第7話 怪物がうようよいるんだけど
城に近づくと、門の前に大きな像が建っている…と思ったら生きていた。
3メートルほどはある巨人じゃないか。生きてる!怪物がいる。怪物なんて初めて見た!これはなかなか得られない経験だ!やっぱりここは怪物の世界だったんだ…。
この怪物は門番を務めているようで、女を見ると恭しく頭を下げ門を開けた。
やはり住人は怪物ばかりなのか…。
僕みたいな普通の人間が入って大丈夫なのかな…。
彼女について城内に入ると、一瞬でその異様さが分かった。
怪物だ。怪物がうようよいる。単眼の巨人に、爪の鋭い四つ足の獣のような怪物…。
その怪物達も、彼女の姿を見ると床に跪き頭を垂れた。みなさんしつけがなってます。
「この者達は私に服従しているが、おまえのことは知らない。言葉が使えないものも多い。城内で無暗に暴れないようには言ってあるが気を付けてくれ」
「は…はい」
そ、そうだね。こんなのに絡まれたら僕なんて簡単に殺されてしまう…。しばらくは彼女から離れない方が良さそう…。
「大切な部下達だ。殺さないように」
ん…?
聞き間違いかな? 『殺されないように』じゃなくて?
あの怪物の姿ならともかく、今は非力な人間ですよ?
冗談かな?
「ご冗談…」
今はまだ彼女のツボや許容範囲が分からない。慎重に会話しなければ。
「さて…奥で先ほどの話をじっくり聞かせてもらおうか」
もう少し情報が欲しい。時間稼ぎをしなくては。
「そうですね、まずは…」
僕が言いかけたとき
「魔王サマーーーーー!」
甲高い声が聞こえた。そして誰かが走って駆け寄ってくる。
「マルテルか」
「ハイ!魔王サマ、待ってたデす!」
『マオウサマ』と呼ばれるのは彼女のこと? 『魔王様?』
よく見るとそのマルテルと呼ばれた相手はサイズこそ人並みだが、明らかに人間ではない。
嘴がある。羽もあるようだ。鳥だ…。でかい鳥だ!紫色のカラスのような鳥!
鳥が喋ってる…こいつも怪物なんだ…。
とはいえ…怪物の中ではかわいい方かも知れない。長いあの嘴でつつかれたら痛いだろうが。あまり威圧感はない。大きさも人ほどで巨大でもないし。鳥にしてはでかいけど。
そのマルテルは彼女に何か慌てて訴えている。何を言っているのかな。
南方でなんちゃらかんちゃらが騒動を起こして殺し合いがどうのこうの…物騒な話のようだ。
「わかった。すぐに行かなければ」
彼女は僕の方を振り返った。
「私は急ぎの仕事が入ってしまった。このマルテルは私の側仕えで身の回りのことをしてもらっている。話は後で聞かせてもらうからヤツカドはしばらくはマルテルの側にいろ」
「わかりました」
これはラッキーだった。彼女の悩みを解決できると大ぶろしきを広げてしまった以上、ここで迂闊な失敗は出来ない。それまでに情報が欲しい。この世界の知識があまりに足りない。彼女のいない間にマルテルとやらから聞き出してしまおう。
その会話を交わすと彼女は風となって消えてしまった。彼女が神出鬼没だったのはああやって移動してるからなんだな。納得いった。いや、移動方法が非現実的で非常に納得いかないけど。何か僕の知らないメカニズムがあるんだろう。
「えーと、マルテルさん? 初めまして。ボクは
「はじメました」
…なんか言葉が変。
「魔王サマガ混沌から戦力を連れてクるとおっしゃっていたけど」
マルテルは僕を訝し気になめるように見回してる。
「思っていタのとだいぶ違タ」
「そ、そうですか?」
「そうだヨ。今度生まレル魔物は何千年に一度のオオモノの予定だから、って魔王サマ楽しみにしてタ。でも戦力ニなるのかナ、コレ」
そうですね。僕は非力な人間ですから…。怪物じゃないし…。
とはいえ弱いと分かったらなめられる可能性があるから敢えて何も言わない。
「まあイイヤ。あの扉の向こうが魔王サマの居室だカラ。仕事の邪魔はシちゃダメだよ。」
「質問いいですか?」
マルテルは頷く。この怪物やっぱり鳥っぽい。サイズはともかく結構かわいいじゃないか。つぶらな瞳がいいな。
「『魔王サマ』って、あの女の人のこと?」
「そうダヨ。ポクたち魔物が王と崇メル方だから魔王サマだヨ。おまえ混沌から生まれたばかりダカラ何も知らナイんだね」
「マルテルさんは魔物なんですか?」
「そうダヨ。おまえもデショ」
…。そこは肯定したくない。
そもそもこれは輪廻転生というやつだろうか。僕は死んで別の存在に生まれ変わったってことかな。そんで前世の記憶があるのかな。そうだとすると元の世界に戻るのはもう無理ってことだろうか…。可能性のひとつとして。
「すみません、自分でもよく分からなくて」
「生まれたバカリだから仕方ないヨ。気にしないデ」
いい人だ。鳥か?
