第116話 事の顛末

「トーカさん!」


「トーカはん!」


 転移魔法陣から現れたトーカに、私とカオリは駆け寄って抱きつく。


「マール!それにカオリも!」


トーカは瞳を薄ませながら、私達を抱き返す。


「トーカさん! 帰ってこれて、本当によかったです!」


「ほんまや! トーカはんがおらんと、うちも淋しかったで!」


私とカオリはトーカから顔を離して、そう告げる。


「ありがとう。二人とも、お陰で再び、ここに戻ってくる事が出来たわ」


「はい!これからもずっといて下さいね」


トーカは涙を貯めた瞳で微笑む。


「マール、しかし、今回は思い切った事をやったのね、お陰で助かったんだけど」


「私もやる時はやるんですよ。それに事情を知らせてくれたトーヤさんのお陰もありますし、協力してくれた転生者達もいます」


「そう言えば、お兄様はどこなの? ここには姿が見当たらない様だけど…」


トーカはそう言って、辺りを見回す。


「トーヤさんは、ここに来る際に転移魔法陣の起動に魔力を使い切って、今、本館の寝室で休んでおられます」


「えぇ!? お兄様は無事なの!?」


私の言葉にトーカは顔色を変え、詰め寄ってくる。


「えぇ、魔力を使い切っただけですから、休んでいれば回復なさると思います。今回の件の報告もありますので、トーヤさんの所へ行きましょうか」


「分かったわ、早くお兄様の所へ」


そう言う事で、私たちは、階段を上って二階に進み、陸橋を歩いて、本館へと向かった。


「あれは、何をしているの?」


豆腐寮から本館へ進む陸橋の途中で、トーカが下の様子に気が付き、声を上げる。


「あぁ…アレですか…」


 そこには焚火を囲んで転生者達がおり、それぞれ号泣しながら、可愛い女の子の絵の描かれた袋を投げ込んでいる。


「まぁ…証拠隠滅や…あれさえなければカッコいいまま終われたのになぁ~」


カオリが転生者達の行動について説明する。


「えっ? 私の為に、大切にしていた袋を燃やしているの?」


トーカが申し訳なさそうな顔をする。


「トーカはんは気にせんでええで、あいつらの発作みたいなもんやから…」


「えっ…でも…」


「そないに思うんやったら、代わりにトーカはんが笑顔を振りまいてやればええで」


負い目を感じるトーカに、カオリは励ますように微笑む。


「うん、分かったわ! みんな!ありがとう!!」


 トーカはカオリに答えると、手すりから身を乗り出して、転生者達に手を振る。それに気が付いた転生者達は、袖で涙を拭い手を振って返す。


「な?そやろ」


「うん!」


トーカとカオリは微笑み合って、私の後に続いて本館へと入っていく。


そして、トーヤの寝室に辿り着き、その中へ入る。


「お兄様!」


トーカはまるで、死んだように眠るトーヤの姿を見つけて、側に駆け寄る。


「お兄様! トーヤお兄様!!」


 トーカは眠りにつくトーヤに必死に訴えかけると、トーヤはトーカの声に目覚めたようで、うっすらと瞼を開け始める。


「トーカ…トーカなのか…」


トーヤは呟くような小さな声でトーカに答える。


「えぇ、私よ!お兄様! トーカよ!」


「トーカ…お前がここにいると言う事は、無事に助け出されたと言う事だね」


「トーヤさん、無理をなさらないで下さい。横になったままで結構ですよ」


私は無理に起き上がろうとするトーヤを止める。


「あぁ、助かるよ、そうさせて頂く」


「では、私がお願いした事なのに、私が眠ったままだったのは心苦しいが、どうなったのか教えてもらえるかい?」


トーヤは再び横になり、枕に頭を沈めてこちらを向く。


「分かりました。では、話は長くなりますので、私達も座らせて頂きますね」


「うちも椅子運ぶの手伝うわ」


カオリと二人して、ベッドの近くに椅子を運んで座る。


「では、詳細を説明しますね。結果から申し上げると、驚かれると思いますので、順を追って説明いたします」


「…驚く結果なのかい?」


トーヤは冗談だろといった顔をする。


「えぇ、まぁ…では、説明します。トーカさんの救出に至って、検討した事に、トーカさんの家の経済状況、相手との契約、トーカさんとトーヤさんの思い、結婚等…全てを考慮して計画する事は不可能でした」


「まぁ、そうだろうね…」


トーヤは小さく相づちする。


「なので、トーカさんの身の安全、相手との契約、経済状況を優先した結果、一つの事を大幅に犠牲にする事にしました」


「その犠牲にするものとは?」


「世間体です」


「せ、世間体?」


トーヤは私の言葉に目を丸くして、頭を浮かせる。


「はい、世間体です。まず、融資契約を調べたのですが、融資は結婚を持って始まり、結婚期間中は継続すると書かれておりました」


「確かにそうだね…」


トーヤは僅かに上擦った声を出す。


「そして、結婚成立は指輪をはめた瞬間に成立すると、帝国法に記されておりました」


私の言葉にトーカは自分の薬指にはめられた結婚指輪を見る。


「なので、トーカさんは指輪をはめておられるので、結婚は成立しており、結婚は成立しているので、融資契約も成立しております」


「なるほど、法と契約に照らし合わせればそうなるね…で、トーカ自身については?」


「はい、誘拐してまいりました」


「ゆ、誘拐?」


トーヤは先程より、更に目を丸くして起き上がる。


「えぇ、誘拐です。結婚式でトーカさんに指輪がはめられた時に、転生者達が、トーカさんを誘拐しました」


トーヤは私の言葉に唖然とする。


「婚姻前に誘拐されれば、責任はトーカさんの家にいきますが、結婚後なら、トーカさんの身柄の安全に対する責任は、嫁入りを受けた側の責任になります」


「えっ? いや、確かにそうであるが…」


トーヤはありえないという顔をする。


「なので、誘拐の実行犯のみなさんには、身柄を隠して行動して頂きました」


「それで、みんな、あの袋を被っていたのね…」


「…あの袋を被って、誘拐を実行したのか…」


あの袋がこんなところで役立つなんて私も思いませんでしたよ…


「で、婚姻関係については、相手が生死不明、行方不明の状態では一方的に解消されません。なので、トーカさんご自身は、最低三年間、私の所で潜伏していただきます」


「その三年間と言うのは?」


トーカが訊ねてくる。


「三年間行方不明だと死亡認定され、その時初めて、婚姻状態が解消されます」


「その三年間は、私、ここにいていいの?」


トーカの問いに、私はもちろん頷く。


「ええ、三年どころかずっといてもいいですよ。それに、まぁ、その三年間は融資を受け続けられますし、その前に私の方で出来るだけの協力はするつもりです。トーカさんの所の領地パカラナに私にとって欲しい農産物があるので、それで協力してもらいます」


「フハハハ! これはとんだ詐欺まがいだね」


トーヤが声を上げて笑う。


「まぁ、確かに詐欺ですね。でも、トーカさんの命と家も助かり、トーカさんの家を思う気持ちも損なわず、トーカさんの貴族としての矜持は…まぁ、置いといて、トーカさんのここに居たいという思いは叶いました。これでいいですか?トーカさん、トーヤさん」


「ありがとう!マール!これ以上の事はないわ!」


「私も同じだよ。マール嬢。本当にありがとう」


「これでまた、みんな一緒にすごせるな!」


こうして、私たちはいつもの日常を取り戻すことができた。


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