第111話 トーヤとの遭遇

「えっ!? 貴方方はマール嬢にカオリ嬢? どうしてここに!」


 トーヤはそう言って、前の男達と、後ろの私達とで意識を集中させる事が出来ず、少し狼狽える。


「それより、トーヤはん! 前!前!」


 カオリがトーヤに叫ぶ。なぜなら、トーヤの出現により、男達はポケットからナイフを取り出し構えたからである。


「少し男達に集中します! 何者ですか?こいつらは!?」


トーヤは男達に集中して構える。


「その男達は、私達に魅了の様な魔法をかけて連れ去ろうとしました!!」


私は簡潔に告げる。


「なるほど、こいつらですか… 最近、噂の人さらいは…」


 背中からで見る事は出来ないが、トーヤの性格からして男達に激しい敵意を向けているであろう。男達が少しひるんでいる。そして、お互いににじり寄ったり、回り込んでみたりしようとする。その都度、トーヤは私たちの方に男が回り込まない様に立ち回りしてくれる。


 私たちはトーヤの邪魔になったり、囚われて人質になったりしない様に、距離をとる。


「で、どうしてこんな時間に、こんな所へ?」


トーヤは私達に背中を向けながら訊ねてくる。


「それが、トーカさんに連絡がとれないので、不安に思って会いに来たんです!」


状況が状況なので私は包み隠さず述べる。


「えっ!? トーカに連絡が付かない? なるほど…」


トーヤは私の言葉に驚きの声を上げるが、すぐに何か理解したように頷く。


そこへ、騒ぎを聞きつけた街の衛兵たちも姿を現す。


「やべぇ! 衛兵たちも来やがった」


 衛兵の存在に男達が狼狽える。トーヤはその隙を見逃さず、一気に男に詰め寄る。剣を大きく振り被ると、男はナイフを上段に構えて受けようとするが、トーヤはその男の鳩尾に膝蹴りを食らわせる。


「うぐっ! つはっ!!!」


 男は腹部の鳩尾に猛烈な一撃を受けて、息と胃液を口から漏らして崩れ落ちる。


「ちっ! ここは逃げだ!」


 相方が崩れ落ちるのを見て、もう一人の男が自分たちの不利を悟り、舌打ちをする。そして、トーヤに向かってナイフを投げるが、トーヤは難なくナイフを剣で払い落す。しかし、その隙に男は背中を見せて逃げ出していった。


「衛兵! この男を取り押さえていろ! 私は逃げた男を追う!」


トーヤはそう言って、崩れ落ちた男は衛兵に任せて、自身は逃げた男を追おうとする。


「待って下さい!」


 私はここでトーヤと別れたら、再び出会うのは難しいと思って呼び止める。しかし、トーヤも急いでいるのでモタモタはしていられない。


 私は咄嗟に懐からトーカに渡す予定であった手紙と携帯魔話、そして引っかかって一緒に出てきたカメオをトーヤに差し出す。


「これをトーカさんに!!」


その様子を見ていたカオリも同じように何か差し出す。


「うちもこれをトーカはんに!!」


トーヤは突然、私達から差し出されたものを一瞬呆然と見て、すぐに受け取り懐にしまう。


「分かった、必ずトーカに渡す! 今は失礼する!」


 トーヤはそう言うと、崩れた男を衛兵に任せて、逃げた男を追いかけて行った。私たち二人はその背中を無言で見送る事しか出来なかった。


「唐突でしたが、なんとか渡すことが出来ましたね…」


もう、トーヤの姿を見る事は出来ないが、私はトーヤの去った方角を見続けたまま口にする。


「後は天に任せて、トーカはんと話が出来るように祈るしかないなぁ~」


「そうですね。後は天に祈りましょう」


私はそう言って、胸元で拳を握り締めた。


「せやけど、マールはん」


「なんでしょう?」


私はカオリに向き直る。


「よう直ぐに魔法やって分かったなぁ~ 恥ずかしいけど、うち、分からんかったわ」


カオリはそう言って、鼻の頭をかく。


「あれ?カオリさんには言ってませんでしたっけ?私たち貴族は精神を乗っ取られたり、毒殺されたりしないように、そういった抵抗魔法を常時張っているんですよ。だから、男達の魅了魔法に気付けたんです」


カオリは私の言葉に目を丸くして驚く。


「そうなんや! 初耳やで! しかし、やっぱりマールはんは貴族なんやなぁ~ 凄いで、直ぐに気が付いて、魔法を破れるなんて」


「まぁ、今回はイラついていたから、直ぐに気が付けたってのもありますね…」


私はそう言って、イラついた事を思い出して、少し眉をしかめる。


「イラついてたって?」


「あの男達…何度も何度も私たちの事を辺境から来たとか、田舎ものだとか言ってたじゃないですか…」


 今は町娘の衣装を来ているとは言え、自分自身では、都会のお洒落に気を付けているはずであり、口調も田舎訛りが出ない様にしている。なのにあの男達は、私が田舎者だと札をぶら下げているように言ってきた。


「あぁ、アレか…」


カオリも思い出して、乾いた声で言う。


「私って…そんなに垢抜けてないと言うか…芋っぽく見えるんでしょうか…」


 別に私は野良着を着ている訳でも、農具を持っている訳でも、農作業の泥がついていた訳でもない。なのになんで、田舎者だと見抜かれたのであろう…


「ん~ まぁ~ うちも人の事は言えへんけど、マールはんは素朴でいいと思うで…」


「それって…垢抜けてないって事ですよね?」


カオリの言葉から察するに、私の分からない何かが都会色に染まっていないと言う事だろうか…


「いやいや、素材の味をそのままにって感じで…兎に角、事務所でみんな心配して待ってると思うから帰ろか、マールはん」


「分かりました。確かにみんなに心配をかけるといけませんから、帰りましょうか」


 カオリを責め立てても仕方がない。垢抜けるとか芋っぽくなくなると言う事はおいおいにして、今はみなに心配させない様に事務所に戻る事にしよう。


 男達の事や、事件の経緯については後日、問い合わせがあるそうなので、今は帰ってもいいそうだ。私は名前と連絡先を騒動で集まってきた衛兵に伝えて事務所への帰路につく。


「なぁなぁ、マールはん」


「なんですか?カオリさん」


帰路の途中でカオリが私に声をかける。


「今度、マールはんの使っていた抵抗魔法。うちにも教えてくれへん? うち、護衛についてたはずやのに真っ先に魔法にかかってて、ちょっと悔しいねん」


カオリは悔し気に口を尖らす。


「うふふ、分かりました。でも、慣れるまでは結構大変ですよ」


珍しく口を尖らすカオリに、私は笑いながら承諾する。


「うち、頑張るでぇ~!!」


帝都の空は夜のとばりに包まれ、星が瞬き始めていた。



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