第164話 同じ転生者、同じ人間としての違い

「人んちで散々好き勝手やってくれたな…」


マールの転生者はセントシーナの転生者を睨みつけながら近づく。


「くそぉぉぉ!!! お前らぁぁぁ!!!」


 セントシーナの転生者はマールの転生者に腕を伸ばし魔法を撃ち放つが、撃ち出した瞬間、魔法は上に逸れてあらぬ方向へと飛んでいく。


「くそ! なんでだ!!」


「そりゃ、シールド魔法で逸らしたからに決まってるだろ」


狙われた転生者が答える。


「ヘロヘロになったお前なら、俺ら一人でもなんとか出来るよな」


「あぁ、彗星でかなり力を使ったからな、今なら大丈夫だ」


 戦場では皆の力を集結しないと、男の魔法を逸らす事は出来なかったが、同じ消耗した同士なら、その力はほぼ対等である。


「お、俺の負けだ… それでもういいだろ…」


叶わないと悟った男は、急にへりくだって負けを認める。


「これだけの事をしでかして、いい訳ねぇだろうが!」


「お前、ゲームかなにかと勘違いしてねぇか?」


転生者たちは男に詰め寄る。


「し、してねぇよ… お、俺、中身は高校生だからさ… こ、こんな大事になるなんて、思ってなかったんだよ」


男はへらへらと笑いながら見苦しい言い訳を始める。


「お前… 自分は未成年だから許されると思ってねぇか? ここは日本とは違う、異世界なんだぞ」


「お、俺… 子供だったから分からなかったんだよぉ つ、償えって言うんだったら、セントシーナに戻ったら、一生あっても使い切れねぇ程の金があるんだ! そ、それをやるよ!」


しかし、転生者は黙って何も答えない。


「お、女だって沢山いるんだ! し、しかも、向こうの国でアイドルみたいな奴だ! 肉奴隷にしてやったからよぉ~ なんでもやりたい放題だぜ!」


それでも、転生者は黙って何も答えない。


「な、なんだったら、お前らがアイドルみたいに思っている、あの当主を肉奴隷にする方法を教えてやるぜ! そ、その方がいいんだろ?」


その言葉を聞いて、転生者はふぅっとため息をつく。


「お前、何も分かっちゃいねぇ…」


転生者は男の提案を拒絶するように答える。


「な、何がだよ…」


「アイドルというものは、手が届かなくて、ガラス人形のようにキラキラ輝いていて、壊したら二度と元には戻らないからいいんだよ…」


転生者は男に一歩近づく。


「一体、何だよ…」


「手垢のついたガラス人形はただの泥人形だ。だから、俺たちは手垢のついたアイドルなんていらねえし、手垢もつけさせねえ。それが自分の手垢であってもだ…」


転生者は男を見下ろすように立ちはだかる。


「だ、だからなんだって言うんだよ!!」


男が叫ぶ。


「分からんのか? お前なんぞの提案には乗らないって言ってんだよ!」


 自分が交渉に絶対に使えると思っていた金と女の提案を拒否されて、転生者の言葉に男はたじろぎはじめる。


「お、同じ日本人同士じゃねぇか… ふ、復讐は何も生まないって言うしよぉ… あ、あれだ、憎しみの連鎖って奴! あるだろ?」


 男はこの期に及んで、倫理や常識などを持ち出して、何とか難を逃れようとする。


「憎しみの連鎖か… その言葉には俺も賛同するな…」


転生者の一人が口にする。


「じ、じゃあ… 俺を見逃してくれるんだよな? 助けてくれるんだよな?」


転生者が「賛同する」という言葉を使ったので、男は顔を緩ませる。


「はぁ? 何言ってんだよ?」


「何って…なんだよ…」


転生者の言葉に緩んでいた男の顔が強張る。


「分かんねぇのか? お前をぶっ殺して、その憎しみの連鎖の根源を断ち切るって言ってんだよ!」


「キェェェェェェェェェェェ!!!!!!!」


 男はもはや、転生者たちが自分を許すことは無いと悟り、狂ったような奇声を上げ、魔法を使う為、転生者に腕を伸ばす。


「こうなれば、俺の究極魔法インフェルノヘルファイヤーパーフェクトビームを食らわせてやるぅぅぅ!!!!」


「お前はあれか? 人一人殺すのにわざわざ大砲とか持ち出すパターンの奴か…」


転生者はそう言うと、手元から何かを男の差し向けた腕に撃ち込む。


パスッ!


