第110話 危険な帰り道
「ほなな~ミノタウロスはん~」
カオリが店の前から去っていくミノタウロスに手を振って見送る。ミノタウロスもそれに応えて、片手で手を振って去っていく。
「ほな、うちらも行こかマールはん」
「えぇ…そうですね、カオリさん」
私に向き直って述べるカオリに、私はそう答える。
「しかし、カオリさんは何方でも打ち解けるのが早いですね… おじい様しかり、アンナ様しかり、そして、ミノタウロスさんも…」
もはや、これは才能と言って間違いないであろう。
「えぇ、そうか? うちは話するのが好きなだけやから」
そう言って、大したことではないと思えるあたりが、才能であると思う。ちょっと、私ではマネできない。
そんな事を考えているうちに、公園の中に入り、丁度良いベンチが見えてくる。
「では、カオリさん。あそこに腰を掛けて、トーヤさんが出入りするか見張りましょうか」
「せやな、天気もええし丁度ええわ」
私たちは二人、ベンチに腰を降ろし、法務局に顔を向け、憲兵隊の出入口に視線を注目させる。
「………」
「………」
二人、押し黙って見続ける。
「………」
「………」
天気が良くて、ほどよく木陰で過ごしやすい。
「………」
「………」
先程、食べた昼食がちょっと量が多くて、お腹が一杯である。
「………」
「………」
駄目だ…天気が良くて、過ごしやすくて、お腹が一杯で、しかも静かで… 一言で言うと眠たくなる。
「カオリさん、これって結構キツイですね… 滅茶苦茶眠たくなってきます」
「マールはんも? うちも何度か意識が飛びかけたわ」
私たちはお互いに、法務局の出入口を凝視しながら会話をする。
「ちょっと、会話しながらでないと眠ってしまいそうですね…」
「せやな…会話せんとほんまに寝てしまいそうやわ」
カオリは欠伸を噛み殺すような声で言って、なにかもぞもぞと身体を動かす音を立てる。
「そういえば、露店街で途中だった初代聖女と初代皇帝に纏わる話があったじゃないですか」
「聖女やのに子沢山とか、マールはんの遠いご先祖様にあたるって話?」
カチカチ…
「そうそう、それです。実は初代皇帝の奥方って、殆どの方が子沢山なんですよ」
「えぇ、そうなん?何人ぐらいなん?」
カッカッ
「正確な数はよく分かっていないそうなのですが、正式に分かっているだけで三桁に昇るそうですよ」
「三桁って…少なくても100人か… 奥さん何人やったん?」
カチ、カッ、カチ
カオリの座っている位置は法務局から見て、私の下手にあたるので、先程から何か聞こえるが、下手なのでカオリの方を見ないと何をしているのか分からない。
「主だった人族の方々は12人と言われており、その方々の子供が基礎となったのが、今の12公爵家なんですよ」
「へぇ~そうなんや…でも12人って言うたら一人平均9人ぐらい産まはったん?」
カチカチ、カッ
「いえ、その12人以外にも奥方がおられたそうですし、その12人以外の方で、三近衛姫とも四近衛姫とも呼ばれる方がいるんです」
「あっ、マールはん」
「なんですか?カオリさん」
私は名前を呼ばれたのでカオリの方へ振り返る。
「これ、飽きてきた」
カオリはそう言って、先程の露店街で買ったパズルゲームを見せる。
「…カオリさん、先程から音がするなと思ったら、それで遊んでいたんですか…」
「いや、ちゃんと見張りもしとったで、あまりにも眠たいんで、眠気覚ましにやっとたんや」
そう言って、カオリはパズルゲームを私に手渡す。
「それ、ほんま面白ないわ…」
「いや、そんなものを私に渡されても… だから、学生寮の談話室に山積みされていたのか…」
私は手渡されたパズルゲームを見つめる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「マールはん」
「これ、本当につまらないですね…」
「いや、そうやのうて、もう日が傾いてきたで」
カオリの言葉に、私は手のひらのパズルゲームから、視線を上げて辺りを見回す。すると、辺りは傾いてきた日に橙色に滲みかけており、もうかなりの時間が経っている様だ。
