第112話 思いは繋がりますよね
連絡事務所に辿り着くと、やはり帰りの遅い私たちにみなは心配していた様であった。心配をかけたのに理由を言わない訳にはいかないので、掻い摘んで事情を説明する。
「くっ!! 俺達のマールたんとカオリンにそんな事を!!」
私たちは貴方達転生者の物では無いのだが…
しかし、普段は何を考えているか分からない、少し不気味な笑みを浮かべている転生者達が、事件の詳細を聞いて、憤怒の表情を露わにする。いつもは迷惑をかけられて呆れる事も多いが、こうして、私たちの事を心配してくれたり、害意を及ぼす者に対して怒りを見せる所が憎めないでいる。
「まぁまぁ、私たちは無事でしたので…」
私はそう言って、転生者達を宥める。
「それより、中継設備の設置はどうでしたか?」
すると私の言葉に転生者達はぐっと親指を立てる。
「俺達も少し不安に思っていたけど、ばっちり。マールたんもためしてみたら?」
転生者がそう言うので、私は自分の携帯魔話を取り出し、試しにセクレタさんに連絡してみる。しばらく、セクレタさんを示す明かりが点滅した後、青く点灯する。
「マールちゃん?」
セクレタさんの声だ。
「私です。マールです。セクレタさん」
私は両手に持った携帯魔話に話しかける。
「よかったわ。転生者たちから、マールちゃんが帰ってくるのが遅いって連絡があったから、心配してたのよ」
あぁ、セクレタさんにも心配をかけてしまったようだ。
「心配をおかけしてすみません。詳しい事情は帰ってから報告しますね。これからこちらを出発して戻ります」
「分かったわ。夜道になるから気を付けて戻ってくるのよ」
「はい、そうします。では、切りますね」
そう言って、私は通話終了の為、セクレタさんを示す青い点灯を押し、携帯魔話から顔を上げる。すると、転生者達が私を取り囲むように立っている事に気付く。皆、『どうだ!』という顔をしている。私はその顔を見てくすりと笑う。
「みなさん。ありがとうございます。凄いですね。この携帯魔話。ちゃんと領地まで通話できましたよ」
転生者達は私の言葉を待っていたかのようにガッツポーズをとる。
「じゃあ、領地の館に帰って、みんなでご飯にしましょうか」
こうして、私たち一行は領地への転移魔法陣のあるステーブ子爵家へと向けて馬車を走らせた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「まぁ、そうなの…帝都でそんな事が…帝都も治安が悪くなったわね」
セクレタさんが事の詳細に眉をしかめる。
「そうですね… トーヤさんの言い方では、他にも同様な事件も起きているようですし、私たちの様な貴族位持ちでないと、魔法をかけられた事自体、気付きませんからね。現に転生者であるカオリさんですら、掛かっていましたから…」
「いや、面目ない…」
私の言葉に、カオリが目を伏せる。
「いえいえ、カオリさんを責めている訳ではないんです。そうではなく、手練れた様子を見ると、行儀の悪い貴族の子弟がお遊びでやっているのではなく、何か裏があるのではないかと思いまして…」
私は慌てて、取り消すようにカオリに手を振る。
「確かにそうね… 抵抗魔法を常時展開している貴族以外の一般人では、防ぎようがないわね…」
「そんなんやったら、帝都にいるサツキちゃんやメイちゃんは大丈夫なん?」
カオリは二人の身を案じて、私の方に身を乗り出して訊ねる。
「そうですね。何か対策をとらないと駄目ですね。最悪、二人には引き上げてもらう事も検討しないと…」
ようやく、帝都で新しい人生を始めた二人が、不幸な目に合うのはなんとしても避けたい。
「マールちゃん、私に考えがあるわ。ちょっと失礼するわね…… あぁ、工房? えぇ、セクレタよ… ちょっと、魔法に詳しい者と魔法陣の担当に、執務室まで来てもらえるかしら… えぇ、今直ぐよ…では… マールちゃん。直ぐに転生者達がくるわ」
携帯魔話を取り出す所から、通話し、そしてまた収納するまでの流れるようなセクレタさんの動きにカオリが感心する。
「えぇ~ セクレタはん。滅茶苦茶上手い事、携帯魔話使いこなしてるなぁ~ うちらの世界の人間なみやで」
「うふふ、そう?」
そういってセクレタさんが微笑む。そして、その後直ぐに扉がノックされ転生者達が姿を現す。
「セクレタ様!お呼びにより参上いたしました!」
「はや!」
「では、事情を説明するからこちらに来てくれる?」
こうして、私たちは、帝都での一件を説明し、サツキとメイ、二人の身の安全を守るために対策が必要である事を告げる。
「帝都にそんな輩が… 分かりました! マールたん! カオリン! セクレタ様! 明日の帝都便に間に合うように徹夜で作業にあたります!」
「ありがとう。頼んだわ。出来れば数は多めにつくってもらえるかしら」
私にとって、なんだかもやもやとする敬称だが、転生者は快く承諾して、執務室から去っていく。
「では、私も工房に行って、手伝える事があれば手伝ってくるわ」
そう言ってセクレタさんも執務室を去る。
「うちも、温泉館の飲み物の補充とか、鶏舎の様子とか見てくるわな」
カオリも執務室から立ち去る。こうして、執務室には私一人が取り残される。私も自室に戻ろうと明かりとクーラーを消すが、その前にトーカに連絡をしてみようと考えた。
私は窓辺に近づき、窓を開け放つ。そうした方が、閉め切った部屋より、帝都にいるトーカに繋がるような気がしたからだ。
私は携帯魔話を取り出して、暫く眺める。そして、躊躇い勝ちにトーカへの通話の印に触れる。トーカへの印は点滅を始めるが、私は見ていると繋がらない気がして、窓から夜空を眺める。
あっ彗星?