 何かが、男の掌から肩に向けて何かが貫通し、一瞬で骨が打ち砕かれ、腕がだらんと垂れて、少し遅れてから激痛が男に響く。


「ぎゃぁぁぁぁぁおぉぉぉぉぉ!!!! 痛てぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」


男はだらりと垂れた腕を抱え、今まで感じたことのない激痛の為、地面をのたうち回る。


「岩や水、炎を作ったりして派手な魔法があるが、それらを生成するには魔力が必要だ。規模を大きくすればその必要量は指数的に大きくなる… だが、その魔力を全て運動エネルギーとして使えばどうなると思う?」


パスッ!


男の膝が撃ち抜かれる。


「こうなんだよ… まぁ、実際には撃ち出すものが小さいと断熱圧縮で溶けちまうがな…」


「ごめんないぃ! ごめんないぃ! 痛いぃぃぃぃ!!!」


男はだらりとした腕、膝から千切れかかった足を振り回しながらのたうち回る。


「その言葉は合戦で負けた時に…いや、ベルクードで様々な悪行を行っているからもう遅いか…」


そう言って転生者は足元の小石を拾い上げる。


「まぁ、俺らも見ず知らずの人が殺されたからって怒りに打ち震えたりはしないが、ベルクードにいたカオリンが酷かったからな… 運よく逃げ帰って来てくれたけど」


「そうだよな、カオリンの事もあるし、ここの人々や、やはりマールたんの事を持ち出したのが、一番許せねぇよなぁ~」


パスッ!


男の指一本が吹き飛ぶ。


「ぎゃぁぁぁぁぁおぉぉぉぉぉ!!!!」


「お前は楽には殺さねぇ… 苦痛と恥辱と後悔に苛まれながら、のたうち回って死んどけ!」


パスッ!パスッ!


「俺たちの楽園を侵すものは許さねぇ!」


パスッ!パスッ!パスッ!


 転生者達は男をすぐに殺さないように、それぞれの指、耳、鼻など…わざと身体の末端を狙って撃ち続ける。


パスッ!


「ん? 反応がなくなったな? もう死んだか?」


ほとんどの四肢を失って胴体だけになった男を見て言う。


パスッ!


試しに撃ち込んでも、もう何も反応がない。


「死んだか… で、どうする? 埋めるか?」


「いや、こいつの物がこの地に還るのは気に食わねぇ、燃やして灰にして吹き飛ばそう」


「あぁ、そうだな…そうしよう」


そう言うと転生者たちは男だったものを魔法で燃やし尽くしていく。


「これで… 跡形もなくなったな…」


「あぁ… これでいい…」


転生者たちは焼きつくして何も残っていない跡を見る。


「しかしさぁ…俺、思うんだけど…」


「ん? なんだ?」


一人の転生者の声に皆が顔を向ける。


「もしかしたら、俺らもこいつみたいになっていたかも知れないんだな…」


「負けたら無残に殺されるって事か?」


「いや、違う。こいつみたいに自分の事しか考えない傲慢な存在になっていたかもって事だよ」


その言葉に転生者たちは再び、男の跡を見る。


「俺たちも最初に来た時は、すごい力を持てて、今までの環境とは異なる異世界に来れたことで浮かれていただろ?」


 その言葉に転生者たちは自分たちの行った行為を思い出す。勝手に木を切り倒して家を作ったり、肉が食べたいからと言って猪を勝手に取りつくしたり、嫌がっているメイドにちょっかいかけまくったり… 今から思い返せば恥ずかしくて顔を隠したくなる事ばかりだ。


「確かに思い返せば、昔の俺たちは、こいつとなんら変わらなかったかも知れんな…」


「結局、こいつは最後まで、自分には力があって、他者は自分より下の存在だと思って他人をモブ程度にしか思ってなかったんじゃないか? これはここに限った話ではなく、俺たちの元の世界でもそんな奴らが沢山いただろ?」


「あぁ…そうだな…本当にそうだ… 確かに俺たちも最初はそんな風に考えていたな… でも、俺たちの行為で困って苦しんでいる人々を見て、チクリチクリと良心が痛み出したんだったな… そう感じたとたん、ここの人たちがモブではなく、皆、それぞれ同じ人間であると思い始めたんだよな…」


転生者は天を仰ぐ。


「同じ人間だと思い始めたら、ようやくどれほど傍若無人な行為をしていたかに気が付き、それと同時にマールたんが俺たちみたいなクズの為にどれだけ心を砕いてくれているかに気が付く事が出来たんだよな…」


「この男にはそう思える人間が周りにいなかったんだろうな… それに俺たちにはモブではない、同じ仲間がいたのも大きかったよな… 俺たちは恵まれていたんだな…」


そう言って仲間の顔を見回す。


「じゃあ、仲間の所に戻ろうか」


「館の方じゃなくていいのか?」


「先に、みんなにマールたんたちの無事と、こいつを倒した報告をしないとな… あと、敵軍の後始末も終わっていないだろうし…」


「そうだな、戻ろう!」


そう言うと転生者たちは円陣を組み、光の輪となって飛び立った。



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