第115話 結婚式

 私は今、花嫁の控室で、真っ白なウェディングドレスを着せられて座らされいる。何やら、気持ちの治まる薬を飲まされて、表面上は落ち着いているが、頭の中では、夢の中で私を殺したあの男の事が、嵐の様に吹き荒れている。


 それにいつも頼りにしているお兄様も、今日は姿を見ていない… こんなに心苦しくて心細いのに、どうしてお兄様は側にいてくれないのだろう…


本来なら泣き叫びたい状態なのに、薬の為か事を起こすつもりにはなれない…


 このまま私は、相手の貴族と結婚して、その家に向かい、そして、あの男に殺されてしまうのであろうか。先程、結婚相手の姉となのる人物が式の前に会いに来てくれた。その結婚相手とは一つ違いの姉と言う事だが、小柄でか弱そうな少女であった。私を姉とは思わず、友達だと思って欲しい、何かと心細いと思うが、私が味方になって守ってあげると言われた。


 そう言ってくれたとしても、そんな小さくてか弱い身体で、あの男の凶刃からどの様に私を守ってくれると言うのか… 良くて私と共倒れにしかならないであろう。犠牲者を一人増やすだけだ。


そんな事を考えていると、扉がノックされ、両親が姿を現す。


「そろそろ式の時間だよ」


お父様が不安を隠しながらそう述べる。


「私たちがついているから大丈夫よ」


お母様も不安を少し顔に出しながら述べる。


「結婚前ってね。誰でも不安になって取り乱すものなのよ。お薬もちゃんと飲んだし、私達も付いているから大丈夫」


 お母様は重ねて言う。どうやら、私は結婚前精神不安だと思われているらしい。でも、それは仕方のない事だ。結婚相手の父親が夢の中で私を殺した人物であると述べても、気が触れたとしか思われない。


「しかし、トーカ、お前が結婚する日が来るとは思わなかったよ。仕事に熱心で、兄のトーヤ以外の男性とは、友好を深めようとはしなかったのに… お前が法務局を止めて、田舎の辺境に行くと言った時は驚いたが、お前がこうして女らしく丸くなってくれた事には感謝したいよ」


 お父様が目頭を押さえてそう述べる。私自身も結婚するなんて思いもしなかった。貴族の結婚は基本政略結婚であるが、それでも私の様な可愛げのない女に声が掛かるとは思っていなかった。特に恋愛などは、男女の一時的な感情の高ぶりで一生を決めるなんて、馬鹿で愚かな事だとしか思っていなかった。


 しかし、そんな私が結婚…しかもその相手の父親は私を殺すかもしれない人物。これは結婚というものを傲慢にも心の中で侮蔑し続けた私に対する罰なのであろうか。


 お父様が私の手をとり、部屋の外へと同伴して進んでいく。そして、廊下に出て、式場に向かって歩き始めるのだが、私にとっては死への行進としか思えない。


 そして、廊下の突き当りに辿り着き、式場へと続く大きな扉が開け放たれる。一瞬、中の眩しさに目が眩むが、小さな式場に、そこに集まる何人かの人影がみえる。今日の式は、契約を推し進める為の式で、私自身と家の経済状況が良くなってから、関係者を集めての式が別で行われるらしい。なので、今日来ている人々は、それぞれの近しい親族だけである。


 私は新婦側の席に視線を送るが、お兄様の姿は見えない…お兄様は、どうしてしまったのであろうか。こんな時こそ、側にいて欲しいのに… もしかしたら、そんな私の行動を見越して、事前に参列を許されなかったかも知れない…


 式場に入ると私は、祭主がいて、新郎のいる神前に一人で進むよう、両親に促される。私は一歩一歩、ゆっくりと神前へと進んでいく。その途中、新郎側の席に、あの父親の姿を見つけて、薬を飲まされていると言っても身体が強張る。その時に神前から声が掛かる。


「大丈夫ですよ。トーカさん」


 少し幼さが残る男性の声だ。私が神前の声の方向に視線を向けると、先に神前にいた新郎の姿が見える。その声の通り、今年まだ14歳の幼さの残る少年だ。私よりも年下である。

その子も緊張しているのか、小刻みに身体が震えている。


 この様な少年を我が夫してこれから過ごしていくのだろうか。そして、いづれ当主として独り立ちできるのか、見ていて心配になってくる気弱そうな少年である。私が一人前の当主となるように支えて行かなくてはならないのか? いや、それより前に、あの父親に殺されてしまうかもしれないし、そうならなかったとしても、その前に恐怖で私の精神が憔悴しきって心が死んでしまうであろう。


