第108話 僅かな道筋

「確か… トーヤさんは憲兵隊所属でしたよね… ちょっと、掲示板の所に戻って確認しましょうか」


「あっマールはん、待って、うち、ほんまにお花摘みたいねん」


 トーカのいる場所は、関係者以外立ち入り禁止の区画なので、私とカオリは、次に同じ法務局に勤めているトーヤを探すことにした。


 カオリが用を済ませた後、待合室前の廊下を戻り、大広間に戻ってきて、先程眺めていた案内掲示板の前に辿り着く。


「憲兵隊…憲兵隊…っと…あった!」


掲示板を指でなぞっていたカオリが一画を指差して、声を出す。


「あっ、ありましたね…でも、いくつも部署が別れている様ですね… でも、固まってあるので大丈夫ですかね…」


私とカオリは、憲兵隊の場所を確認した後、順路を確認しながら、法務局の中を進む。


「憲兵隊っていうたら、おまわりさんみたいなもんなんかなぁ~」


「なんです?そのおまわりさんって?」


歩きながら口にするカオリの言葉に、私がたずねる。


「あぁ、おまわりさんっていうのは、悪い事している奴がおらんかと街を巡回したり、悪人を捕まえにいったりする人や」


「あぁ、その認識で間違いないと思いますよ。ただ、街の衛兵と違って、より高度で法律的な犯罪に対する機関だと思いますが」


私はカオリの言葉に付け加えて説明する。


「なるほど、じゃあ、街のおまわりさんと違ごて、刑事やGメンみたいなもんやなぁ~」


 カオリが一人納得したような言葉を口にしていると、憲兵隊の一画の広場らしき所が見えてくる。なぜなら、トーヤの正装の時と同じ服装をした者がいるからだ。


「カオリさん、あの辺りですね。トーヤさんと同じ服の人がいます」


「せやな、いっぱいトーヤはんみたいな人がおるで、みんなイケメンやな…」


 おそらく、カオリの言うイケメンと言うのは顔が良いという事だと思うが、ここの部署は貴族の子弟にとって花形の部署であり、未来を有望視される、優秀な人物ばかり集まっている為であろう。


  私たちはその広間に入り、憲兵服すがたの人々をトーヤがいないか見改める。ある者は被害者と思しき人を慰めていて、ある者は犯人と思われる人を中に引きつれていく。ここの広間は憲兵隊の詰所ではなく、雑多な事を執り行う場所であることが分かる。


「ここにいる憲兵だけが全員ではなさそうですね… 奥に事務所や詰所があって、そこにも憲兵がいるのでしょう」


私は辺りを見渡しながら口にする。


「また、お花摘みって言うて奥に進んでみる?」


カオリが提案をしてくる。


私たちがそんな会話をしていると、私たちの事を見つけた憲兵が近づいてくる。


「どうされました?お嬢様方」


上品な物腰で、私達について訊ねてくる。


「お、落とし物してん!」


 上品で顔の良い憲兵に、カオリはお花摘みとは言えなくなったのであろう、落とし物と言い始めた。


「…落とし物ですか?」


憲兵は少し怪訝な顔をして問い返す。


「そ、そのカメオのブローチを… 百日草の柄のカメオのブローチを落としたのですが…」


 私はカオリに合わせて、そう述べる。もちろん、カメオのブローチは落としてはいない、先程、買ったばかりなので咄嗟に口にした出まかせだ。


「カメオのブローチですか… それも百日草の柄の…」


私の言葉に憲兵は一度考え込む。


「少しお待ちいただけますか? 受付の者に聞いてまいりますので」


 憲兵はそう言うと、事務所と繋がっている受付へと進んでいき、私達も心配している素振りを見せながらこっそり付いていく。


 憲兵は受付前へ進むと、受付事務をしている人物に声をかけ私たちの事について訊ねる。


「こちらのお嬢様方がカメオのブローチ…それも百日草の柄の物を落とされたそうだが…拾ったという報告はあるか?」


「いえ、ございません」


受付は書類を調べるでもなく、即答で返す。


「やはり、そうか…」


 憲兵は答えを分かっていたかのように答える。憲兵は私たちの方に向き直り、一礼したあと口を開く。


「すみません。お嬢様方、こちらには落とし物の取得の報告はございません。落とし物については街の衛兵の詰所に訊ねられるのがよろしいでしょう」


「はぁ…そうですか…」


私はわざとらしく、少し残念そうに言う。


「はい、こちらは犯罪専門の部署でございますので…なので、お嬢様方の様な方が長居をする場所でもございません」


憲兵はそういって、出入口の方へ視線を促す。


「分かりました。ありがとうございます」


「おおきにやで」


 私とカオリは憲兵に一礼した後、出入口に向かい、法務局から外へ出る。しばらく、落とし物の被害者を装いながら進んだ後、中の人影が見えなくなった事を見計らって、態度を崩す。


「はぁ~体よく追い払われてしまいましたね…」


私ははぁーっと詰まっていた息を吐いて、身体の凝りをほぐす。


「まぁ、あの様子やと、あそこで粘る事も出来へんし、しゃあーないやろ」


「しかし、これでは打つ手がありませんよ」


行けば会えるものだと考えていた自分が甘かった事を後悔する。


「そんな事あらへん、うち、ええもん見つけてん」


「良い物とは?」


予想外のカオリの明るい言葉に、私は顔を上げ、カオリに向き直る。


「事務所の受付に付いていった時に、事務所の中を覗いたんやけど、中に人員状況を示す名前プレートがあってん」


「名前プレートですか?」


よくそんなものを見つけた物だ。


「そうそう、そのプレートの中にトーヤはんの名前もあったで、今は巡回中やって」


「ホントですか!? 凄いじゃないですかカオリさん!」


打開策の無かった状況に、カオリの情報はとてもありがたい。


「だから、あの憲兵用の出入口の見える場所で見張っとたら、トーヤはんを捕まえる事できるで」


「では、丁度いい事にそこに公園がありますので、そこのベンチにでも座って見張りましょうか」


私は法務局の憲兵用の出入口からその前にある公園へと視線を流す。


「見張りもええんやけど…その前にお腹すいてへん?」


「お腹ですか?」


法務局と公園とを見ていた私は、カオリのへたれ声を聞いて、再びカオリに向き直る。


「せや、長丁場になりそうやから、先にお昼に食べへん?」


 確かに私も少しお腹が空いている。カオリの言う様に長丁場になるのなら、空腹状態では集中できなくなるであろう。


「たしかにそうですね…そこのカフェテリアに行きましょうか? そこからでもある程度みはれますので」


私はそういって公園の隣のカフェテリアを指差す。


「せやな、行こ行こ」


カオリは微笑んで答えた。

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