第104話 手紙と携帯魔話

「マールちゃん、楽しかったわ、又来るわねぇ~ 手紙も送るから」


アンナ様は自動車の窓から、顔を出して私に手を振る。


「こちらこそ、大したおもてなし出来ませんでしたが、又お越しください。お待ちしております」


私も、アンナ様に手を振り返し、また来ていただくよう言葉を返す。


「カオリちゃんもありがとう。貴方最高だったわ。今度は一緒にお酒を飲めるといいわね」


「せやな、今度は一杯、酒の肴になるもん探しとくわ」


カオリも両手で手を振って別れを惜しんでいる。


「セクレタちゃんも、今回は楽しくない話だったから、次は楽しい話をしましょうね」


「そうね、私もそう望んでいるわ」


 セクレタさんとアンナ様が暫くギクシャクしていたので何かあったのだと思ったのだが、二人で難しい話をしていたのか…


「じゃあね! 手紙、絶対読んでよ!」


 アンナ様がそう言った途端、転移が始まりあっと言う間に、アンナ様を乗せた自動車が姿を消した。


 その様子を見て、多くの者が肩の荷を下ろした様に、深い溜め息をついた。アンナ様は堅苦しくなく、優しい方ではあるが、何分、立場が違い過ぎる。やはり皆、緊張して気疲れしていたのであろう。


 元当主であったおじい様でも流石に皇后陛下の接待は疲れたようで、特に食事の付き合いで、『玉子かけご飯』なるものを一緒に食べるのが苦労なさったそうだ。


 暫くは皆、ゆっくりしよう。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 次の日、今、私の手には石とも金属とも言えない、どちらかと言うと陶器の感触に近い、手のひらぐらいの大きさの板がある。その板の表面は微かに光を放っており、精密に描き込まれた魔法陣が見える。


「本当にこんなものを作ってしまうとは、驚きだわ」


セクレタさんが私と同じ板を持ちながら呟く。


「これ、本当に使えるんですかね?」


私がそう言った瞬間、その板がパッと輝き出す。


「うわっ! ぴかぴかし始めましたよ!」


「マールちゃん! 説明通り操作するのよ!」


セクレタさんが声をあげる。


「ど、どうするんでしたっけ!?」


「下よ! 下! 下の光っている丸い所を押すの!」


私はセクレタさんに言われて、まごつきながら、丸い所を押す。


『マールはん、聞こえてる?』


姿がないのにカオリの声がする。


「セ、セクレタさん! カオリさんの声がしますよ!!」


「マールちゃん! 返事よ! 返事をしないと!」


「返事って… どうやって返事したらいいんですか?」


私はわたわたと慌てながら、光る板とセクレタさんとに顔を往復させる。


『マールはん、聞こえとるから、そのまま、板に向かって話してくれたらええで』


カオリの声がする。


「カオリさん!見えてるんですか?」


『見えてへんよ、聞こえとるだけや』


板を通して、カオリから返事が来る。


「セクレタさん!すごいです!姿の見えないカオリさんと会話が出来てます!!」


「えぇ、凄いわね… でも、もしかしたらカオリは私達の声の聞こえる所にいるのじゃないかしら?」


『うちは近くにおらへんよ。温泉館の所におるんや、窓から外見てみ』


 私とセクレタさんはカオリに言葉に、窓に近づき温泉館に目をやる。すると、遠くの温泉館の入口で、小さく見えるカオリらしき人物が、こちらに向かって手を振っているのが見える。


「手をふっているのがカオリさんですかね?」


「えぇ、カオリよ。私、人族より良く見えるから分かるわ」


セクレタさんが手を振っている人物がカオリであると断言する。


『ちゃんと使えるようやから、一度切ってそっちに行くわな』


 カオリの声がそう聞こえると、板は輝きを失い、遠くの温泉館の前のカオリがこちらにかけてくるのが見える。

 しばらくすると、駆けて来た為か、息を切らせたカオリが執務室にやって来る。


「どや、ちゃんと聞こえたやろ?」


カオリは肩で息をしながら、自慢げに言う。


「えぇ、ちゃんと聞こえました! すごいですよ!これ!」


「連絡用魔法陣より、便利じゃないかしら」


私とセクレタさんとで、この板を褒め称える。


「でも、あいつらが言うには、連絡用魔法陣より、こっちの方が楽らしいで。なんでも、声を貯めとく機能は付けてへんらしいから」


「あらそうなの? でも、よくあの大きな魔法陣をここまで小さく書き込めたわね…それも幾つも、帝都の工房でも中々できないわよ」


「あぁ、それは印刷したらしいで」


「印刷? 魔法陣を印刷したの? でも、魔法陣は一つの構成要素じゃ駄目なはずなのだけれども…」


「それな、何回にも分けて印刷したらしいで、印刷位置がぶれるのを調製するのに苦労したって言うてたわ」


 私は二人の会話を聞いて、板を確認する。こんな小さくて細い線を良くかけたものだと思っていたが、印刷をしていたのか…


「これって… 私たちがこれから売り出す炭酸水や鶏肉なんかよりも、よっぽど売れるんじゃないですか?」


私は板を見つめながら呟く。


「…そうね… だけど、これは画期的すぎて社会を一変させてしまうわ… そうなると、私達だけでは手に負えなくなってくるのではないかしら…」


セクレタさんも板を見つめる。


「せやけど、現状ではあんまり遠くとはつながらんし、話せる相手も五つまでやで」


「それでも、今後の改良されていく事を考えると、更に利便性は増していくわ。そして利便性が増していくと言う事は、悪事にも使われる可能性があるわね… その時に利権の横取りを狙う輩に、足元を掬われる可能性があるわ」


 確かに、セクレタさんの言う通りだ。これは恐らく莫大な利益を産む。そうなれば、その利益を狙うものを現れるであろう。だが、その時に私達には後ろ盾はいない… 簡単に貶められた上、利権を持ち去られてしまうであろう…

 

 一瞬、ちらりと皇后陛下の事が頭に過ったが、お風呂場で話された皇后陛下のお立場の事を思い返せば、簡単に頼む事などできない。


「やはり、これは商品として扱うのは保留にしておいて、暫くの間は、私達だけで使いましょうか」


私は顔をあげ、二人に向き直る。


「そうね、それがいいわね」


「マールはんがそう言うなら、しゃーないな」


折角の案件の廃案だが、セクレタさんもカオリも同意してくれた。


「あっそやそや、マールはん」


「なんですか?カオリさん」


カオリは服のポケットを漁り始める。


「どこやったかなぁ~ うち、物をよう失くすわ… あったあった、これや」


そう言って、上着の内ポケットとから手紙を取り出す。


「アンナはんからの手紙やで」


 カオリから手紙を受け取った私は、アンナ様の去り際の言葉を思い出し、すぐさま封を切り、中身を取り出して手紙を読み始める。


『マールちゃん、本当に楽しかったわ。ありがとう。だから、ご褒美に貴方にとって重要な事を教えてあげるわ。私、筆不精だから、簡潔に書くわね。このままだと、貴方のお友達は永遠に戻らないわよ アンナ』


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