第10話 いわゆる『ラッキースケベ』?

 この世界に来てから、僕は何度待たされたことだろう。

 暗闇の中だったり牢屋の中だったり。さっきまでは足を抱えてじっと待っていた。

 この調子でいくと『魔王からの追って沙汰を申し渡す処遇』も散々待たされることだろう。


 そう思っていたが…。


「ヤツカドとマルテルはこれから、私の居室で寝泊まりしなさい」


 沙汰はすぐに下りた。

 マルテルの傷の薬を塗りなおしていたところ、不意に魔王が現れてそう言った。


「ハイ!魔王サマ!」

 マルテルは異論がなさそうだ。


「魔王様のお部屋で僕も寝るんですか?」

 魔王は頷く。


「ケガをしたマルテルの面倒はヤツカドが看るべきだが、万が一のことがあってはいけない。私の目の届くところにいればマルテルも安心だろう」


 理にはかなってる。確かに今までの事態は魔王がいれば防げた事態でもある。

 しかし…面倒見の良い王様は結構だが、こちらは宿題を抱えている。魔王が側にいては気が休まりそうにない。


「僕にも責任ある以上マルテルさんのお世話はやりますけど、彼だって巣の側の方が落ち着くんじゃないでしょうか。それに魔王様のお部屋なんていくらなんでも恐れ多いですよ」


 何とか口実を作って逃げないと。


「それに、女性の居室に一緒に寝泊まりというのはどうかと」


 魔王だってプライベートくらいあるだろ。

 あ。なんか魔王が変な顔をした。


「女性ねぇ…。私が女性に見えるか」

「違うんですか?」


「ヤツカドは生まれたばかりだから仕方がないから説明するが…」

 心底面倒くさそうに話し出す魔王。誰でも知ってる常識を語らざるを得ないときに僕もこんな感じになるよな…。


「私たち魔物には、人間や他の生物…魔物以外の生物のように性別はない」


「え?」

 性別ない? 無性ってこと?


「ホントですか」

「考えれば分かることだと思うがな。性別というのは繁殖のためにあるものだろう。混沌から生まれる私達には繁殖という概念はない」


 な…なるほど。というか、性別ないの? 僕も? まさか?


「形状だけは他の種族のように『性別』的特徴を持つこともあるが、厳密には性別は存在しない」


「性別が存在しない、ということは…まさか、セックスもないと?」

「性交のことだな。存在しない」


 そんな…

 あんな素敵な快楽を得る手段がないなんて…。


 いやしかし、ここに来て色々あったから考える暇もなかったが、確かに性欲のようなものは感じてなかったな。単に忙しいだけかと思ってたけど…そうか…性欲ないのか…。うわぁ…。


「落胆しているようだな?」


 まあ、そりゃね。


「そう落ち込むな。他の生物にとって性交は快楽のようだが、快楽を感じる手段は他にもある。個体によって違うがおまえにも見つかるだろう」


 なんか魔王に同情されたみたいね。


 うん…そうだよね…。快楽を得られるなら別に性交じゃなくてもね…美人セフレ達と仲良くやってた毎日が懐かしいけどね…。

 はあ…なんてこった。

 僕の男としての人生は既に終わっていたんだ…。


 だ、だけど…世の中には一度もセックスを経験しないで人生終えるヤツもいるもんな。

 それと比べなくても、僕は多分他のヤツよりも楽しんだし…。

 一生分楽しんだということで納得…


 できませんが…!


「性別はともかく…」

 僕は気を取り直す。


「僕のようなよく分からないものを側に置くのは心配じゃありませんか? また無意識に暴れてケガでもさせてしまうかも…」


 魔王は心底楽しそうに笑った。

 笑顔、初めて見たな。こんなに美人でキレイなのに、そうかぁ。女性じゃないのかぁ…。残念だな。別に魔王とどうこうしようとか思ってもいなかったけど。

 …いや、性欲なかったから思わなかっただけだったりして…。


「私にケガをさせる? フフ…出来るものならやってみて良いぞ。そんなことを言われたのは久しぶりだ」


 ケガしない自信があるのか。

 僕の世界では『国王』とか『国家元首』とか『天皇』も含めて、別に武闘派じゃないけど…この世界では偉い人が武闘派なのかもな。

 確かに8本足の巨大な怪物を引きずったり、やたら力持ちだったなこの人。


 まあいいか…。

 確かに魔王の側にいると気が休まらないかも知れないけど、逆に考えてみよう。

 魔王について探るには側にいることは有利に働く。部屋の中も見れるし、何か面白いものが見つかるかも知れない。


「分かりました。じゃあマルテルさんの寝床でも運びます」

「藁の予備が巣の下に積んであるカラ、持ってきてネ。ヤツカド」

「はいはい」


___________________________________


 マルテルの寝床用藁は、さすがに一度で持ち運べる量ではなかったので何回かに分けて魔王の居室の中に運んだ。


 しかし魔王の居室といっても…なんというか殺風景なものだ。

 天井は高く、広い。その中でベッドもなければ机もない。


 目につくのは鍾乳石の隆起くらいかな。窪みがちょうど背もたれのある椅子のような形状になっているので、多分椅子として使っているんだろう。


 何もないので、椅子から距離を取り広い部屋の隅に藁を積んだ。


 ベッドもないし僕はどこで寝たらいいんだろう。

 マルテルの藁に一緒に潜り込ませてもらうかな…。


「それで全部か?」

 藁の形を整えていると、背後から魔王が声を掛けた。


「ええ、まあ…」


 振り向くと、早速この部屋の面白いものを見てしまいました。


 魔王様のヌード…

 自室では流石にローブを取るようで、身軽になっておられます。


 でもアレ…裸…だよな? ボディスーツとか着てないよな。


 人間っぽい外見だと思っていたが、これが魔王の姿ならやっぱり人間じゃない。

 どう形容したものか…


 大まかな形は、ほっそりした女性の曲線ではあるものの、肌の色は首から下にかけてブラックオパールのような遊色の青がグラデーションをかけて濃さを増している。長い銀色の髪の先は肩から背中、そして腰にかけて膨らみを持ち足元に落ちる。まるで脱皮したばかりの蝶の羽のようだ。ひょっとしたらあれは本当に翼なのかも。


 絵心があったら描いてみたいと思うかも知れない。

 その美しさにさすがに言葉を失った。

 髪から触覚のようなものが上に伸びている。フードを被っていたときには目立たなかったから、オカメインコの冠羽みたいなものかな。そう思うとちょっと微笑ましい。


「どうかしたか?」

「あ、いえ。魔王様って化けてたりします?」

 クイの例があるからな。


「別に」

 化けてないのか。


「私は三形態あるがね」


 三形態…またわけわからん話が出てきた。

 常識外の情報が次々に出てきて、頭が疲れてきたよ…。


 どうやら僕は相当疲れていたようだった。

 藁で出来た寝床を整えた後、クイと一緒にマルテルを寝床まで運び、そのままマルテルと一緒に眠ってしまった。マルテルは親切にも羽の内側に入れてくれた。

 産毛が柔らかくて寝心地ち良かった。


 魔王がどうやって眠るのかとか色々見たかったが、それはまた今度で良いだろう。

 そういえば、こっちの世界に来てまだ一度もろくに寝ていなかったんだ。



 こちらの世界に来てから、正確な時間は分からないものの、もう何日も経っていたはずなのに

『一度も寝ていない』なんてことがあるだろうか。


 冷静に考えればおかしいことだったが、そのときはそこまで考える余裕もなく、真っ逆さまに眠りに落ちていた。

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