 ふと、気が付くと私たちの前に、一対の指輪が差し出されている。私があれこれ、ぼーっと考えているうちに式典は進み、指輪交換の儀まで進んでいる。


 新郎の少年は一対の指輪から、新婦用の指輪を摘まみ上げ、私の手をとり持ち上げる。この指輪を指にはめられてしまったら、結婚が成立してしまう。私はその様子を見たくなくて、目を閉じたかったが、薬の為か目を閉じられない。


こうして、私の目の前で、私の指に結婚指輪がはめられてしまった…


あぁ、これで私の運命は決まってしまった…おそらく、私はあの夢の様に、新郎の父親から殺されてしまうのであろう… そんな時!


「クックック……」


呟くような微かな笑い声がする。


「フハハハハ」


堪えきれずに笑い出した声がする。


「ハーッハッハッハ!!」


狂ったような高笑いが式場内に響き渡る。


 そして、神前の前面に張り巡らされたステンドグラスが割れ、男、いや男達、いや、男の群れが次々と飛び降りてくる。


「神聖は式典を穢すとは何事だ!」


式典を取り仕切る祭主が男達の群れに声を上げる。


「ククククック…」


 男の群れの一人が笑い声をあげる。その表情は、可愛い女の子の絵が描かれた袋を被っているのでうかがい知る事はできない。というか、男達全員、同じような袋を被っている。


「我々は花嫁強盗団!花嫁を頂きに来たぁ!!」


男はそう叫び、私を抱き寄せる。


「可哀相に…クラ…いや、トーカ、薬を飲まされているんだね。俺達が救い出してあげるよ」


そう言って、男達は式場の皆に手を向ける。


攻撃するつもりなの? 駄目! 私の両親もいるのに!


しかし、私は薬を飲まされている為、動く事も声を出すことも出来ない。


「「「ディープスリープ!!!」」」


男達が一斉に叫ぶ。すると皆は、眠り始め、糸の切れた人形のようにパタパタと崩れ落ちていく。


「全員、眠ったようだな…」

「あっこの子、可愛いな、お持ち帰りしたい」

「こっちの新郎も可愛いなフェンの様に女装させたら似合いそうだ」


「おめぇら、うるせぃよ! 目的だけを考えろっていっただろ!」


新郎の姉と新郎自身を物色する男達に、別の男が怒鳴り散らす。


「じゃあ、さっさと撤収するぞ!!」


 男がそう言うと、男達の群れは、ステンドグラスの割れた後の隙間から次々と外へ飛び出していく。私を抱き寄せた男も私を抱きかかえ、外へ飛び出す。


 外の明るさに目が眩み、一瞬、視界を失ったが、再び視界が戻ると、私は抱きかかえられたまま、教会の屋根の上にいた。


「関係者や教会周辺の者は全員眠らせているが、打ち合わせ通り、バラバラになって帝都から逃げ出すぞ!」


「「「おう!!」」」


男達は掛け声を上げて、それぞれ別の方向に散っていく。


「では、俺達も行くか…とその前に…」


男が私の額に手を当てる。


「とう!!」


そして、男は私を抱えて、屋根の上を飛び跳ねていく。

 

 その間に、男が私の額に当てた力が、バラバラであった、心と意識と感情、そして身体を繋いでいく。私はいつもの自分を取り戻したのだ。


「ち、ちょっと! 貴方、マールの所の転生者でしょ!」


私は抱きかかえられて、直ぐ近くに顔のある転生者に言い放つ。


「あっ、やっぱりばれた?」


そういって、男は被っていた袋を取り去る。その顔は前に私が話を訊ねた事のある転生者だ。


「わ、わ、わ…私をどうするつもりなの!?」


私は近い顔に戸惑いながら声をあげる。


「花嫁強盗団のする事と言えば、花嫁の誘拐だろ?」


男はさらりと答える。


「誘拐って…」


「あっ大丈夫。 ちゃんとトーヤもいるから」


誘拐と言う言葉に眉を顰める私に、男はお兄様がいる事を知らせてくれる。


「お、お兄様も?」


「おう、妹をさらうのに兄の了承も必要だろ?」


そう言って、転生者は私に微笑む。


「では、とりあえず、マールたんのいる領地に向かうから、落ちない様にしがみついててくれ!」


「…うん…分かった」


私は転生者の首に腕を回す。


「じゃあ、飛ばしていくぞ!!」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



なろう、カクヨム合算で50000PV達成しましたぁ~

これも、皆さまのお陰です

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