最終回 第165話 ただいま

「結局、私たちは… そして、ここはどうなるのかしら…」


トーカがぽつりと呟く。


 先程のカオリの執事ゴーレム、セバスにより、敵の転生者のマコトと言う人物は消え去った。その後にこの館の対する攻撃や軍勢の行進する音なども聞こえない。非常に静かな状態だ。


「全く、周りの状況が分からないわね…」


セクレタさんがそう言葉を漏らす。


「そうですね… 皆さん、転移や馬車と徒歩で避難しましたので、この辺りにいるのは私たちだけですね… 戦闘をしているはずの敵と転生者達以外には…」


 私はそこで言葉と胸が詰まる。彼ら転生者達は、私の身を守る為と、恐らく私の手を血で染めさせない為に戦場へと赴いたのであろう… そして、もしかしたら彼らの命は…


「もしかしたら… もしかしたら… 皆さん、戦場で… 私のせいで…」


 私が独りよがりで考えず、ちゃんと皆と相談していれば、この様な事を回避できたかも知れない…


「マールちゃん… 自分を責めないで… 今回の事は私の責任なの…」


「セ、セクレタさんの責任?」


私はセクレタさんに向き直る。


「そう…私の責任… マールちゃんには話していなかったわね… 全ての事情を…」


「全ての事情? それは何ですか?」


 今回の物事は、大災害や隣国セントシーナの侵攻など、私の認識の及ぶ範囲外の出来事が多かった。しかし、それ以上の事があるのだろうか?


「そうね… どこから話したらいいかしら… やはり、マールちゃん、貴方のお母さんのエミリーの日記から話さないとね」


母の日記? なぜ今、そんな物の話がでてくるのであろう?


「マールちゃん、貴方、執務室に日記を置いていた時があったでしょ? あの時に日記が私の魔力に反応して、エミリーから私へのお願いというか遺言が現れたの…」


「母からの…遺言ですか?」


 日記は私の魔力には何の反応も示さなかった… しかし、セクレタさんの魔力に反応したという事は、セクレタさんだけに伝えたい事があったのか… なぜ、私には最後の言葉がなかったのであろう…


「マールちゃん、そこには貴方への愛情と、その愛する娘を救いたい思いが綴られていたわ… そして、何故、貴方に遺言を残せなかったのか… また、何故、エミリーや貴方のお父さんが貴方を残して死ななければいけなかったのか…」


「もしかして… 母の死も父の死も… 私が関わっているんですか?」


私は胸が締め付けられる思いで尋ねる。


「マールちゃん、これから話すことで気を落とさないでね… 貴方が大切な人々の為に、命をかけようとしたように、貴方のご両親も大切な人の為に命をかけただけなのだから…」


「…はい…」


私は小さくうなずいて答える。


「エミリーの日記によるとね、貴方のお父さん、ネーズは世界の監視者という特別な存在だったらしいの、それがどの様な存在なのかは詳細に記されていなかったけど、それは神や悪魔に近い存在で、地上の人々の生き様を間近で見るだけの存在だったらしいの」


お父様がその様な存在だったなんて…


「そこに貴方の母親であるエミリーがこの世界に転生して、ネーズと出会った。そして、エミリーはネーズに一目ぼれして求婚したそうよ。監視するだけの存在だったネーズは最初は困ったそうだけど、あまりにエミリーが求婚してくるそうなので、ついに根負けしたらしいわ。でもそこから二人に愛が始まり、そしてマールちゃん、貴方が生まれたの」


 その話は聞いたことがある。母は父の事を大変愛していたので、父の死後も再婚をしなかったと…


「そして、エミリーと貴方に情が沸いてしまったネーズは、貴方たちの未来を気にして、世界の監視者の能力を使って、その未来を覗き見た… そして、貴方たちの未来に横たわる悲惨な運命を見てしまったの…」


私の未来に横たわる悲惨な運命?… もしかして、あの夢の事?