『いい人』はいい。精神状態が安定している傾向があり猜疑心が強くない。情報提供者としては適任だ。
ともかく現状把握のためのぼくはマルテルに聞けることは聞きまくった。
しかし、ところどころ言葉が伝わらない上、『難しいことは分からないヨ』と言われてしまう。率直に言って知能が高くない。
なかなか疑問は解消されないのは不満であるが、良い点もある。
知能が高くないということは御しやすいということだ。
まだ仮定の段階だけど、この怪物世界はあまり知能が高いヤツはいないのかも知れない。
あの女は一筋縄ではいかない感じではあるが、多くの知能が低いのは有利だ。うまく丸め込めば利用できる。
しばらく待ったがあの女が戻る様子はなかった。
ただ待っているのもヒマだから、マルテルの手伝いをしてみることにした。
手伝いといっても、大したことではない。
基本的には掃除と、あとは留守番。
ときどき怪物が外から来てマルテルに何か伝えて去っていく。
「彼女、遅いですねぇ」
僕はマルテルにこぼした。
「カノジョじゃないよ。『魔王サマ』とお呼びシナイとダメだヨ」
たしなめられた。
「魔王様は何をしに行ってるんですかね」
世間話のフリをして探りを入れる。
「聞いた限りだト、魔物同士がケンカしてるみたいダヨ」
ケンカの仲裁に行ったのか。
「別にそれくらい放っておいても良いのでは? 大体それ王様の仕事ですかね」
「ケンカのせいで広範囲で焼け野原になっちゃったらしくテ。あんまり目立つことしてると人間に見つけられるカラね」
『人間に見つけられる』! また出てきた。『人間』!
これは聞かなければ
「魔物と人間は戦争をしているんですか?」
「今はしてナイよ」
「昔はしてたと?」
「うん。ずっと前はシテた。ずっとずっと昔っから何度も何度も何度もしてタの」
「今は停戦中?」
「っていうカ、ずっと前に魔王サマがこの辺一帯の人間を滅ぼしたカラ」
…滅ぼした? 人間を?
「それは酷い」
「ヒドくないヨ。ポク人間キライ」
人間が嫌われているらしい。…僕の正体が人間だって知れたら殺されるのか?
「人間しぶといんダヨ。何度滅ぼしても、すぐ増えてまたポク達を攻撃してクルの。こっちは平和的に暮らしてるのに、どんどん住処を増やしテって、山を崩したり洞窟埋めたりするノ。人間以外の生き物は魔物以外もたくさんいるケド、人間はそいつらも殺しまくるノ」
…まあ、僕の知ってる人間もそんな感じか。
山を切り開いて野生の動物の棲む場所は毎年狭まっていくし、危険だと思えば熊でも狼でも殺しまくってたな。
「それに人間、気持ち悪イ。みんなおんなじ形シテる。しかも人間がぽこぽこ人間同士で人間を生むカラ、増える量が半端じゃナイの。あいつらコピーを増やしてるんだよ」
それは人間がセックスして子供産むって話だよな…? 普通のことじゃないか?