「本当に日が傾いてきましたね、もう戻らないと皆が心配しますね。早く戻らないと館に着くころには真っ暗になってしまいます」
私はそう言って立ち上がり、パズルゲームをカオリに返す。
「せやな、今日は空振りやったみたいやけど…」
「そうですね、他に手立てを考えないと駄目ですね。今日は連絡所へ戻りましょうか」
「せやね。帰ろか」
そういって、私とカオリの二人は、夕焼けに滲み始めた街の中を、皆が待つ連絡所へ向けて歩き始めた。
「しかし、簡単に出会えると思っていましたが、大間違いでしたね」
「せやなぁ~トーカはんは入られへん所におるし、トーヤはんはどこ行ってるか分からへんし」
カオリは頭の後ろに腕を組み、茜色の街並みを眺めながら答える。
「私も毎日来ることは出来ないので、何かよい方法を考えないと…」
「うーん、うちも最近はうちがやらなあかん仕事もあるしなぁ~」
私たち二人がそんな事を話しながら歩いていると、後ろから男性二人が私達をはさみ込むように近づいてきた。
「ねぇねぇ、君たち~」
「帝都に来たばかりでしょ~?」
声を掛けてきた男性を見てみると、貴族か商家の若い子弟の様だ。良い服を着ているが、着崩しており、表情にも締まりがない所を見ると仕事にも付いていない様に見える。
「私達に何か御用でしょうか?」
私は顔には出さない様に警戒しながら言葉を返す。
「いやさ、君たち、辺境から帝都にきたんでしょ?」
「だからさぁ~帝都に詳しい俺達が案内してあげようと思ってさぁ~」
親切な言葉をかけてくるが、その言動の端々に何か私達を見下す様な、見定めるような得体のしれない物を感じる…
「ここの近くに料理の美味い店をしってるんだよ」
そう言って、男の一人がカオリの肩に手を置く。
「えぇ~そうなん?美味しい店やて、どうする?マールはん」
あれ?こんな男達が嫌いそうなカオリが拒絶せず、その気になっている?
「お友達も言ってるしさぁ~ 君も一緒に行こうよぉ~ 田舎では食べた事ない料理があるよ~」
そう言ってもう一人の男が私の肩に手を置く。
ぞわり
男が私の肩に手を置いた瞬間、肩から身体全身に掛けて違和感というか生理的嫌悪感というか…
いや!違う! これは魔法を掛けられている!!
「カオリさん!!!」
私はすぐさま肩に乗る男の手を振り払い、カオリの手をとって引き寄せ、額に手を当てる。
「あれ? マールはん? ん? なに! あのなれなれしい男は!」
私の解除魔法で、今までの事は夢だったかのようにカオリは正気を取り戻す。
「あ? 魔法かかってない?」
「もしかして解けてる?」
男達は私たちの様子を見て、あっけにとられているが、すぐにニヤけた笑いを浮かべ始める。
「二人とも~そんな警戒しないでよぉ~」
「俺達に着いてくれば、田舎では出来ない暮らしをさせてあげるよぉ~」
男達二人はまだそんな事を言っているが、片手はポケットに入れて、何かまさぐっている。恐らく、ナイフなどの刃物であろう。私たちは警戒して男達から距離をとる。
「マールはん! どないする!? うち、魔法は使えるけど、武器もってへんで!」
「こんな時にする事はただ一つですよ!!!」
私は顔を強張せるカオリにそう告げると、大きく息を吸い込む。
「助けてぇぇぇぇ!!!!!」
私は出来る限りの大声を張り上げる。
「ちょ! いきなり大声とか!」
男達はとっさの私の大声に狼狽え始め、そして、あたりの疎らな人影も私達に注目して集まり始める。
そんな中、一人の男性が通常ではありえない速さで私たちの所へ駆けつけ、私達を守る様に男と私たちの間に立ちはだかる。
「二人とも、大丈夫ですか!?」
駆けつけた男は、そう言って剣を抜き放ち、二人組の男に向けて構える。
その男の姿は憲兵隊の衣装…そして、その声と姿は…
「トーヤさんですか!?」
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