第153話 帝都の状況と決断の時

 トーヤは魔法で傷口は閉じたものの痛みの残る身体で、自分が説明すると告げる。


「そなた、傷がまだ痛むようだが頼めるか? 我らも色々と決断をせねばならんのだ」


ロラード卿はトーヤの傷を労わりながらも、説明をするように促す。


「はい、それでは説明致します。先ずは大災害が起こる処から説明いたしましょう」


私はごくりと固唾を呑む。


「先ずは最初の彗星の崩壊ですが…」


私はトーヤの言葉に驚いた。こそからなのかと…


「あの崩壊はアシロラ帝国皇帝陛下が行ったものです」


「えぇ!!!」


私を含めた皆が驚きの声をあげる。それだけ驚きであった。


「あの彗星はそのまま落下していては、この帝国どころか、この星までもが崩壊する危険性を帯びたものでした。なので、皇帝陛下が自身の持てる全ての力を使って彗星を打ち砕きました…」


皆、驚愕のあまり、口を開いたまま驚く事しか出来なかった。


「しかし、皇帝陛下は最初の一撃で力を使い果たし、個々の破片までは打ち砕く事は出来ませんでした。もう、破片については各地、各々の領主や力持つ者に委ねるしかありませんでした…」


 どうなのだろう… 大領主などの力持つものを多く抱える領主なら、力を結集し何とかできたかも知れない… 私の領地は幸いな事に、力を持つ転生者が多くいた為、破片を打ち砕く事が出来たが、私と同程度の領地ではどうする事も出来なかったであろう… もはや、破片が落ちないようにと、天に祈るしか出来なかったはずである。


 それでも、帝国もろとも、いや、この星ごと滅亡するよりかはマシだと言うのであろうか… しかし、それは結果論でしかない…


「そして、彗星が落下軌道の入っていた事、それを皇帝陛下が打ち砕く事、それに伴って帝国内全土が混乱に包まれる事を、予め予見していたセントシーナは、この日の為に帝国内に様々な準備、工作をしていました…」


話している途中で痛みの為かトーヤが顔を何度か歪める。


「セントシーナは国境に近いベルクードに、一般人に偽装した軍人を多く紛れ込ませていたらしく、彗星の破片落下とともに蜂起し、また密かに近海に侵入していた上陸軍と共にベルクードに侵攻しました… しかも、上陸された事が帝国軍に知られないようにする為に、彗星の被害から生き残った者を皆殺しにしていきました…」


「くっ! セントシーナの輩め…」


 話を聞いていたロラード卿はセントシーナに憎悪を募らせる。実際、現場にしたカオリも悔しさのあまり顔をゆがませる。


「次にベルクードを制圧したセントシーナが行ったことは、転移門や転移魔法陣の確保です。奴らはそのまま混乱に乗じて帝都を襲撃する計画を立てていたのです」


「て、帝都を… そんな! あの警備が厳重な帝都に直接侵攻だなんて…」


ユズハ卿が声をあげる。おそらく帝都の警備に絶対的な信頼を置いていたのであろう。


「セントシーナの奴らは帝都にも一般人や冒険者を装って侵入していたのです。大災害の始まりと共に、ベルクード側と帝都側両方の転移門や転移魔法陣を確保しようとしたのです!」


「では、今、帝都はセントシーナの軍勢に襲われているのですか? 皇帝直属の近衛兵はどうしているのですか?」


 私は率直な疑問をトーヤにぶつけてみた。いくら不意を突かれたとしても、近衛兵が入れば帝都の混乱を納める事が出来るのではないかと…


「皇帝陛下が健在であれば近衛兵も動きやすいですが、今、陛下はおそらく昏睡状態… しかも、セントシーナの軍勢は冒険者や一般人の姿のままで蜂起しており、それに一早く対応した有志の冒険者たちと見分けがつかない状態です…」


