第148話 セクレタさんの心

「セクレタさん! この領地から逃げ出す準備ってどういうことですか!?」


私はセクレタさんの言葉に声を荒げる。


「マール様、この状態よりも座ってお話された方が…」


セクレタさんを抱えたマニーが私に告げてくる。


「そ、そうですね、マニー。セクレタさんをソファーへ」


 私が声をかけると、マニーは目礼してセクレタさんをソファーに座らせ、私もその前の席に座る。


「セクレタさん。声を荒げてしまって済みません…でも、詳しい理由をお聞かせ願えますか?」


私は改めてセクレタさんに発言の理由を説明してもらう様にお願いする。


「分かったわ… 事情を説明するわね…」


私は固唾を飲み込んでから頷く。


「私は、今までずっと転生者がこの世界に現れるたびに、その人の所へ行って監視していたのよ、皇后のアンナちゃんしかり、あなたのお母さんのエミリーしかり、ここの100人の転生者しかり…そして、今回新たに現れた転生者しかり…」


「新たな転生者ですか…? また、どうして転生者を監視しているんですか?」


 私は全く知らなかった。セクレタさんが善意でここに居てくれているものと考えていたが、そうではなく転生者たちの監視の為だったなんて…


「まず監視の事について言うわ。私はアンナちゃんが皇后になった後、アンナちゃんに頼まれて、この世界に訪れた転生者が帝国に仇なす存在かそうでないかを見極めるために、転生者の現れた各地に飛んで監視していたの…表向きはね…」


「表向きはって…」


 私はセクレタさんがアンナ皇后と仲が良いのは知っていたが、そこまで重要な役割を担っていたとは知らなかった。しかし、それすら、表向きの理由という事は裏では…


「私はね…昔は人の姿をしていたの… その時にある人物と共に旅をしていたわ…」


セクレタさんが遠くの過去を見るような目をする。


「その人は、幼い私に色々な事を教えてくれて、私を色々な事から守ってくれて、私の事をとても大切にしてくれたわ…」


セクレタさんの幼かった頃…


「私は身寄りの無かった私を大事にしてくれたあの人に恩返しをしたかったの… でも、それはとんでもない勘違いで思い上がりだった…」


セクレタさんは悔やんでも悔やみきれない顔をする。


「あの人は私の間違った言動のせいで… 心がバラバラに砕け散ってしまったの…」


「こ、心が砕け散った…?」


セクレタさんは悲しい目をして頷く。


「そして、ある人が言ったわ、その砕けた心は世界の理を飛び越えて、別の世界に行ってしまったと… でも、私はもう一度、あの人に戻って欲しかったの会いたかったの…だから、どうすればいいかとある人に聞いたわ…」


私はごくりと唾を飲む。


「ある人は言ったわ、いつの日にかその心のかけらは転生者としてこの世界に再びやってくると…」


「それが…セクレタさんの転生者を探して回る裏の理由…」


「そう…いつ来るか…どこに来るか分からない状態… そもそも人の生の間にあるかも分からない… だから、私は人の姿を捨てて、いつでもどこでも飛んでいけるこの姿に生まれ変わったの…」


 セクレタさんが転生者を監視する裏の理由は、酷い事でも恐ろしいものでもなんでもなかった。一人の人間がある人に再び会いたいというただ純粋…ひたすらに純粋なものであった。少しでもセクレタさんを疑った自分が恥ずかしかった。


「そして、再び新たな転生者が現れたのよ…」


「それで、私の所から立ち去ったのですか?」


セクレタさんはコクリと頷く。


「その転生者が現れたのは、帝国の隣国のセントシーナだったわ… そして、その転生者はあの人とは似ても似つかない、今まで会った転生者とは全く異なる邪悪な存在だったわ…」


 ここの転生者は突飛な行動をよくするが、人間の本質としては善性であるし、悪いことをしても反省する良心を持っている。転生者とはそんなものだと考えていたが、セクレタさんに邪悪と言わしめる転生者って…私には想像できない。


「あの転生者はどういう理由かは分からないけど、今日の大災害が帝国に訪れる事を知っていたのよ」


「この大災害が来る事を分かっていた人がいるんですか!?」


 私は驚きと怒りで声をあげる。もし事前に分かっていたなら、一体どれだけの人命の犠牲と被害を抑えることが出来たであろう。それを皆に伝えないなんて…


「どうやら、その情報は一部の存在しか知らない特別な情報だったようね… アンナちゃんも知らないみたいだったし…」


皇后様でも知らないのなら仕方ない…


「で、その大災害で帝国が混乱する隙を狙って、その転生者はセントシーナの軍隊を使って帝国を侵略するつもりなのよ」


「帝国に侵略!?」


 私は事の大きさに驚愕する。一国の軍隊の侵攻なんてもはや私や私の仲間を使ってどうこう出来る問題の範疇を軽く超えている。


「えぇ、セントシーナは大災害の時期を見計らって侵攻の準備をしていたわ…そして、大災害が起きた… 今、セントシーナの軍勢はベルクードに侵攻しているの」


「ベルクードって! となりの地方じゃないですか! それに今ベルクードにはカオリさんが…」


 私は足が震え竦む。カオリが…カオリが戦火に巻き込まれているなんて… いくらカオリでも軍隊の相手なんて出来るはずがない… かと言って、カオリは我先に逃げ出す人物でもない… そうなると今頃カオリは…


 私は身近な人の死を予感したことで、血の気がすぅっと引いていくのが分かる。視界も暗くなっていく。でもだめだ! 私がここで気を失っては、ここの人たちの事を助けることは出来ない。


 私はぐっと力を入れ、気を取り戻す。


「マールちゃん! しっかりして、今はカオリの無事を祈るしかないわ! それよりもこれからの事よ!」


「だ、大丈夫です! セクレタさん!」


心配して声をかけるセクレタさんに私は力強く返事をする。


「私は彼らの侵攻を知って、急いでここへ飛んできたの、その途中でベルクードの上空も通ったわ… 大災害の直撃を受けたベルクードは、成す術もなくセントシーナの侵略を受けていたわ… 彼らの侵攻は酷いものよ… 燃やし尽くす、奪い尽くす、殺し尽くす… もはや、彼らの侵攻の後には何も残らないわ…」


「そ、そんな酷いことを…」


私は恐怖のあまり身体と声が震える。


「戦争と言うものは得てして悲惨なものだけど、彼らの侵攻は常軌を逸しているわ… その侵攻が今、ここに向かっているのよ!!」


「ここに…ですか…」


 先程の説明にあった、人間の所業とは思えないものが、今ここに向かってきているのである。私はその衝撃に息が止まりそうになる。


「だから、マールちゃん…あなただけでも逃げて! 私、貴方まで失ったら、もう人の心を保てなくなるわ! 私の心も砕け散ってしまうかもしれないわ!」


セクレタさんが悲痛な叫び声をあげた。




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