第147話 千変万化
転生者たちが領内に向け次々と出発していく。これで、転生者経由で、領内の状況を把握する事が出来るであろう。出来れば死傷者がいないことを祈るが、このような未だかつてない大災害だ。ゼロという事はありえないだろう。けれども、早急な救助活動を行えば、助かる命はあるはずだ。
私は一人でも多くの人命が救われるように祈りながら、転生者たちの姿が見えなくなるまで見送る。私は最後の便を見送ったあと、二階広間へと戻っていく。そこには、おじい様と温泉客として来ていたロラード卿の姿があった。
「ロラード様、お伺いに上がらず申し訳ございません。おじい様もご無事でなりよりです」
緊急事態なので、私は軽く頭を下げる。
「マール、こちらのロラード様が話があるそうじゃ…」
やはり…というか、当然、来られましたね… 当主という立場なら、この非常事態に黙って待ってはいられない。私は掃除が済んだソファーにロラード卿を促す。
「マール嬢、初めに言っておくが、私は貴方を責めに来たわけではない、事情を聞きに来たのだ。私も、貴方たちが、彗星の直撃からここを守ったのを見ておったのでな」
「はい、なんとかギリギリで御座いました…」
私はそう返す。
「しかし、その様子を見ていない者や、自分の事しか考えていない者もおるのでな、私が代表して事情を尋ねに来たという訳だ。私ならば後で文句を言ってくる奴もおらんだろう」
「ご配慮、ありがとうございます」
私はロラード卿の配慮に頭をさげる。ロラード卿の配慮がなければ、今頃、帝都に戻せと詰めかける貴族で溢れていたことであろう。
「かといって、今は無理ですという言葉だけでは私も皆を納得させる事は出来ん。そのあたりはどうなのだ?」
「はい、彗星の直撃を避ける為に、殆どの者が魔力を使い果たしました。なんとか動ける者は領民の救護に送り、残った者は動けないので休息を取っております」
「なるほど、転移魔法を起動させる人員が魔力を使い切っておるわけだな…して、その転移魔法陣を動かすにはどれぐらいの人員が必要なのだ?」
ロラード卿はいつ転移出来るかではなく、何人必要かを聞いてくる。
「えぇっと、通常では、こちらに6人、向こうに6人の配置で行っております。今の状況では向こうに人員がおりませんので、更に人員が必要かと思います」
「向こうに人がおらん時はどのようにしているのだ?」
「はい、いつもは三倍の人員、つまり18人でこちらから向こうの魔方陣を強制的に稼働させて、向こうに送る最初の人員を送っています」
「その魔力供給を担当する人員は、一回で交代しなければならない程、魔力を使うのか?」
ロラード卿は更に聞いてくる。
「いえ、大体6回ぐらいは行えるようです。それ以上は動けなくなると…」
私がそう答えると、ロラード卿は顎に手を当て考え始める。
「ロラード卿は何かお考えでも?」
「いや、温泉館におる貴族でなんとか魔方陣を動かすことは出来ないかとな…」
やはりロラード卿は何とかして帝都にお戻りになるつもりなのだ。
「しかし、それではそれぞれの方を転移することは出来ないと思いますが…」
一組づつ送っていては、後の方の組が魔力供給する人が足りなくなる。
「一度に全員送るなら行けるだろ? ここに来た時の馬車は置いて行って、帝都では一人の馬車でそれぞれの所に送っていけばよい」
「確かにそれなら現状でも行けると思います」
ロラード卿は私の言葉に納得したように頷く。
「では、後は他の貴族と話して来る。それで、どうするかを決めるつもりだ。これならどうなるせよ、他の奴らも納得するだろう」
これは正直助かる申し出である。待ってくれと言い続ける訳にもいかないし、当主である貴族をここに留めて置く訳にも行かない。彼らも自分の領地や家族の事が心配であるはずだ。
ロラード卿は話を決めると足早に温泉館に戻っていく。おじい様はロラード卿の後には続かず、ここに残っていた。
「リリーナやラジルは無事か?」
おじい様は今まで我慢していた言葉を口にする。
「すみません、本来なら私が安否確認をする所ですが、ファルーの話では死者や重傷者はいないとの事なので…」
「そうか… マール、お前は当主という立場を頑張っていてくれるのだな… すまんが、私が見てくる。今ほど当主でない事が有難い事はない」
