第8話 ずっと同じ姿勢でいるのって疲れるな

 鍾乳洞の城の中で僕はあの巨大な八本足の怪物の姿になってしまった。

 そしてここは、この身体では狭い。足を伸ばすことも出来ない。

 伸ばしたら…多分内部を破壊してしまう。


 あの『魔王様』の機嫌を損ねるわけにはいかないんだ。人間の姿に戻してもらうために。

 だから魔王が戻るまではおとなしくしていなくては。


 僕は窮屈にもひたすら手足を曲げて小さく動かずに我慢していた。


「戻れないノ?」

 マルテルの問いかけに、僕は頷いた。言葉が通じない以上は何とかこうやってコミュニケーションを取るしかない。


「とりあえず、クイを離してアゲテ」

 クイを爪にひっかけて持ち上げたままだった。

 魔王からは「城にいるのは大切な部下だから殺さないように」と言われてた。別に殺すつもりはないが、傷つけたらやはり魔王の機嫌を損ねるかも知れない。


 クイの表情を見る限り完全に戦意喪失してるみたいだから下ろしても大丈夫かな。

 僕はクイをそのまま爪から落とした。ちょっと高さがあったけどケガするほどでもないだろ。


「魔王サマに姿変えてもらったノ?」

 僕は頷く。せめて筆談でも出来ればいいのになぁ…。紙とペンはないかな。

 そもそもこの世界に文字はあるのか? そういえば言語ってどうなっているんだろう…。

 なんとなく日本語を喋ってるつもりだったけど、ここで日本語が通じてるとは思えないんだが。


 僕はそのまま大人しくしていた。

 あれからどれだけ時間が経ったのだろう。


 魔王が帰ってくる様子はなかった。王様のくせにちょっとお城を留守にし過ぎじゃないのか?


 クイは怯えてしまったのか、姿を見せない。

 マルテルはときどき様子を見に来て声をかけてくる。


 疲れた…。

 同じ姿勢でじっとしているのは疲れる…。足を伸ばしたい。

 意識が朦朧としてくる。眠ってしまえばいいんだろうけど、どうにも眠る気にならない。ただ思考が薄くなっているだけ…。


「ヤツカド」

 またマルテルが来た。僕はぼうっとしたままその声を聴いている。

 視線だけ向けると、隣にクイがいた。両手いっぱいの大きさの籠を抱えている。

 中に何か入ってるようだけど…。


「あの…お詫びだ…」

 クイが籠を僕の前に置いた。


「ヤツカドがお腹空いてるんジャないかっテ、クイが食べ物持ってきたヨ。何食べるカ知らないからポクらのゴハンと同じものだケド」

 

 そうか。目の前に置かれたこれは食べ物なのか。折角だからいただこう。

 そう思い爪の先で刺して口に運んでみた。


 しかし、その『食べ物』は一瞬で消化液で溶けてしまって味わう間もなかった。この身体には小さすぎるんだ…。

 しかも下手に少量を口に入れたものだから、消化液が変に分泌されて…ヤバいな…もっと何か食いたい…。


「ドウ? ヤツカド」

 目の前で鳥が喋っている。鳥…


 大きな鶏肉…

 鶏肉、肉はいいよな…


 食べたいな…


 僕は目の前の鳥の目をじっと見つめた。

 ああ食べたいな…でも目の前のコレはダメ…分かってる…。


「ヤツカド…」

 鳥が話しかける。


「ポクのこと、食べたいの…?」


 うん。食べたい。

 以前食べた牛肉は美味かった。口の中の消化液で溶かしながら味わう生肉の美味さといったら、どんな星付きレストランのメニューにも劣らないほどの美味さだった…。目の前の鳥もさぞかし美味いんだろうな…。


「いいヨ…、ポク、ヤツカドに食べて欲しい」

 これは夢かな…。目の前の鳥が自ら僕の口の近くに飛んできた。


「お、おい、おまえ、まさか…!」

 クイが何か言ってるけど、小さいよおまえ…よく聞こえない。


「どうゾ…食べテ…」

 目の前の鳥は恍惚とした表情で僕に自らの全てを捧げようとしている。

 そこまで言われたら我慢することはないよな…。


 僕の長い舌を伸ばして鳥に巻き付けた。

 舌が巻き付いた部分の消化液で鳥からジュウジュウと煙が立ち上る。食欲をそそる良いにおいだ…。


 いただきます



 あ!痛い!

 次の瞬間、僕は舌に鋭い痛みを感じ、鳥から舌を離してそのまま舌を口に戻した。


 いたた…何今の…?