「お。人間の悪口か? それならオレも混ぜてくれや」
話に割り込んできたのは、…これはなんと形容したものか。僕よりもマルテルよりも背が高い。際立つのは横に広いこと。両目の間隔が開いていて黄土色の皮膚をしている。髪の毛はない。それ以外は割と人間に近い怪物だった。服のようなものも着ているし。
「新米だろ? よろしくな。オレは『クイ』」
「はあ、どうも。ヤツカドです」
笑顔で友好的な怪物なのかな?と思ったが、すぐに表情を変え僕を睨みつけてきた。
「あんたさ、なんで人間なんかの姿に化けてるんだい? ここでは人間に好意的なヤツはいねぇんだぞ?」
うーん…。ここで安全に暮らすためには少しバケモノっぽくした方がいいのかな。がおー
「クイ、カッコなんて別ニどうだっていいジャナイ」
マルテルが宥めに入った。
「いいや、気に入らないね」
そう言いながらクイは僕の胸倉をつかんできた。やめろよ服が皺になるじゃないか。
「人間の姿を見るだけで吐き気がするんだよ。化けるなら別のヤツにしろよ」
因縁つけられるのは困るなぁ。
「言い分はよく分かりました。ただここは魔王様の居城でもありますし、ここで騒動になるのはお互いのためになりません。次回お会いするときまでに検討しますので、出来ればご要望の旨は書面にしていただけると助かります」
ついいつものように対応してしまった。これでも動揺しているんだ。
「ペラペラ口が回るヤツだな!おまえが今別の姿に変われば済むって言ってんだよ!」
そう言うが早いか、クイは僕をそのまま床に叩きつけた。痛い。
「やめて下さい。大勢の人が見ていますよ。後に責任問題になります」
クイは怯む気配を見せない。
「今でしたら僕も問題にはしませんから…」
クイはサディスティックな笑みを見せた。これは…来るな…
「どうしても変える気はないと見える。それならその姿、ボコボコにして人間らしくなくしてやるよ」
一撃。殴られた。痛い。
なんでこんな目に遭わなくちゃいけないんだ…。僕は粗暴な行為は好きじゃないんだ…。
ああ僕のイケメンな顔が…あの巨体にやられたんだから歪むかも…。
顔が崩れたような感覚があったので、手で触れてみる。
痛いわけだ…。皮膚が破れてる。けれど…血が出ていない?
というかこれ、ヤバい。破れた皮膚の下から例の黒い固い毛が触れる。
そういえば簡単に戻ってしまうってあの女は言っていた…。
「ダメだ、これ以上殴るな!」
必死に止めたが、クイは止める気がないらしい…。
ああ…もう…
だからダメだって言ったのに。止めたのに。
僕の『中身』は皮膚を破ってどんどん巨大化していく。クイは途中で殴るのを止めたけど、もう遅い。瞬く間に僕の姿は変わり果ててしまった…。
どうしてくれるんだ。こんな城の中でこの巨体になっちゃって…
自分では戻れないのに。
本当に!だから!粗暴で短気で頭の悪い奴って嫌いだよ。
僕は爪の先でクイの服をひっかけて目の前にぶら下げた。
2メートルくらいの大きさのクイだったが、こうして見れば小さいもんだ。
僕は苦情を申し立てているわけなんだけど、声がまた出ないもんだから「ぷしゅるるる…」ってなってて、どうやらクイには伝わっていないようだ。
人間の姿に戻してもらえなかったらどうしてくれるんだ。おまえのせいだぞ!
伝わらないながらも文句をつけたら、唾が飛んでクイにかかった。
あ、唾ついた部分がジュウジュウと音を立てて焼けてる。痛がってる。わざとじゃないよ。
クイは涙目で叫んでいる。
「ごめん、ごめんなさい!謝ります!」
「ヤツカド、もういいでしょ!戻ってヨー!せっかく掃除したのに散らかっちゃうデショ!」
マルテルも叫んでる。そうだね。一緒に掃除したお部屋が散らかっちゃうね。
でも、僕は自分ではどうしようも出来ないんだってば…。
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