第113話 夢と現実

「という訳なんですよ…」


 私は執務室にて、昨夜のトーカのと会話を全て、セクレタさんとカオリに説明して、トーカが戻ってこない事を告げた。


「そうなの…それは残念ね…」


 セクレタさんは最初こそ、トーカの事を毛嫌いしていたが、ここ最近では何かと気には掛けていたので、トーカが戻らない事に嘆息する。


「そんなん…そんなんでええの!?」


 逆にカオリは事態を納得する事が出来ず、声を荒げる。


「トーカはん、ここに馴染んで、ここに居たいって言ってたんやろ?そやのになんで引き留めへんの?」


 そう言って、カオリが珍しく私を責め立てる。


「それに望まん相手との結婚なんて…酷過ぎへんか?」


 カオリはここにトーカが戻れない事だけではなく、結婚についても異論を告げる。私は今回の一件について説明しようと口を開くが先にセクレタさんが口を開く。


「カオリ、貴方、こちらの世界の習慣や風習について誤謬があるようだから、ちゃんと説明するわ。先ず、結婚の事だけど、一般人ならカオリの考えで間違いないわ。でも、貴族は違うの、貴族はその立場だけで、領民からあがる税などの利益で、一般人と比べて豊かな生活をしているわ。でもそれはいざと言う時の為の前払いのようなものよ」


「いざと言う時って…」


カオリは自身でも気が付いた様に呟く。


「貴方自身も気が付いていると思うけど、例えば戦争の時にいの一番に戦場に駆けつけたり、領地の存続が危うくなった時には、その身を犠牲にしてでも領地の存続を守らなければならない…」


「ほな、今回の結婚の事も…」


カオリの目が潤み始めている。


「そうよ、トーカが婚姻を結ぶことで、赤字になった経営を立て直す為の資金を捻出してもらうのよ。今回の場合だと、特に領主一族の不手際で招いた結果だから、一族でその責任を負わなければならないの…」


「せやけど… せやけど、トーカはん一人でそんなん背負うなんて…可哀相やん…」


カオリは涙を零しながら語る。


「カオリさん…なので、トーカさんを引き留める事は、ただ単に結婚を止めさせるだけではなく、領地を捨てて、領民を捨てて、家族を捨てて、それらを守ろうとしたトーカさんの思いと貴族としての矜持を踏みにじる事になるんです… もし仮に、私に金銭的な余裕がもっとあれば、私の領地からトーカさんの所へ融資して助けてあげる事も出来たのですが…」


 セクレタさんだけに説明させる訳にはいかないので、私もトーカの事についてカオリに説明するが、これだけ優秀な人材を数多く抱えているというのに、自分自身の力不足に悔恨を感じ、慙愧の念に堪えなく思う。もっと早く行動すれば、もっと上手く立ち回れば、もっともっと…現状より良ければ、トーカを救う事ができたかも知れない。


私は顔を伏せ、手で覆う。


「堪忍やで…マールはん、セクレタはん… うち、詳しい事情も知らんと、二人を責め立てる様な事を言うてもうて… ごめん、うち、ちょっと顔洗ってくるわ…」


 カオリはそう言い残すと、執務室から駆け出していった。そして、執務室には私とセクレタさんの二人が残される。


「カオリは情緒豊かだから、トーカに共感しすぎたのね…」


「今回の事で、こちらの世界の習慣や風習もよく分かったと思いますが、私はそんな事は気にせず、カオリさんらしさを保ち続けて欲しいです」


 その後も、私とセクレタさんはトーカ不在の執務室で仕事を続けたが、色々ともやもやする気持ちは収まらなかった。


 そんな私たちの気分が伝播したのか、それともトーカの事が皆に伝わったのかは分からないが、その日はみな暗い趣で過ごしていた。


 そして、夕食も終え、自室に一人でいてももやもやするだけなので、私は一人で執務室に来て、仕事をしていた。しかし、やはり気乗りがせずに、時間だけが過ぎていく。


 このまま、だらだらと時間を過ごすか、もう一度お風呂にでも行くか、それとも自室に戻って寝床に入るか、そんな事を考えていた時、携帯魔話の印が点滅している事に気が付く。


「誰だろう?」


私は携帯魔話を目の前に引き寄せ、誰の印が点灯しているのか確認する。


「トーカさん?」


私は慌てて通話の印に触れる。


「マール!マール!」


携帯魔話の向こうからトーカの悲痛な声が聞こえてくる。


「どうしたんですか!?トーカさん!」


何やら尋常ではない物を感じ、私は前のめりになって、携帯魔話に声をかける。


「私…怖い…怖いよう!マール!」


「何が怖いんですか!?トーカさん!」


怯えて怖がるトーカにその原因を問いただす。


「結婚相手の…結婚相手の父親が…私を殺した人なの!!!」


「えぇっ!?」


私はトーカの意味の分からない言葉に疑問の声を上げる。


「ち、ちょっと、トーカさん。話の全体像が見えないので、一から詳しく話して貰えますか?」


私は混乱しているトーカを落ち着かせる為に、一から話すよう伝える。


「うん…私…今日、結婚相手の家に、顔合わせにいったのよ…」


「結婚相手の家に言ったんですね?」


私は、話を整理するのと、トーカを落ち着かせるために復唱する。


「そして、その結婚相手の父親が…」


「その父親がどうしたんですか?」


「前に話した、夢の話の…私を殺した人物なのよ…」


「ゆ、夢の話の…」


 私は前に執務室で皆と一緒に眠った時の事を思い出す。あの時、トーカは同じ夢を何度も見ると言っていた。その時は嫌いな人物の事をその役割に当てはめているだけだと思っていたが、まさか会った事のない人物で、それが後々の結婚相手の父親だとは思いもしなかった。


「あの人は夢の中で、私を何度も何度も何度も刺したの…怖いの…本当に怖いの…」


 あの時、確かトーカは現実的で生々しい夢だと言っていた。でも、いくら現実的で生々しくとも、夢であるのなら、そんなに怯える必要はない。しかし、その自分を殺した相手が現実にいるなら話は別である。殺されることが夢ではなく、現実になりうるのだ。


「どうしよう…私、殺されるのかな?夢と同じように刺されるのかな…怖いよ。いつもなら、側にいてくれるお兄様もいないのよ…私、どうしたらいいの…」


 トーカの事から察するに、かなり精神的に憔悴している事が感じ取れる。私もそんなトーカの為に何が出来るか必死に考える。


 その時に、執務室の扉がノックもせずに開け放たれる。


「マールはん! ここにおったんか! ちょっと来て! 転移室にトーヤはんが現れたんや!!」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



最近、ギャグ要素は、別で進めている『はらつい』の方で書いて、

こちらは自分では物語重視で書いているつもりなんですがいかがでしょうか?


ご意見、ご感想を頂けるとありがたいです。

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