「では、今も帝都は混乱状態であると? もしかしたら、すでに敵に転移門や転移魔法陣が確保されて、直接、セントシーナの軍勢が帝都に来ているかも知れんと…」


ロラード卿が最悪の事態を想定して、青ざめた顔でトーヤに尋ねる。


「それ以上は私には分かりません…私は傷を受け倒れてしまったので…」


そう言ってトーヤは顔を伏せる。


「堪忍な…トーヤはん… うちのせいで… うちをかばったりしたせいで…」


「いや、カオリ嬢は気を病まなくていい… そこは私の鍛錬が足りなかった為だ…」


気を病むカオリにトーヤは慰めの言葉をかける。


「では、帝都に逃げても敵の軍勢… ここに留まっていても敵の軍勢… もはや逃げ延びる道はないのか…」


道は絶たれたと考えたロラード卿は、青ざめた顔で項垂れる。


「ちょっと、待って!」


セクレタさんが声をあげる。


「よく考えてみれば、おかしいわ。帝都の転移門を制圧出来ていれば、そのまま帝都から各地に軍を送って帝国全土を制圧出来るはずよ! なのにわざわざ陸路を使ってここに向かってくるのはおかしいわ」


「確かにセクレタさんの言う通りですね、速攻勝負のはずなのに、侵攻の遅い陸路…しかも軍を二つに分ける意味もない…」


トーヤがセクレタさんの言葉に、軍事的な思考を巡らせる。


「これは、帝都の制圧、転移門の確保を阻止出来ていると考えるべきじゃないかしら… そうでないと、マールちゃんには悪いけど戦略的価値の無いここを襲う理由がないわ」


「恐らくセクレタさんの考えは正しいと思う。転移門確保に失敗したから、陸路を使っているのであろう… 後は帝都内の工作員たちの処分にどれほど時間が掛かるかだな… 一体どれだけの工作員に侵入されていることやら…」


 二人の話から察するに、セントシーナの軍勢は、帝都を直接侵攻するための転移門確保に失敗して、仕方なく陸路で帝都に向かう為にここを侵攻ルートにしているという事か… しかし、彼らは情報封鎖の為、侵攻ルートの人々を皆殺しにしながら進んでいると… どちらにしろ、私たちにとっては最悪な事態には変わりない…


「では、帝都に逃げるのはまだマシと言う事か?」


「恐らくは…ですが…」


ロラード卿の問いにトーヤが答える。


「分かった! 腹をくくろう! 我々は予定通り、転移魔法陣を使って帝都に帰還する!!」


ロラード卿は大声で宣言する。


「お前たちも、今後一切の異議を認めぬ!! いいな! お前たちも腹をくくれ!」


ロラード卿は他の貴族たちに言い放つ。流石はロラード卿である。決断をすれば心強い。


「マール殿もそれでいいな?」


「はい!領民たちの事もお願いします!」


「うむ! 任せるがいい!」


ロラード卿は力強く答える。


「ロラード卿が領民を連れて転移した後、私にはやらなければならない事があります」


私は皆に向き直る。


「それは転移魔法陣の破壊です! もし、ここが制圧された時に敵に奪われたら、折角、近衛兵がセントシーナの転移門確保を阻止したのに台無しになってしまいます!」


「マールちゃん…それは…」


セクレタさんが眉をひそめる。


「もちろん、領民皆が避難できれば、私も転移して向こう側から破壊します。しかし、それが叶わなかった時は…」


 私はそこで言葉を濁す。そうだ… 誰かが足止めをしなくてはならない… 転移魔法陣を使うことが出来ず、陸路で逃げる者がいるなら、追いつかれない為にも囮になって足止めを…


「大変です!」


 いきなり、2階の扉から声が響く。見上げるとメイドのフェンが悲壮な顔をしてそこにいた。


「ベルクード方面に救助に向かっている転生者たちから、セントシーナの軍勢が迫っているとの報告を受けました!!」


もう最悪の時はすぐ近くに迫っていた。



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