 見ると鳥…じゃなくて、そうだ。マルテルは、誰かに抱きかかえられている。

 抱えているのは、魔王じゃないか。


「危なかったな、マルテル」

「ポ、ポク、一体…」

 魔王は茫然としたマルテルをその場に下ろし、下がるように命じた。


「配下どもを殺すなと言っただろうが」

 魔王は不機嫌そうだ。しまった…。何やってるんだ僕は。


「いいから、姿を変えてやる。やり方は分かってるな」


 え? 今回は全く交渉なし?で人間に戻してくれるの? 良かった!


 僕は例によって本来の姿をイメージする。そして凍えるような冷たいものが身体を伝わる…。感覚が消える。


 気が付くと、あの巨体は消えていた。

「ああ、戻れた…」




 魔王は、マルテルが落ち着くのを待って事情を説明するように言ってその場を去った。

 僕は…。


「それ、もらってもいいかな?」

 籠を持ったままのクイに声を掛ける。食欲が収まったわけではないので何か腹に入れたい。

 クイは無言で籠を僕の方に突き出した。


 先ほどは全く吟味する余裕がなかったけど、これは…固いパンのような食べ物だった。

 正直あまり美味しくないけど、1つ食べれば腹は落ち着いた。

 やっぱりこの身体だとそれほどの量は必要ないんだな。絶対こっちの方が燃費がいい。


「ヤツカド、あんた自分では姿を変えられなかったんだな。悪いことした」

 クイは神妙な顔で言う。


「ああ、うん。そうなんだ。というかまさかみんな化けられるの?」

「個体による。出来るヤツもいるし、出来ないヤツもいる。分かってたのに…。オレは出来るからつい…それに人間を見るとすぐカッとなっちまって…」


 へぇ…意外だな。こんな粗暴な外見で。

 こういう肉体的なタイプって力押しだと思ってたよ。そういえば言葉もマルテルよりキレイだし、実は知的なタイプなのかな。


「あんたには迷惑掛けちまったから、せめて詫びの印に、オレの本当の姿を見せてやるよ」


 え?化けてたの?


 クイは目を閉じてスウと息を吸ったかと思うと、その大きな身体は小さくなっていった。

 そして再びクイが目を開くと、そこにいたのは黄土色の肌の色こそ変わらないものの…ふわふわとしたミカン色の髪の毛を持つ少女だった。


「えええええ!?」

 驚いて凝視する僕から、クイは恥ずかしそうに目を逸らした。


「…みっともないし、なんか人間みたいだろ…? オレ、この姿で生まれたから昔からよく人間の仲間だって言われて殴られたりしてさ…だからオレ、人間大嫌いなんだよ…」


 いやいやいや


「なに言ってんだよ。そっちの方が絶対いいって!僕はそっちの姿がいいと思うな!」

 あんな横にでかい化け物の姿よりかわいい女の子の方が絶対いいに決まってるじゃないか。


「そうか?」

「そうだよ!クイはそのままがいいよ。もっと自信を持てって!」

「そんなこと言われたの初めてだ」

「そうか? ここの連中は美意識がどっか行ってるんだな」


 クイは嬉しそうだった。うんうん。そうだよな。外見にコンプレックスのあるヤツはどこにでもいるよな。僕はイケメンに生まれてこれて良かったよ。


「ヤツカドはすごいんだな」

 外見を褒めたお返しなのか、クイが褒めてきた。


「まあ僕はね。すごいよ。頭はいいしイケメンだし。人生で不自由したことがない」

「? そうなのか? よく分からねぇけど。でもでかいし強いし。さすが魔王様が期待してただけある。しかもさっきのアレ、鬼眼きがんだよな」


 きがん?


「なにそれ」

「知らねぇで使ってたのか?」


 使うも何も…。ただじっとしてただけだし…。


「ほれ、マルテルが自分から食われに行っただろ」


 えーと…意識が朦朧としてたからよく覚えてないけど…。そういえばマルテルが「自分を食べて」みたいなこと言ってたような。


「ときどき使えるヤツがいるんだよ。獲物を視線で捕らえて捕獲する力。でもおまえみたいに魔物相手に効くほどの強力なのを使うヤツは滅多にいない」


 蛇が蛙に睨みを効かせて動けなくするようなものかな。


「うーん…。そうなの? そんなの出来る気がしないんだけど」

「今度元の姿に戻ったら、試してみればいいんじゃねぇか?」


 今度こそ…


 二度とあんな姿にならないぞ…っと。


 僕は心に強く誓ったが…

 多分またアレになっちゃうんだろうなぁ…。

 クイみたいに自分で何とか出来ればいいのに…。


 やり方を教わって出来るようにならないかな…

 

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