「だからネーズはその未来を変えようと大きく行動してしまった… それが上位の存在にばれて、彼は殺されてしまったというか… この世界から退去させられてしまったのよ…」


「それがお父様の死の原因…」


私は呟く。


「その意思を受け継いだのが、貴方の母であるエミリーよ… エミリーは大変苦労したみたいね… マールちゃん、貴方の未来に横たわる運命は、大災害にセントシーナの侵攻…あまりにも大きすぎた… それはこの世界の物をどう動かしても回避することが出来ないぐらい…  それは濁流にのまれている魚が、その川の流れを変えられないようなものだったわ…」


 確かに大災害にしろ、セントシーナの侵攻にしろ、私のようなちっぽけな領主ではどうしようもない出来事だ…


「だからエミリーは考えた、魚は川の流れを変える事は出来ない… では、川から救い出してもらえば良いと… だから、エミリーは自分がそうであったように、異世界の人間にその望みを託したの、でも、一人や二人ではどうしようも無い大きさの運命だった… だから、自分の全て…命までかけて運命を変えられるだけの転生者を呼び出すものを作り上げた… それが転生者達100人を呼び寄せた日記の魔法陣なの」


「そんな… あれはいつの日かお母さまが元の世界に帰る為の物で、私が生まれたので諦めたのではなかったのですか?」


 私はセクレタさんに問いかける。私はてっきり私が生まれた事により、母が元の世界に戻ることを諦めていたものと思っていたからだ。


しかし、セクレタさんは私の言葉に首を横に振る。


「いいえ、違うわマールちゃん… 元々帰るつもりなら、他の物に記していたはずでしょ? でも、エミリーはネーズと結婚して、ここで暮らす様になり、その最後の日記に記していたのよ… それはエミリーの最後の願いを貴方に伝えるため…」


 そうだ… セクレタさんの言う通りだ… 最後の日記に記していたのは、全て私に伝えるため… 私の運命を変える為だったのだ… それなのに私は勘違いして母が元の世界に帰りたがっていたと思い込んでいたのだ… 私はなんて親不孝な娘なのであろう…


 それに、私一人の運命を変える為に母は100人もの転生者を呼び出したというのか…そして、私はその転生者を結果的に戦場へ送ることになってしまった…


「私は… 私は… なんという罪深い存在なのでしょう… 母の思いやりにも気が付かず… そして、自分自身の為に多くの人々を、その手を血で染め、命を落とすかもしれない戦場へと送ってしまった… 私は… 私は… なんて彼らに謝れば…」


 私は自分自身の罪深さ、そして転生者たちの事を思い、ぽろぽろと止めどなく涙を流し、両手で顔を覆う。


「マールちゃん! 間違えないで!」


セクレタさんが叫ぶ。


「マールちゃん、彼らを呼び出すまではエミリーが仕組んだことよ… でもね、日記に記されていたの、例えわが子の命が惜しいからと言って、自分と同じ日本人の転生者を強制的に娘を守る盾には出来ないと」


私は顔を上げ、セクレタさんを見る。


「だから運命の日が来るその日まで、マールちゃん、貴方を見守って欲しいと… 貴方が転生者達とどう付き合い、どの様な人間関係を築くのかを見続けて欲しいと… そして、最後にその事を転生者達に伝えて欲しいと…」


セクレタさんは私に歩み寄ってくる。


「私は彼らに全てを告げたわ… そして、彼らは納得してくれた、貴方を守ってくれると言ったわ… だから、彼らはなんら強制された訳ではなく、自らの意思で戦場へ…戦いに赴いたのよ… エミリーは貴方の運命を変える事が出来る人々を集めただけ… でも、そこから彼らをやる気にさせたのは、貴方自身の努力と思いやりなのよ…」


そこへカオリも私の所へ歩み寄ってくる。


「そや… あいつらも言うとったで… あいつらも前の世界では生きる意味を失っとった… でも、ここに来て、ようやく生きる意味、生きる楽しみ、生きる喜びを得る事が出来たって… その場所を与えてくれたのが… マールはんやって…」


トーカも私の所へ歩み寄ってくる。


「私もカオリの言葉が良く分かるわ… 私は帝都ではいつも何かにイラついてカリカリしていたわ… 周りの人が全て競争相手のように思えて… 競って、見下して、妬んで… でも、ここに暮らす様になってから、ようやく自然体の自分になれたの… それは貴方のお蔭よ… マール…」


トーヤも身体の痛みを堪えてやってくる。


「妹のトーカを一度ならず二度までも、救ってもらった… そして、表面上の友人しかいなかった私に100人もの友人が出来た… それもここのお蔭…マール嬢、君のお蔭だ…」