夜空にはまだ小さいが尾を引く彗星が見える。
「何これ?…」
ふいに手元の携帯魔話から、トーカの声が聞こえる。トーカの通話の印が青く点灯している。
「トーカさん! トーカさん、聞こえますか!?」
私は急いで携帯魔話に向かって話しかける。
「えっ!? その声、マールなの?」
戸惑い驚くトーカの声が聞こえる。
「はい! マールですよ。よかった~トーカさんと繋がって…」
私は安堵の息をもらす。
「マール、貴方、今どこにいるのよ? 直ぐ近くにいるんでしょ?」
「いいえ、私は今、領地にいますよ」
「えぇ!? 領地から通話しているの?…また、非常識な事を…」
「うふふ、トーカさんと話をするために、みんなと頑張りました」
「そんな…私の為に…」
「はい、私、トーカさんと連絡が取れなくて、心配していたんですよ。いつ戻られるんですか?」
「…もう…戻れないのよ…」
「どうしてなんですか!!」
「私…結婚するのよ…」
「けっ…こんですか?…」
「えぇ…先日の大暴落で家が立ち行かなくなっていて、とある貴族に援助してもらう為、私が嫁ぐ事になったの…」
「そんな…急に…」
「急がないと駄目みたいなのよ…余裕が無いのね…」
私はトーカを引き留める言葉を口にしかけるが、ぐっと押し黙る。私がトーカに戻ってと言う事は、トーカが家を見捨てる事になり、また、家の為にその身を捧げたトーカの思いを穢すことになる。
だから、私は他の言葉をトーカに告げなければならない。
「…結婚式には呼んでもらえますか?」
「…多分、無理だと思う…私が気が変わって、貴方の所へ逃げ出さないか、警戒されているのよ…」
「…そうですか…それは残念です…」
私は再び空を見上げる。
「トーカさん、今、外を見る事はできますか?」
「ちょっとまって… えぇ、見えるわ」
移動する音が聞こえた後、返事が来る。
「では、空に彗星が見えますか?」
「彗星?…あっ! 見えるわ! 見える!」
夜空に見える彗星に驚きの声を上げるのが聞こえる。
「よかったぁ~ 見えるんですね… お互い彗星が見えると言う事は、私のいる領地と、トーカさんのいる帝都はちゃんと空が繋がっているんですね」
「…うん…繋がってる…繋がってるわ!」
沈んでいたトーカの声が明るくなったように思える。
「だから、遠く離れて、会えなくなっても、私たちは友達ですよね…」
「うん! 友達! ずっと友達よ!」
携帯魔話の向こうから、トーカの鼻をすする音が聞こえる。
「最後に会う事ができませんでしたが、一緒に渡したカメオは餞別です。大事にして下さいね…」
「では、何かあれば、気軽に連絡してくださいね…」
私はこれ以上会話を続けたら、せっかく心を決めたトーカの思いを鈍らせてしまうと考えた。
「ありがとう…マール…」
「では、おやすみなさい、トーカさん」
「おやすみ、マール」
私は、携帯魔話の通話を切り、懐から残った方のカメオを取り出す。残ったカメオは聖女の物だった。では、トーカに渡ったのは百日草のカメオである。
「あぁ、百日草のカメオがトーカさんに渡ったんですね。確か、百日草の花言葉は…」
私はしばらく夜空の彗星を眺めていた。
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