「私こそお願いいたします」
私はおじい様に頭を下げる。私が二人の安否を直接確認しに行ってないことを怒るどころか、当主の立場を固辞しての行動に理解を示してくれる。
しかし、もしお母さまが生きておられたら、当主の立場を固辞出来たであろうか… 投げ出して駆け付けていたかもしれない。
そのようなことを考えていると、私の携帯魔話に連絡が入る。おそらく最初に出た転生者の救援部隊であろう。近くの集落に到着したに違いない。
「はい! マールです。そちらは?」
私はすぐさま携帯魔話の通話をする。
「こちらは第一陣です。近くの集落に到着しました」
「そちらの状況はどうですか? 死傷者はいませんか?」
私は通話をしながら地図を見て、第一陣の現在地を確認する。10名ほどの集落だ。
「はい、全員無事ですが、近くの森が火災を起こしています。このままでは家屋に燃え広がるのは時間の問題です」
「良かった… 全員無事ですか… で、森林の消火する事はできますか!?」
私は胸を撫で下ろしながら尋ねる。
「魔力が完全な時なら兎も角、今は不可能です!」
「分かりました。貴方たちはこの先も回らなければならないので、被災者の方は、館に歩いて来るように伝えて下さい」
本来なら、運んであげたい所であるが、自分で歩いてもらうしかない。
「荷馬車は大丈夫な様なので、そちらを使ってもらいます」
「分かりました。ではこちらは受け入れ体制を整えておきます」
そうして通話が切れる。
「マール、第一陣の最初の被災地は10人全員無事なのね?」
トーカが尋ねてくる。
「そうです。全員無事です」
私が答えると、トーカは連絡のあった場所の地図に記されている10個の白丸を黒丸に書き換えていく。これは安否確認を取るためのものだ。未確認なら白丸。確認して無事なら黒丸。そして、死亡していた場合にはバツを書き込むことにしている。
「くるみ!」
「はいにゃん!」
「今から10人の被災民が来ます! 受け入れ準備をするようにファルーに伝えて来て下さい」
「分かったにゃん!」
くるみはすぐさま本館に向けて走り出す。
「マール、次の連絡が入っているわよ」
「分かりましたトーカさん! すぐ出ます」
私はトーカから携帯魔話を受け取り通話する。
「はい! マールです!」
「こちら第三陣、最初の集落についた!」
「状況はどうですか?」
「あぁ… 畑はダメだな… 衝撃波で吹き飛ばされている… 住民も死者はいないがちょっと動けないな…」
「今、いるのは何名ですか?」
「あぁ、すまない、12名だ。うち5名が自分で動けない」
私は地図を確認する。そこは12名で間違いない。
「12名生存ですね。では、移動手段がないのなら荷馬車で被災者を館に連れて来て下さい。馬の方は先行して次の場所で待機して下さい」
「分かった。こちらの移動手段は無い様子だからそうする」
私が通話を切ると、話を聞いていたトーカが先に地図の白丸を黒丸に書き換えていた。
「これって…まだ始まったばかりなのよね…」
「そうです。始まったばかりです…」
私はトーカの言葉に答える。
そこへくるみが珍しく慌てた顔で駆けてくる。
「マールさま! マールさま!」
「どうしたんですか!? くるみ!」
私はくるみに声をかける。
「セクレタさまが! セクレタさまが! 帰ってきました!!」
くるみの後ろをみるとファルーのいとこのメイドのマニーがセクレタさんを抱えてこちらに来るのが見える。
「セクレタさん!! どうしてセクレタさんが!?」
「執務室まで辿り着いて、それから館の中を彷徨っていたらしいにゃん!」
私はすぐにでもセクレタさんの所に駆け付けたい。しかし、今の立場と仕事を放って置く事は出来ない。
「マール! 私がしばらくやっておくから、貴方はセクレタさんの所に!」
トーカがそういってくれる。私はトーカに目礼を返すとすぐにセクレタさんの所に駆け付ける。
「セクレタさん! セクレタさん! 大丈夫ですか!」
マニーに抱きかかえられたセクレタさんは傷だらけで、白い羽が何か所も血で滲んでいる。セクレタさんは私の姿を確認すると、痛みにこらえながら口を開く。
「マールちゃん! すぐにこの領地から逃げ出す準備をして!!」
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