第152話 カオリの生還

ツイッターに表紙絵を描きました。

とりあえず、ヒロインのマール嬢です。

@silky_ukokkei


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「カオリさん!!」


 私はすぐさまミノタウロスが背負うカオリの所に駆けていく。それに合わせて、ミノタウロスは気が抜けたように、膝をつく。


「よかった… よかった… ここが無事でほんまによかった… うち、連絡がつかへんから… ここの彗星でみんな死んでしもたと思ってたんや… ほんまによかった」


 カオリは駆け付けた私に寄り掛かるなり、大粒の涙を流しながら話し始める。恐らくカオリはここに連絡が繋がらず、転移も始まらない事で、ここが彗星によって吹き飛ばされたものと思っていたのであろう… けれど、諦める事が出来ず、何度も何度も連絡をとろうとしていたのだ。


「私こそ、カオリさんのいるベルクードがセントシーナの侵攻を受けたと聞いて… ずっと…ずぅぅっと… カオリさんの事を心配していたんです… カオリさんが…カオリさんが死んじゃったんじゃないのかと思って…」


 私はずっと我慢してきた。それはカオリ一人の身を案じる場合でも立場でも無かったからだ…だが、ずっと胸の内にカオリが戦果に巻き込まれ、命を落としてしまったのではないかと不安と恐怖を持ち続けていた。でも、こうして、こうしてカオリの姿を再び見ることが出来て、涙するカオリの姿を見て、私ももう涙を抑えきる事は出来なかった。


「うち…うち… みんなを助ける事が出来ひんかってん… みんな、みんな…うちに親切にしてくれたのに助ける事が出来ひんかったんや… 向こうで知り合った小さな女の子もおったんやけど、そんな小さな子も助ける事が出来ひんかったんや… うち…うち…逃げる事しか出来ひんかったんや…」


 カオリは小さな子供の様に泣きじゃくった。人目を気にすることなく、わんわんと声をあげて泣きじゃくった。


「うち… なんとか、ハンスはんだけを借りてた馬のコニーに乗せて、転移門で帝都まで逃げて来たんやけど… 帝都にも怖い軍隊がおって… 頑張ってたコニーも死なせてしもた… マールはん…堪忍なぁ… コニーも助けられへんかってん… 偶然、出会ったトーヤはんもうちを守るために大怪我してしてしもて… うち…うち… 守られるばっかりで… なんも出来ひんかったんや…」


 カオリはわんわんと泣き叫びながら、後悔と懺悔の言葉を上げ続ける。余程苦しい思いをしたのであろう、恐ろしい目にも何度も遭遇したのであろう… しかし、ここに辿り着く…帰り着くために、今までずっと我慢してきたのだ。


「私は、こうしてカオリさんが戻ってきてくれただけで嬉しいです!! こうして再び会えただけも嬉しいんです!!!」


 私も泣きじゃくりながら、カオリを強く出し決める。カオリのぬくもりを感じる。鼓動を感じる。こうして生きて私の腕の中にカオリがいる。私はそれだけで良かった。


「ミノタウロスさんもありがとうございます… こうしてカオリさんを連れて来てくれて」


私はカオリを抱きしめながらミノタウロスに礼を述べる。


「いえ、私は偶然、帝都で避難中に出会っただけですから… それより、転移してきたときに皆さんに囲まれた時は生きた心地がしませんでしたよ… もう終わりだと思いました」


ミノタウロスは地べたに座り込んでそう話す。


「それより、ミノタウロスの手当をしないと!」


私は改めて血だらけになったミノタウロスの姿を見て声をあげる。


「いえ、私より、皆さんの治療を先に! 私のは皆さんの血が着いただけですから!」


「そや! トーヤはんが! トーヤはんがうちのせいで!!」


カオリの声に転生者たちがトーヤやハンスさんの周りに集まり、回復魔法を駆け始める。


「これ、ヤべぇーな、内臓までいってそう」


「傷口はなんとか塞げるけど、血が足りないんじゃないか?」


「造血の魔法ってあるのか?」


「あるけど、効率悪いぞ…ってそんな場合じゃねぇな…」


 転生者たちが幾重にもトーヤやハンスさんに向かって魔法をかけ続ける。カオリはその様子を悲壮な顔で祈るように見続けており、ぎゅっと私の服を掴む手に力を込める。


「トーヤの傷も酷いが、カオリン、お前の傷も酷いぞ」


他の転生者が私たちの所にやってきてカオリに声をかける。


「いや、うちはええから二人を…」


「向こうは向こうでやってる。だからカオリンの治療も行う」


 改めてカオリの姿を見ると、大小の擦り傷、切り傷。打撲の為か、青じんでいるところや、赤く腫れている処もある。身体全身至る所に何かしらの傷がある。恐らく相当な痛みがあったはずだ。けれどその痛みにこらえてここまで帰って来たのだ。


「カオリ、貴方、女の子なのに顔にこんな傷まで作って… 本当に頑張ったのね…」


そう言って、セクレタさんもカオリの顔の治療を始める。


「セクレタはん… セクレタはんや… うち、セクレタはんにも会えたんや…」


カオリはまた再び涙を流し始める。


「トーヤが意識を取り戻したぞ!!」


治療に当たっていた転生者が声をあげる。


「トーヤはんが! 意識取り戻したん!!!」


カオリがトーヤの所へ駆け寄ろうとするが、私から離れた瞬間、カクンと膝を着く。


「カオリさん! まだダメですよ! カオリさんもかなり消耗しているんですから」


私はそう言って、カオリに肩を貸す。


「堪忍な…マールはん」


「いいんですよ、これぐらい」


そういって、二人でトーヤの所へ向かう。


「トーヤはん! トーヤはん!」


カオリはトーヤの顔を覗き込んで叫ぶ。


「ここは… マール嬢の領地に辿り着いたのか?…」


うっすらと目を開けたトーヤは、私や転生者たちの姿を見て、掠れた声でつぶやく。


「トーヤはん! ごめんな! 堪忍な! うちのせいで…」


カオリはトーヤの胸元に縋りつく。


「カオリン、ちょっと、待ってくれ… トーヤは意識を取り戻したばかりだから… ちょっと! 誰か! トーヤの為に椅子持ってきてくれ!!」


転生者は縋りつくカオリを一度離して、トーヤを椅子に座らせる。


「これでいいか? トーヤ」


「あぁ、ありがとう…」


 椅子に座らせてもらったトーヤは転生者に礼を言う。ハンスさんも同様に、長椅子を持ってきて、その上に寝かせられている。


「そろそろ、私たちも話しかけていいか? マール殿」


そう声をかけてきたのはロラード卿であった。


「先程、その娘さんの話では、帝都にもセントシーナの軍勢が現れたように聞こえたのだが…」


ロラード卿は眉間に深いしわを作り、重い表情で尋ねる。


「その件については私が説明致しましょう…」



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