そして、カオリが私の手を取る。


「だから、マールはん、あいつらが帰ってきたら、謝罪やのうて、感謝のありがとうって言ってあげよな…」


「カオリさん…」


そして、トーカ、トーヤ、セクレタさん… 皆、次々に私の手を取る。


「バブー!!」


「あっ! あいつらが帰って来たみたいやで!!!」


赤ちゃん転生者の声にカオリが叫ぶ。


「外に出ましょう!! 迎えに行きましょう!!」


私は声をあげる。


外に出ると、いつしか長い夜が終わりを迎え始めて、朝焼けの空が広がっている。


 私たちは、転移建屋を出て、敷地の正門へと目を向ける。そこには朝焼けに照らし出された転生者たちの姿があった。


「み、み、みなさん!!」


私たちは転生者たちに向けて駆け出す。


「帰って来た… 帰ってきよった!!!」


「ホント! 本当に帰って来たわ!!」


「みんな! みんないるじゃないか!!」


「約束を… 約束を守ってくれたのね!!」


 段々、転生者達、みんなの顔が見えてくる。誰もかれも、薄汚れて疲れた顔をしているが、私たちの姿を見て、顔を綻ばせていく。


「みなさん! おかえりなさい! あ、ありがとうございました!!!」


私はそう叫んで、一番前の転生者に飛び込む。


「マ、マールたん!?」


飛び込まれた転生者は少し狼狽える。でも、そのな事はどうでもいい。


「よく戻られましたね。ショウさん!」


「えっ!? マールたん! 俺の名前を!?」


転生者は私に名前を呼ばれた事で目を丸くする。


「みんなとずっと一緒に暮らしてきたんですよ!」


「もしかして、俺の名前も?」


別の転生者が声をあげる。


「当り前じゃないですか! サイトさん」


「じゃあ、俺!」


「ちゃんと、ナオフミさんの事も分かります」


「「俺! 俺!」」


他の転生者達も私の前に身を乗り出してくる。


「スバルさんも ミチオさんも カンジさんも サトルさんもちゃんと覚えています!!」


 私は他の転生者たちも、顔を見てその名前を呼んでいく。そして、名を呼ばれた転生者は喜びで顔を開いていく。


「みなさんが来られたあの日から、ずっと一緒にご飯を食べて、色々騒いで…たまに衝突する時もありましたけど、一緒にずっと過ごしてきたじゃないですか! 一緒にいたじゃないですか! 皆さんの名前を覚えてない訳はありませんよ…」


私はそこで少し涙で声が詰まる。転生者たちも皆、ぽろぽろと大粒の涙を流し、男泣きをしている。


「だって、皆さんはもう私の家族じゃないですか!!」


「うっ… うっ… うっ… うぉぉぉぉぉぉ!!!」


むせび泣きをしていた転生者たちが雄たけびをあげる!!!


「もう! 俺たちは転生者じゃねぇ!!! ここの人間になれたんだぁ!!!」


 そして、私たちは互いに抱き合って、生き延びたことを、そして家族であることを再確認してここにある喜びを分かち合った… いつまでも、いつまでも、朝焼けに照らされて喜びあった。











「これが、大災害とセントシーナの侵攻、異世界人騒動の結末です… っと、これで書き終わりましたね…」


私はぱたりと日誌を閉じる。


「ラジル」


「はい! お姉さま!」


ラジルが私の所にやってくる。


「これが日誌です。私のいない間に読んでもらえますか?」


「はい! 分かりました!」


ラジルはここ一年で大きく、そして立派になった。


「困ったことがあれば、ちゃんとおじい様とおばあ様そしてトーカさんに相談するんですよ」


「はい!」


 ラジルは後ろにいるおじい様とおばあ様をちらりと見て答える。トーカも微笑んで見ている。


「マールはん! 準備できたで!」


「分かりましたカオリさん、すぐ行きます! さぁ、セクレタさんも」


「えぇ、行きましょうベルクードへ、マールちゃんの伯爵としての初仕事だけど、向こうの復興の手助けは大変だわね…」


「大丈夫ですよ、私にはみなさんがいますから!」




完…



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


永らくのご愛読、誠にありがとうございました。

今後の活動や、その後のこの世界の事について、またその他の事など合わせて

あとがきの様なものを後日、投稿するつもりです。



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