第154話 命の選択

 私はフェンの報告に身震いする。もはや、予想や噂話ではなく、セントシーナの軍勢が来る事は差し迫った現実であると認識せざるを得ないのである。そして、その恐怖に一瞬、身体が固まる。しかし、動かなければならない。


「フェン! 今すぐそちらに行きます!」


私は大声で答える。


「ロラード卿は温泉館の貴族の方々をここへ集めて置いて下さい! すぐにでも転移出来る準備をお願いします!」


「分かった! ユズハ卿! ついてきてくれ! 後の者はここで待機だ!」


私はロラード卿の指示を見て頷く。


「転生者で手の空いている方は、到着した領民が入ればここへ来るように言ってください!」


「分かった!」


私は転生者が返事をするのを見届けると、階段へと駆けていく。


「私もついていく!」


「うちも!」


 私の後にトーヤ、カオリ、セクレタさんが続く。そして、建屋の扉から出た時、館へ避難してきている領民たちの姿が見える。


「これは…想像以上に多いな…」


「あの人ら、みんな避難できるんか?」


 トーヤとカオリの二人の言葉に、私は胸が締め付けられる様に苦しくなる。セントシーナの軍勢が差し迫る中、転移できる人数の事や、避難に使う乗り物の数を考えると、全員の避難はかなり難しい。領民だけでもそうなのに、館に働くメイドや使用人、転生者達の数も考えると到底不可能だ。私は逃げ延びられる人間とそうでない人間とを分けなければならないのだ…


「マールはん…大丈夫か?胸押さえて…」


 私が胸を押さえて苦悩の表情を浮かべているのを見て、カオリが心配して声をかけてくれる。


「えぇ、大丈夫です! 対策本部にしている広間に向かいましょう!」


私は先を急いで広間へと駆け込む。


「トーカさん! どうなっていますか!?」


私は部屋に入るなり開口一番で尋ねる。


「マール! ベルクード方面の組からセントシーナの先行部隊を見たって報告が… トーヤお兄様! どうしてここへ!! それにカオリも!!」


トーカは私への報告の途中で、トーヤとカオリの姿を見て、驚きの声をあげる。


「再開を喜んで頂きたいのは山々ですが、今は報告をお願いします!」


「あぁ、分かったわ、マール… ベルクード方面は先行部隊を発見したと言うだけで、見つかったとも開戦したとも報告はないわね…」


トーカは私の言葉に慌てて報告を続ける。


「そのベルクード方面の組の現在位置はどのあたりですか!?」


「今はこのあたりです!」


トーカの手伝いをしていたツヴァイが地図の上を指さす。私は慌てて地図を覗き込む。


「まだ、先に数件民家がありますね…」


「でも、山小屋の様だし、セントシーナの侵攻ルートから外れているわ」


 トーカが付け加えて説明する。私はまた胸が苦しくなる。その数件の民家には救助を待つ人がいるかもしれないし、逆に安否確認に行かせたら戻ってくる際に、先行部隊や本体に見つかってしまうかもしれない…


「トーカさん…携帯魔話を貸してください…」


私は決意を決めて話すためにトーカに携帯魔話を要求する。


「はい…マール…」


私はトーカから携帯魔話を受け取り、問題の組へ連絡する。


「はい! 第1組だ!」


すぐに返事が帰ってくる。


「マールです… みなさんは残りの民家の所へ行って、そのまま山なり森に潜伏してセントシーナの軍勢を凌いで下さい… もう、館に帰ってくるのは危険です…」


「いや、大丈夫だ! マールたん! なんとか魔力を振り絞って急いで駆け付けて、そのまま潜伏するように伝えて来た! もともと、彗星の被害も受けていない地域だし、狩猟をする一家だから大丈夫だそうだ!」


私はその言葉に力が抜けるように胸を撫でおろす。


「では、貴方たちも早急に、どこかに身を伏せて隠れて下さい! 追いつかれますよ!」


「それも大丈夫だ! マールたんには悪いが足の遅い荷馬車は捨てさせてもらった! だから、馬にもう少し魔法をかけて館に戻る! 必ず戻るから!」


通話の向こうの転生者は必ず戻ると念を押して行ってくる。


「無茶はしないで下さいね! 危なくなったらすぐに潜伏して下さい! 後、この通話は繋いだままにしておいて他の者に渡しますから、逐次、現在位置やセントシーナの情報を教えて下さい!」


「分かった!」


向こうから短く返事がくると、私は側にいたくるみに携帯魔話を渡す。


「くるみ、逐次、現在位置や敵の事を聞いて下さい! 何かあったらすぐに報告を!」


「分かったにゃん!」


くるみはいつもの様に元気に答える。


「トーカさん、他の連絡用の携帯魔話を貸して下さい」


私はトーカから別の携帯魔話を受け取り、町、帝都方面に向かった組に連絡を入れる。


「こちらマールです! 聞こえますか?」


「あれ? マールたん? こちら第5組だけど…どうしたの!?」


向こうの転生者は私の方から連絡が掛かってくるとは思わず、素っ頓狂な声をあげる。


「ベルクード方面の組からセントシーナの先行部隊を発見したと報告がありました。皆さんに急ぐようお願いします」


「…分かった…」


 向こうの転生者は短く答える。私はすぐに同じ方面の4組に連絡を入れる。4組にも同様の指示を伝えるとやはり短い返事が返ってくる。やはり、皆、大人だから、ちゃんと事情を察してくれているのだろう。


 引き続き、ベルクード方面の2,3組には残りの民家に伝えて野山に潜伏するように伝える。多人数なら見つかる可能性が高いが、数人程度ならなんとか潜伏出来るはずだ… 私にはもうそう祈るしかなった…


残るは、すでに館の到着している者、今現在、館に向かってきている者の扱いだ。


「ツヴァイ! もう一度地図を!」


 私はツヴァイに声をかけ、再び地図を確認する。地図上の安否確認の印にはいくつかバツ印が見える。やはり、死者0人とはいかなかったようだ。死者の冥福を祈るしかない。


「ツヴァイ、今、館に向かって移動中の領民の凡その数は分かりますか? 後、すでに到着している人数も」


私の言葉にすぐさまツヴァイは紙にサラサラと人数を書き出していく。


「おそらく、口で言うよりは把握しやすいかと」


 聞き直しや思い違い、聞き違いをしないように気を聞かせてくれたのであろう。紙には凡その人数の他に重傷者や子供の人数まで記されている。


「ありがとうツヴァイ! 大変助かりますよ!」


「いえいえ、マール様の為ですもの」


ツヴァイはにっこりと微笑む。


 これで、凡その人数は分かった。敵の現在位置も把握できる。後は決断して行動するだけだ。


「おじい様、おばあ様、ラジル、そしてリソンとファルーを呼び出して下さい」


私はツヴァイにそう告げた。


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