていると、さらに平井先生がイケメンなことを言い出した。

 自分が犠牲になるから生徒たちは帰してほしいなんて教師の鑑かよ。

 というか、マジで!?もしかして何事もなく帰れたりするの?

 思わず期待のこもった目を王様へと向ける。

 俺以外にも同じような顔をした奴が多かったのだろう、王様が申し訳なさそうに口を開く。


「協力の申し出、感謝する。

 だが、今すぐに他の者たちを帰すということはできんのだ。

 召喚の儀式はある種の契約。

 したがって、目的である魔王の討伐、あるいはそれに準じる成果がなければ貴公らを帰すことはできんのだ。

 すまぬ」


 王様の言葉を聞いて落胆する俺たち。

 というか、その条件だと魔王討伐に協力するしか道はないんじゃ……。

 俺を含め落胆する者が多い中、王様は続ける。


「だが、先ほども申したように貴公らにはできる限りの配慮を約束する。

 戦うことを望まないというのであれば後方支援など直接戦闘と関わりのない部隊に配属するし、もしそれすらも望まぬというのであれば、城や城下町での職を与えることも考慮しよう。

 そもそも創造神様の加護は戦闘に特化したものばかりというわけではない。

 生産に向いたもの、後方支援に向いたもの様々だ。

 当然、戦闘に向かぬ加護であるのに無理やり戦わせるというような無茶を要求するつもりもないしな。

 詳しい説明をするためにも、まずは貴公らの加護を確認させてもらいたい。

 宰相」


「はっ」


 王様の話がひととおり終わると宰相が呼ばれ、再び前へと出てきた。

 ここからは再び宰相が説明を行うようだ。

 というか、話の流れからすると定番のステータスチェックというやつになるのであろうか。

 こんな状況にもかかわらず、何となくわくわくしてしまうな。

 まわりにも俺と同じようにソワソワしている奴がいるし。

 まあ、大半はイマイチ流れがわかっていないのか、そのまま宰相の言葉を待っているが。


「陛下がおっしゃったようにこれから貴公らのステータスの確認を行わせてもらう。

 なに、確認と言っても大したことではない。

 ステータス鑑定用のプレートに両手を押し付けるだけじゃ。

 人によってはステータスを他人に知られたくないと思う者もおるじゃろうが、今回は申し訳ないがこちらでも確認させてもらう。

 じゃが、周りの者に知られることのないよう、プレートを持った者を貴公ら1人1人のもとへ回らせるように配慮しよう。

 順番が回ってくるまでその場で待つように」


 どうやら、予想通りステータスチェックが始まるらしい。


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